第38話
「Tra la la la~♪ Tra la la~♪」
祇園精舎ダンジョンの石畳を、ずんずんと重い足音が震わせている。
とぅららとぅららと鼻歌まじりに、銀の長髪をたなびかせる足音の主はブランだ。
「みんなで~♪ 一緒に~♪ ダンジョン探索ぅ~♪ 楽しいですネ~♪」
「なんでナチュラルに同行してんの?」
「Quoi? みんな一緒の方が楽しイないですカ?」
「いやそういうことじゃなくて」
「思わぬ道連れができて助かってるよ。私はどうも息抜きが苦手らしくて、ブランが退屈して文句を言われてしまうんだ」
「ぶちょーはマジメすぎなのデス! 人生はC'est la vie、風まかせなのデス!」
「ぜんぜん話聞かないなこの人たち」
どういうわけか、聖マグダレナの面々と行動を共にしている。
キリ先輩は先行して罠や待ち伏せを警戒しているし、鬼嶋は剣城さんにガンを飛ばして口を開こうともしない。絶対に気づいているはずなのに、意にも介さず雑談に興じているのはさすがは強豪チームの余裕というべきか、あるいは天然なのか。
「前方、右の通路。ミノ……じゃなくて、牛頭天王2体」
先行するキリ先輩が戻ってきて、敵発見の報を告げる。
わざわざ牛頭天王と言い直すところがキリ先輩らしい。
「Waouh! さっそくデスね! ぶちょー、アカリさん、どっちがいっぱいMinotaureを狩れるか競争デス!」
「あ、ちょっ、勝手に何を!?」
駆け出したブランを慌てて追いかける。
勝手にふっかけられた勝負だが、負けるのは気に入らない。
「二人とも、背中は任せてくれ」
剣城さんはやる気がないようで、ひらひらと手を振って見送っている。
まるで公園で子供を遊ばせるお父さんのような佇まいだ。
一緒に子供になって遊んであげないから、ブランが退屈してしまうんだろう。
……って、それじゃわたしがブランと一緒に遊んでる子供みたいじゃないか。
くだらない考えを頭を振って追い出し、目の前の敵に集中する。
小部屋にいたのは仏像が着ているような古風な甲冑をまとったミノタウロス――もとい、牛頭天王が2体。
体高は2メートル半。たくましい腕には長柄の槍が握られている。
いつかの猪笹と違って、奇襲にうろたえた様子はない。
ぶうんと一回ししてから突き込まれた穂先をかいくぐり、膝の横から安全靴で踏みつけるように蹴る。
ぐもうっ、と低い呻き。
すかさず足を払い、倒れざまの顔面に掌底を打ち込んで、そのまま鼻面を掴んで後頭部を地面に叩きつける。
打撃と投げを複合した、人間相手の格闘技の試合で使えば間違いなく反則負けになる殺人技である。しかし、ここはダンジョンで相手はモンスター。そんなルールを気にする必要はない。
でかい相手は単純に頑丈なので、こういう技を使って相手の体重を利用するのが効率的なのだ。
「OuarrRAAAHHH!!」
しかし、ブランはそんな小手先には頼らない。
漫画じみた巨大ハンマーを力任せに振るい、牛頭天王を正面から吹き飛ばしていた。まったく、相変わらずの反則パワーだ。
このパワーの秘密が精神力にあることは、捨身飼虎の習得を通じて理解はしたが――納得はできん。桁違いにもほどがある。どれだけの修練を積んだらたどり着ける境地なのか。能天気に見えて、よほどの努力を重ねてきたんだろう。
2体の牛頭天王が光の粒子となって消え、代わりにひらひらと紙が舞う。
牛頭天王の肖像と、「蘇民将来子孫」という文字が図案化された護符である。
「Waouh! ハポネスおふだ! デザインかわいいですネ!」
ブランは護符を手にして大はしゃぎしているが、これが可愛いのだろうか。
この護符はダンジョン外にも持ち出せるらしく、外国人のお土産にするにはたしかにぴったりかもしれない。外国人は画数の多い漢字にやたらと食いつくイメージがある。偏見だけど。
ともあれ、わたしたちの狙いもこれだ。
自分が倒したぶんをしっかり拾って鞄にしまう。
部室のミノタウロス曰く、この護符が依代になるそうで、1枚2枚じゃ不安だからなるべくたくさん持ち帰ってほしいとのこと。
ミノタウロスを倒して手に入れた護符でミノタウロスを召喚する――理にかなっているのやらいないのやら、よくわからん。
それ以前に、牛頭天王って神様なんだよね?
今更だけど、ぶん殴っていいものなんだろうか?
「うーん、ボクも気が引けないことはないけど……。伝統行事だしね。それに、牛頭天王って疫神――疫病をもたらす悪い神様って解釈もあって、やっつけることで無病息災につながるんだってさ」
「なんかややこしい神様なんですねえ」
「ハポンの神様! ふしぎでかっこいいデス!」
キリ先輩の解説に、わたしは首を傾げ、ブランは大喜びをする。
この子、日本のものだったらなんでも喜ぶんじゃなかろうか。
いつか、くさやでも食べさせてみようかな?
日本人でもダメな人が多い食材だが、じいちゃんが好きなんだよね。ちなみにわたしも嫌いではない。じいちゃんが炙っているのをかすめていたら、いつの間にか癖になっていた。
「カッコよくてもなんでもいいけどよ、土産が手に入ったんならとっとと帰れよ」
はしゃぐブランに、鬼嶋が冷たく言い放つ。
ひさびさに口を開いたと思ったら……。
もう、小さな子供が楽しんでいるところに水を差すんじゃないよ。
聖マグダレナへの遺恨はわかるが、休みの日まで持ち出すものではあるまいに。
……って、いや待て、ブランは小さな子供じゃないし、敵と馴れ合っていては試合の際に闘志が鈍るかもしれない。そう考えると鬼嶋の方が正しかったりするのか?
悩むわたしを尻目に、ブランは気にした風もなく、
「嫌デス! アカリさんとまだ勝負してマス!」
「勝負って、てめえが勝手にやってるだけだろ」
「そんなコトありまセン! チームワークなのデス!」
「ったく、ああ言えばこう言いやがって。チームワークもクソも、ここの探索にてめえらの手を借りる必要なんざ――」
「動くな」
鬼嶋とブランの言い争いを止めたのは、剣城さんの一言だった。
激しくはないが、殺気のこもった一言。
まるで時間が止まったかのように、全員が凍りつく。
剣城さんのハルバードが閃いて、目にも止まらぬ速度で鬼嶋に向かう。
金髪がぱっと風に散って――
「……て、てめっ! 何をしやがる!」
「ああ、すまないね。ちょっと説明する時間もなくて」
ハルバードの穂先を眼前に突きつけられて、鬼嶋がうぐっと息を呑む。
刃で脅されたわけではない。
その槍先に、毒々しい色をした蛇が絡みついていたからだ。
「蛇毒気神。牛頭天王の眷属で、このダンジョンのモンスターの一種だね。噛まれるとすごく痛いよ」
と、剣城は爽やかに微笑む。
どうやら、鬼嶋を狙って天井から降ってきた蛇モンスターを退治してくれたらしい。
こちらも相変わらずいい眼をしている。
そして、攻撃の鋭さはブラン以上だ。
傍目でもほとんど見えないレベル――目の前にいた鬼嶋には、残像すらも見えなかったかもしれない。
でもこう、なんか動きに違和感があるんだよな。
ハルバードってもっと力技なイメージがあるんだけど、どことなく居合に近い印象を受ける。得物を当てに行くのではなく、当たる場所に最短距離で置きにいく感じというか。
まあハルバードなんて馴染みがないから、単にわたしが知らないだけで、漫画やアニメのイメージに引きずられてしまっているだけなのかもしれないが。
しかし、そんな疑問を向けていることに気づいた様子もなく(あるいは気づいても気にした様子もなく)、剣城さんは血振りをしたハルバードを何気なく肩に担いで、「大丈夫? 怪我はないかい?」と鬼嶋を気遣った。
「ちっ、見りゃわかんだろ。傷ひとつねえよ」と鬼嶋は舌打ちで応じつつ、「……ありがとよ」と小声で付け足す。
「ん? 何か言ったかい?」
「……なんでもねえよ。バカ」
うーん、なんだこれ。
難聴系主人公とツンデレヒロインみたいになってるぞ。
鬼嶋よ、おまえはそんなに属性を生やして一体どこに向かっているのだ……。




