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いのち短し潜れよ乙女~ダンジョン道は乙女のたしなみ~  作者: 瘴気領域
第六章 江ノ島 x 共闘 x 生しらす丼

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第39話

 鬼嶋虹心(にこ)は苛立っていた。

 どうして敵である聖マグダレナ――剣城勇奈(ゆな)と仲良くダンジョン探索などしなければならないのか。こころなしか、愛車のエンジン音も不満を訴えている気がする。ちなみにバイクは他のダンジョン客たちが散ったあたりでこっそり復号(アンジップ)をしていた。


 こんなやつと口なんか聞いてやるものか……そう思っているのに、毒蛇から助けられてしまった。話しかけられるだけでもうっとうしいのに、恩でも売ったつもりなのか、


切光(きりみつ)さんは本当にいい斥候だね。全国でも通用するレベルだよ」

「……ったりめぇだろうが。うちの部長だぜ」


 ちょくちょく話しかけてくる。

 どうでもいい話題なら流してもいいが、キリキリのこととなるとつい反応してしまう。いや、そうじゃない。二人きりで話しかけられて無視をしていたら、かえって意識しているみたいじゃないか。そう思われるのが嫌なだけだ。


 キリキリは斥候に集中して先行しているし、火ノ坂(ほのさか)はブランとの競争に夢中で剣城の相手を代わってくれそうにはない。


火ノ坂(ほのさか)さんもすごいね。まだダンジョン道を始めて何ヶ月も経ってないんだろう? もともと格技系の子だったのかな?」

「…………」


 しかし、火ノ坂の話を振られて思わず口をつぐんでしまう。

 火ノ坂朱莉(あかり)――桜吹雪高校1年。剣城の言う通り、ダンジョン道を始めてからわずか2~3ヵ月の初心者だ。にも関わらず、雑魚モンスターは初見から相手にならず、ボス級のモンスターであっても平気で渡り合う。しかも近頃では捨身飼虎(しゃしんしこ)なる必殺技まで体得し、普通は壊そうなんて考えることさえないガーディアンゴーレムまで破壊可能になっている。


「天才、なんだろうね」

「……そうなんだろうな」


 天才。そう、天才だ。

 苦い思いを噛み締めながらも、それには同意せざるを得ない。別にチームメイトである火ノ坂に対し思うところがあるわけではないのだ。いや、何もないわけではないが、実力を不当に低く見積もりような情けない真似はしない。ただ、「天才」という言葉、存在に思うところがあるのだ。


「すごいね、才能っていうのは」

「……お前が言っても嫌味にしか聞こえねえよ」

「そうかい?」


 剣城が端正な口元をわずかに歪めている。

 苦笑いのつもりだろうか?

 整った顔でやられても、爽やかな微笑にしか見えない。

 顔からして嫌味なやつだ。


 才能というものは残酷だ。

 鬼嶋は小学生の時、それを思い知らされた。

 10歳の頃に参加したモトクロスの小学生大会。

 鬼嶋はそれまで、バイクの天才だと周りの大人達から褒めそやされていた。地元テレビ神奈川の夕方のニュースで「天才バイク少女」なんて紹介されたこともある。


 しかし、だ。

 長く伸びた天狗の鼻は、全国大会であっさりとへし折られた。

 地方から来た無名の選手に、完膚なきまでに敗北したのだ。

 大会の終了後、彼女は日本モトクロス史上最高の天才ともてはやされた。インタビュー映像によると、彼女がモトクロスを始めて半年も経っていなかったらしい。


 鬼嶋を褒めそやしていた大人たちは、「勝負は時の運」「たまたま調子が悪かっただけ」などと慰めてくれてはいたが、それが本心でないことは子供ならではの直感で見抜けてしまった。


 そして何より、それが真実でないことを鬼嶋自身が知っていた。

 まさに人機一体。バイクを体の一部のように操る彼女のライディングに、レース中から見惚れてしまった。憧れてしまった。そして、届かないと理解してしまった。


 鬼嶋はモトクロスを引退し、バイクは趣味に留めることにした。

 バイクを愛する気持ちは変わっていないが、スポーツタイプのバイクを見るのは少しつらかった。だから、ネイキッドバイクに乗り換えた。エンジンやプラグコード、ブレーキチューブなどのメカニカルが露わになった無骨な外見は、ただただ速さと効率だけを求めてバイクに乗っていた頃の記憶を紛らわしてくれるような気がした。


 ある日の整備中、マフラーに映った自分の顔を見た。その顔は憑き物が落ちたとでも言えばいいのか、よく言えばすっきりとした、悪く言えば何かを諦めたような表情をしていたのをおぼえている。


 そして、ダンジョン道を始めた。

 近所に住む幼馴染のキリキリがやっていたから……という単純な理由で。姉の苺心(いちこ)にバイク型のダンジョンギアをプレゼントされてからは、自由に走り回れるサーキットとして。速さを比べなくていいダンジョンでの走りはただただ気持ちがよかった。


 モトクロスで培った度胸の良さが幸いしたのだろう。

 ダンジョン道の腕前はめきめき上がり、中学大会では個人戦でそこそこいいところまでいけた。もう天才だの神童だのともてはやされることはなかったが、別にそれでかまわなかった。キリキリと一緒にダンジョンが楽しめれば十分なのだ。


 そう思って高校でものんきに続けたダンジョン道で、拭い難いトラウマを植え付けてくれたのが剣城なのだが――それが脳天気な顔で隣を歩いている。どうなってるんだこれは。火ノ坂が来てから、時間の密度が異様に濃くなったような気がしている。スポーツ漫画じゃあるまいし、あれやこれやのイベントがいっぺんに起きすぎだ。


「天才……私もそう呼ばれてみたかったな」

「ハア?」


 剣城の呟きに、鬼嶋は思わず声を荒らげてしまう。

 お前が天才でなかったら、こっちは一体何なんだ。

 凡人以下のゴミクズだとでも言いたいのか。


「いや、私なんか凡人も凡人だよ。人一倍練習している自負だけはあるけどね」


 考えていることが顔に出ていたのだろう(隠すつもりもなかったが)、剣城が今度こそ苦笑い――いや、これは自嘲か?――そんな表情を浮かべる。


「本当の天才っていうのは、ブランや火ノ坂君、それに――」


 言葉を止めて、言い淀む。

 こいつがこんな顔をするのは初めて見た。


「――それに、うちの妹とかかな」


 なぜなのか、その顔はいつかマフラーに映っていた自分の顔を連想させた。

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