第44話
リアルに顕現したミノさんはしっかり優秀だった。
臙脂のジャージに黒縁眼鏡を追加装備した彼女(?)は、いまも部室のパソコンに向かってキーボードを叩いている。主だった夏大会の出場校のデータをまとめたり、部のSNSや動画を更新したり、足りない備品を発注したりと八面六臂の活躍だ。
鬱陶しいだけだったらダンジョンに閉じ込めておいたのだが、優秀なだけにもう手放す選択肢はない。自分のことならそれでもよかったのだが、これまでキリ先輩が一手に担ってきた庶務をこなしてくれているのだ。キリ先輩の負担が減るのは素直に喜ばしい。
そのキリ先輩だが、最近は少し調子を崩しているように見える。
精密さが売りだったナイフの投擲はしばしば的を外しているし、全国レベルの解錠速度もタイムが少し落ちている。今日も簡単なトラップを見落として落とし穴にはまっていた。まったくらしくない。スランプというやつだろうか?
一方、鬼嶋は絶好調だ。
江ノ島ダンジョンで何かを掴んだのだろうか?
あれ以来、全体的に動きのキレがよくなっている。とくにバイクのライディングの凄みが増している。詳しくないから印象になってしまうが、元々果敢に攻めるタイプだったのが、さらに半歩奥まで踏み込んでいる感じがするのだ。いまの鬼嶋とは、真正面からはやりたくないという気さえさせる。それから剣城さんのハルバード対策だろう。出稽古と称して、なぎなた部にも顔を出していて、今日も部室を留守にしていた。
わたしの方は、ひたすら基礎練の日々だ。
最重点は解錠で、1分を切るべくひたすらパズルに向き合っている。邪魔がなければぜんぜんいけるんだけどなあ。妨害が入ると気が散ってしまってダメだ。中断すると何が何だかわからなくなっちゃうんだよね。
しかし、なんとかしなければ。実戦において、「ひとりが解錠の役に立たない」という状態はものすごく不利だ。実際にわたしが試合で解錠役になる機会があるかはわからないけど、選択肢として存在するだけで作戦の幅が広がるし、相手にも複雑な読みを要求することができる。
罠の看破や胚珠対策はもっぱら座学で、これは部活の時間外で自主的に行っている。罠については部室のイミテーションではあまりバリエーションがなくて練習にならず、胚珠については消耗品のため部費への負担が大きすぎる……。
そういうわけで、ネットで動画を漁ってイメージトレーニングを重ねているわけだ。効果があるかはわからないが、やらないよりはマシだろう。こういう罠や胚珠があるって知ってるだけでも本番で驚かなくって済むしね。
そして一日の練習の締め。
「だぁぁぁぁあああああしゃぁぁぁぁああああッッ!!」
どっごぉぉぉおおおおおん!
どっごぉぉぉおおおおおん!
宝箱を守るガーディアンゴーレムに捨身飼虎を2連発。
発動速度、威力の調整、消費プラーナ量の加減、動く相手に当てられる精度の向上――課題は色々あるのだが、とにかく打ちまくって感覚を掴まなければ話にならない。練習の最後に消失のぎりぎりまで打つのをルーチンとしていた。
ちな、あまり頻繁に消失すると、クセになって消失しやすくなるらしい。絞め技に対する「落ち癖」みたいだな。健康にも悪そうだし、くれぐれも気をつけよう。
しかし、今日はわりと体力に余裕がある。
少しは身体が慣れてきたんだろうか?
疲れた状態での練習もしておきたいし、もう少し解錠の練習でもしていこうかなあ。
「疲れが残ると明日の練習に差し支えるよ」
おっと、居残り練習しようと思ったらキリ先輩に止められてしまった。
でもちょっとぐらいなら……。
「もうすぐ期末も近いでしょ? 勉強は大丈夫なの?」
「うぐっ」
テストのことを持ち出され、反論できなくなってしまった。
自慢じゃないがわたしの成績はあんまりよくない。というか悪い。入試では当落ラインぎりぎりで合格したレベルなので、日々の授業についていくので精一杯なのだ。
もし赤点でも取ってしまったら、夏休みは補習漬けで部活どころではなくなってしまう……。はあ、ここは大人しく帰って勉強するかあ。
「それじゃ、すみませんけどお先に失礼します」
「うん、おつかれ。また明日!」
もう少し練習するというキリ先輩を残し、部室をあとにする。
キリ先輩はめちゃめちゃ成績がいいから赤点の心配はないのだろうけど、最近、ちょっと思い詰めたような雰囲気を感じるのが少しばかり気にかかる。とはいえ、わたしが心配したって余計なお世話だろう。正直、その手の気遣いができるタイプではないのだ。だって、中学時代はほとんどぼっちだったし……ぐふっ。
思い出し自傷ダメージを受けつつ、寮へと向かう道を歩く。
できることはないけど、明日はキリ先輩の好きなお菓子でも差し入れしよう。確かサク山チョコ次郎が好きだったよな。甘々なチョコとサクサククッキーの組み合わせがわたしも大好きだ。ちょっとスーパーに寄って仕入れておこう。
* * *
切光桐子は悩んでいた。
原因は、草大会で続いた自身の采配ミスと、そして何より個人戦闘力の不足である。
草大会では第1回戦で油断して妨害戦術に先手を許してしまった。アカリちゃんの機転がなければあのまま敗退していただろう。機転と言ってもぶっつけ本番の賭けのようなもので、失敗する恐れも十分にあった。
第3回戦では今度は慎重になりすぎて、全員斥候戦術にいいようにやられてしまった。振り返って冷静に考えれば、あそこで開幕強襲の可能性は低かったのだ。シノビリンの準決勝戦の相手は元プロが率いる「天剣」で、そんな力攻めをするチームならばたとえ勝ち上がっても消耗が激しいはず。そして、シノビリンにはそんな様子は見られなかった。
江ノ島では、道中はスカウトの仕事を無難にこなしたものの、ボス――スサノオ戦ではほとんど出る幕がなかった。後方で指揮をしていたと言えば聞こえがいいが、剣城さんの手を自分の護衛に割かせてしまった分、チームの総合戦闘力は落ちていたかもしれない。自分がいなければ、もっとあっさり勝てていたのではないだろうか。
「くそっ」
小さく舌打ちしつつ、ナイフを投擲する。
狙いは的から大きく外れて壁に当たり、甲高い音を立てて床に落ちた。
まずは攻撃力を上げようと重いナイフに変えてみているのだが、どうにも上手く行かない。根本的に腕力が足りていないのだ。これでは試合ではとても使い物にならない。
「はあ、どうしようかなあ」
夏大会まで、あと1ヶ月余り。
基礎練は続けているが、劇的な肉体改造など望めるはずもない。
一方で、アカリちゃんはこの短期間で捨身飼虎をものにしつつあり、ニコちゃんもモトクロスレーサーだった頃の思い切りの良さを取り戻して動きが見違えている。
「ボクだって、なんとかしなきゃ……」
そう呟いたところで、スマートフォンが震えた。
表示された差出人は【師匠】――アカリちゃんの祖父だ。
合宿で世話になって以来、ちょくちょく連絡をくれて練習メニューを見直しているのだ。
アカリちゃん曰く、師匠はまるで千里眼でも使えるかのようにタイミングよく色々なアドバイスをしてくれるのだという。
まさかと思いつつ、すがる思いでメッセージアプリを開く。
すると、こんな言葉が目に飛び込んだ。
【そろそろ伸び悩んでいる頃かのう? 心頭滅却、明鏡止水、それから一意専心が大事じゃぞい】
何のことやら、さっぱりわからなかった。
……なので、速攻で通話ボタンを押した。
「もしもし、師匠? あの、ちょっとわからなかったんですけど、どういう意味です?」
『いきなり電話とは恐れ入った。こういうときは、言葉の意味を考えて一人で悩むのが定番なのじゃが……。これも時代かのう』
スマホの向こうから、師匠の苦笑いが聞こえた。




