第45話
「もしもし、師匠? あの、ちょっとわからなかったんですけど、どういう意味です?」
『いきなり電話とは恐れ入った。こういうときは、言葉の意味を考えて一人で悩むのが定番なのじゃが……。これも時代かのう』
謎のメッセージを受けた直後、桐子は迷わず通話ボタンを押していた。
わからないことは素直に聞く。これが現代っ子の基本スタンスである。
「あ、もちろん単語の意味はそれぞれわかるんですけど、そういうことじゃないですよね?」
『もちろんじゃ。ううむ、どこから……いや、どこまで話したものかのう。自分で気がついてこそ身になるものもあるからのう……』
スマホ越しに、師匠の困ったような声が聞こえる。
無駄にもったいぶる人ではない。短い合宿期間でもわかったことだが、師匠はむしろ最短距離を好む合理の人だ。弟子に遠回りをさせて喜ぶタイプではない。
「つまり、教えられてわかるような種類の問題ではないということですか?」
『またしても直球じゃのう。まあ、そのとおりじゃ。うーむ、しかしその様子ではヒントくらいは出した方がよさそうじゃのう』
「お願いします!」
『まあ待て。いま考えておるから――』
しばし沈黙が続く。
早くそのヒントが聞きたいが、急かしてどうにかなるものもあるまい。
焦る気持ちを抑えてじっと待つ。
『おぬしの強みは視野の広さと観察眼、そして冷静な判断力じゃ』
「はい……」
褒められてはいるが、自信を持って頷けはしない。
まさにその判断力でミスを重ねてしまったのだ。
『一方で、それ自体がお主の枷となっておる』
「ではもっと、狭い範囲に集中した方がいいんですか?」
『ふぉふぉふぉ、そう短絡に考えるな。おぬしらしくもない』
「はあ……」
そう言われても、ピンとこない。
その心を読まれたように、
『ま、ピンときとらんじゃろうがの』
ふぉふぉふぉ、と師匠の笑い声が聞こえる。
『じゃから、心頭滅却、明鏡止水、それから一意専心じゃ。その強みを活かしたまま、余計なことを考えずに全力を尽くしてみよ。儂から言えるのはこんなところじゃの』
広い視野を活かしつつ、余計なことを考えるなとはどういうことだろう?
まだわからなかったが、これ以上は質問しても答えてはもらえず、筋トレメニューの細かな調整の話に流され、そのまま通話が終わってしまった。
答えを求めて相談したはずが、逆に悩みが深くなってしまった感がある。
ため息を吐きつつ背伸びをしたら、またスマホが震えた。
差出人は【久能井千賀】。志乃美林の四つ子の長女だ。
【フォフォフォ、しばらくぶりですぞ~。さっそく本題ですが、合同練習いたしませぬか?】
そして【にんにん!】という忍者のスタンプ。
大会後のスイーツビュッフェでアカリちゃんが「忍者みたいだ」と評したのを気に入ったようで、しばしば忍者のスタンプを送ってくる。
「合同練習かあ」
師匠の言葉を一旦頭から追い出して、思考を切り替える。
今は少しでも対人経験を重ねたい。もってこいの申し出である。シノビリンの機動力重視の戦法はニコちゃんの運転技術を鍛える相手にぴったりだ。また試合巧者でもあるから、実戦経験の少ないアカリちゃんの修行にもなるだろう。
断る理由は何もない。
了解のスタンプを送って、日程の調整を開始した。
* * *
「おお、ここが噂の志乃美林女子学院……!」
合同練習当日。
わたし、キリ先輩、鬼嶋の三人は揃って、眼前に聳える志乃美林の校舎を見上げていた。
壁は白漆喰、屋根は瓦葺きで学校というよりも戦国時代のお城みたいだ。校門を出入りする古風なセーラー服の女子たちは、みんな脛の半ばまで隠すスカートで、ぬばたまの黒髪を風に揺らして「ごきげんよう」と挨拶を交わし合っている。おお、マジで挨拶はごきげんようなんだ……。
「みなさま、しばらくぶりですぞ~」
ごきげんようじゃない挨拶とともに出迎えてくれたのは、いつかの忍者姉妹の一人だ。いまは忍者装束ではなく、セーラー服を身にまとっている。
「ええっと、ひさしぶりです――」
「自分は一賀ですぞ。久能井の末妹にございますな。これで見分けていただけますので、おぼえておいていただけるとうれしいですぞ~」
こちらが見分けがつかないのを察してくれたのだろう、一賀さんが自分から名乗ってくれる。その指が示しているのはヘアピンだ。銀色のヘアピンが一本、髪に挿してある。
「十賀が2本、百賀が3本、千賀は4本ですぞ。試合中は外しますがな」
なるほど、そういうことか。
姉妹で間違えられることに慣れているのだろう。見分ける手段を用意してくれているわけだ。そして、試合中は撹乱のために見分けがつかないようにしていると。やっぱり一筋縄ではいかない相手だなあ。
「せっかくなら、もっと可愛いヘアピンにしたらいいのに」
「フォフォフォ、私もそう思うのですが、いかんせん校則がこれですからなあ」
一賀さんが辺りにいる生徒にちらりと視線をやる。
みんな判で押したように似た格好をしているが、校則が厳しいのだろう。私服登校や染髪も許されている桜吹雪高校とは真逆の校風だ。
お嬢様高校の雰囲気に若干圧倒されつつ、一賀さんの案内でダンジョン部の道場に着く。畳敷きの和室。透かし彫りの欄間。壁際に漆塗りの枠が付いた姿見――人口ダンジョンが並んでいる。圧倒的な和の雰囲気だ。
その部屋に、正座の黒髪セーラー服たちが数十人、ずらりと並んでいる。
体格から察するに右から三年生、二年生、一年生。
定規で測ったみたいにまっすぐな列に、少々気圧されてしまう。
「ごきげんよう。あなた方が野試合で我が校の生徒を降したという桜吹雪高校のみなさまですか?」
どうしたものかときょろきょろしていたら、ひっつめ髪の中年女性が現れた。
薄い浅葱色の無地の着物を着て、痩せぎすの腰を藤の帯で締めている。
そして、キリッと細い銀縁眼鏡をくいっと持ち上げて、
「あたくし、志乃美林学院ダンジョン道部顧問の綾小路と申します。我が校にはふさわしくない客人ですが、本日は存分に歓迎いたします。野花には切り花にはない野趣があるもの。たまにはそれもよいでしょう。ひとつお手並みを勉強させていだきます」
と冷たい目つきをキラーンと光らせた。
うーん、何を言っているかよくわからないが、歓迎されていない雰囲気だけはひしひしと伝わってくるぜ……!




