第42話
「はあ……はあ……つ、強かった……」
「3回変身を残してるとか反則だろ……」
「日本神話にそんな設定ないよ……」
「Pfff……と、とっても疲れまシタ……」
「ハルバードが折られたときはさすがに焦ったよ。観光のつもりだったし、サブウェポンなんて持ってきてなかったから」
一時間にも及ぶ壮絶な死闘の末、わたしたちはなんとか勝利を収めた。
全員が満身創痍で、捨身飼虎を二回放ったわたしも立つのがやっとの状態である。
鬼嶋の言う通り、3段階も変身するなんて反則すぎる。おまけに物理攻撃だけじゃなく、雷を喚び、毒霧を噴き、眷属まで召喚するのだ。頭が9つある大蛇ってことは、ヤマタノオロチってやつだったのかな。いや、ヤマタなら頭は8つ? マタが8つなら頭は9つのだからやっぱりヤマタノオロチでいいのか?
機織り小屋はもはや跡形もなく、代わりに一面の焼け野原が広がっていて、夕日をバックに巨大なホオジロザメと多頭の大蛇の死骸が横たわっていた。
「がはははは! 人間の勇者たちよ。よくぞこの建速須佐之男を倒した……」
くだんのスサノオは、ホオジロザメの鼻先から上半身を生やした姿で魔王的なムーブをしている。これ、討伐成功演出でいいんだよね? いまから最後の変身とか勘弁してほしいぞ。ちなみにサメの元ネタはなんだろうとキリ先輩に聞いたら「因幡の白兎くらいしか思いつかないけど、スサノオと直接関係はないんだよね」と肩を竦めた。
「おぬしらに、これを授けよう……」
しかし、心配は杞憂だったようだ。
またどこかから「〽ひゃららら~ どどんっ」とお神楽が鳴り響き、ホオジロザメの横に鎮座していた小山のようなヤマタノオロチが光の粒子に分解されていく。
そして粒子はわたしたちの眼の前に集まってきて、凝縮されてひとつの形をなした。
「天叢雲……草薙剣とも呼ばれる宝剣よ……これを勇者に託そう……」
「天叢雲はスサノオが高天原から追放された後に手に入れたものだし、草薙剣って名前になったのは持ち主がヤマトタケルに変わった後のことのはずなんだけど」
「ごほん!」
キリ先輩のツッコミを、スサノオが嫌そうな顔で遮る。
キリ先輩はキリ先輩で、してやったりという邪な笑みを浮かべていた。
戦いの前、何度も解説を遮られたのを根に持っているようだ。
普段は人畜無害の小動物のような顔をしているキリ先輩だが、案外こういうところがある。裏で根に持つ策士タイプ……、うん、絶対に敵に回さないよう気をつけよう。
夕暮れ空にピシピシと罅が入って崩落していく。
「くくくく……今日のところは勝ちを譲ってやろう。しかし、この江ノ島ダンジョンがある限り、我は何度でも……」
空の欠片が降り注ぐ中、最後の台詞を饒舌に紡ぐその光景は、正直に言えば――
「ゲームやアニメでよくある演出だね」
「ぐはあっ」
キリ先輩がトドメの一言を放ち、スサノオは吐血とともに消えていった。
グッバイ、スサノオ。あんたは間違いなく強かったよ。ただ、演出のセンスや設定の整合性に問題があっただけだ。
祇園精舎に戻ってきたわたしたちに残されたのは、一振りの鉄剣――をぎゅうっと凝縮させた感じの七支刀だ。大きさはキーホルダーサイズ。スサノオは何やら大げさなことを言っていたけれど、どう見たって伝説の神剣って感じではない。修学旅行の学生が旅先のテンションの赴くままに購入し、後日自宅で我に返ると「どうしてこんなのを買ったんだろう」と軽く後悔するタイプのアレである。
とはいえ――
「トドメはわたしの捨身飼虎だったんだから、優勝記念としてもらっておくね」
「Non,Non! 違いマス! アテクシがトドメでしタ!」
「オレが蛇の化けもんを引き付けてたおかげじゃねーか。考えなしにツッコんでばっかでよお。MVPは間違いなくオレだな」
――戦利品は戦利品である。
手柄を主張する三人で睨み合い……そして剣城さんを一斉に見る。
剣城さんは「うーん……」と頬をかいて、
「いや、冷静に考えたら私のハルバードが効いていた気がするな。武器が折れるほどがんばったし、MVPは私でいいんじゃないかな?」
などとのたまう。
こういうので主張するタイプの人ではないと思っていたのだが、案外子供っぽいところがあるのだろうか。これで天叢雲争奪戦の行方はますます混迷を極めた。
すったもんだのやり取りの末、キリ先輩の「じゃんけんで決めよう」の一言で決着がついた。勝者は鬼嶋である。「へへーん」と得意げにバイクのハンドルにぶら下げていた。まあ、嬉しいのも悔しいのも家に帰るまでだろう。たぶん、家についたらなんであんなものが欲しかったのかと全員が不思議に思っているはずだ。
「Mmmmm……今回も勝負は引き分けに終わってしまいまシタね……。次こそは負けまセンよ!」
「ふふーん、こっちだって負けてあげるつもりなんてないからね」
ブランの視線を正面から受け止める。
漫画なら火花がバチバチ散っているところだ。
初めは正体不明の謎の強敵だったが、今回隣で戦って、わかったことは確実にある。
まず、スピードは互角か私の方がちょっと上。パワーは捨身飼虎を使えば瞬間的に上回れる。……ちょっとだけ。あと、体術で言えばわたしの方が理にかなった動きができる。一方、ブランの動きは不合理で理不尽で予想がつきにくい。
……なんだ、あんまり有利になった気がしないぞ?
いやいや、そんなことはないはずだ。
正体不明の敵の正体が見えたのだ。
対策はこれからじっくり練ればいい。
「そうだね、次こそは負けないよ」
「おう、オレだって負けねえよ」
剣城さんと鬼嶋もなんか火花を散らしている。
いや、鬼嶋は勝ったじゃないか。
勝利の証のキーホルダーがバイクにぶら下がっている。
ま、そういうことじゃあないんだろうが、詳しい事情を聞くのも野暮ってもんだろう。
ザ・青春って感じでなんだか眩しい。
「じゃ、大会で再会するのを楽しみにしています」
と、キリ先輩が場を締めて、思わぬ共闘は終わりを告げた。
* * *
――小一時間後、江ノ島島外の海鮮料理店にて。
「いやあ、生シラス丼、楽しみだなあ。丼で食べたことってないんですよね。……あっ」
「Hum,hum,hum♪ 生シラス丼、楽しみデス! ……Wah!?」
「あっ」「あっ」「あっ」
帰りに生しらす丼を食べに行ったら、ブランたちとばったり遭遇してしまった。
いい感じに別れた直後で気まずい空気が流れたが、生シラス丼はぷちぷちしていておいしかった。




