第3話
バリケードを撤去してやっと入り込んだダンジョン部の部室は、もうもうと白い煙に満たされていた。
ざっと7~8人、見るからに不良って感じの男女がドアを開けた瞬間からこちらを睨みつけてくる。他校の制服や私服も混ざっており、暇を持て余した近所のヤンキーがたむろしているようだった。
なるほど、これで部室が使えなくなっていたのか……。
それはともかく、タバコ臭くてかなわない。
床に散乱する菓子の袋やペットボトルを蹴り飛ばしながらずんずん進み、窓を全開に開け放つ。換気しなくちゃやってられんわい。
「てめえ、何してんだ! 煙が漏れたら先公にバレ……ぶべらっ!?」
食ってかかってきた不良の横っ面に張り手一発。窓の外に叩き出す。
「てめえ、何しやがる!」
「っそすぞクソアマぁ!」
「てめえら、静かにしやがれ!」
立ち上がった不良どもが、鬼嶋の一喝で静かになった。
「ここは禁煙だっつったろ」
ぎろりと睨むと、不良どもは慌てて手近な空き缶や中身の入ったペットボトルに吸いかけのタバコを捨てる。
「オレの特攻服に臭いがついたらどうするつもりだ、バカヤローどもが」
ぶつくさ言いながら、鬼嶋は壁際にある白いシーツをかけた何かに手を掛け、ばさりと取り払った。
現れたのは姿見のような何か。
歪んでいるのか、鏡面には虹色の模様が浮かんで何を映しているのか判然としない。部室のドアを2枚並べて一回り広げたくらいの大きさで、何やら細かな意匠の刻まれた鈍色の金属素材で縁取られていた。
「年季は入っちゃいるが、立派なイミテーションだ。勝負はこいつで文句はねえな?」
「……いみてえしょん?」
「ハア?」
「えっ?」
いや、いきなり偽造品なんて言われても意味わからんでしょ。
何を当たり前のようにしゃべってやがるんだ。
「ンなことすら知らねえド素人なのかよ……」鬼嶋は小声で吐き捨てつつ、
「人工ダンジョンだよ、人工ダンジョン。まさか天然ダンジョンまで潜りに行くと思ったのか?」
「そ、そんなわけないでしょ」
強がりを言った。
そもそも人工ダンジョンとか天然ダンジョンとか言われてもわからん。
だが、物知らずと思われるのも悔しいので見栄を張ったのだ。
「ルールはボス先取でいいな? これがキーストーンだ」
「うむ」
「うむ?」
あ、いかん。
わかってないことがバレないよう、鷹揚に頷いてみせたら時代劇みたいになってしまった。
咳払いをしてごまかしながら、鬼嶋が差し出してきた手のひら大の水晶玉をひったくるように受け取る。
キーストーン、いったい何に使うんだろう?
「オラ、さっさと始めんぞ」
鬼嶋に急かされ、姿見に向かいあったリクライニングチェアに腰を下ろす。
ヘッドレスト付きの背もたれがついたオフィスチェアで、背中を預けると、ぎぃと安っぽく軋んだ。
「待って! アカリさんは初心者なのよ! ボクが代わりに――」
「ハッ、知るかよ! 勝負を受けたのはこいつだ! 試合開始!!」
歪んだ鏡が輝き出した。虹色の模様がうねうねと蠢いている。
手に握った水晶玉も呼応するように光を放ち、ほんのりと温かくなる。
電球でも仕込んであったのだろうか?
と不思議に思っていたら――
瞬間、視界が切り替わった。
* * *
石壁に石畳、天井までもが石だった。
そして匂い。匂いがまったくしないという異常な匂い。さっきまではあんなにタバコ臭かったのに。
突然の異常事態に、反射的に腰を落として警戒態勢を取る。
「ハハッ! 入っただけでビクつきやがって。ひょっとして、ダンジョン処女かあ?」
鬼嶋の声。
十歩ほど離れたところで、木刀を担ぎ小型のバイクにまたがっている。パイプやサスペンションのバネが剥き出しになったメカメカしいやつだ。ちょっとカッチョいいな、と思ってしまったのがなんか悔しい。
そしてここは、どうやらダンジョンのようだ。
ほえー、ダンジョンに入るときって、瞬間移動みたいな感じなんだ。
いきなり景色が変わったからびっくりしたぜ。
無数の石材が描く幾何学模様が、壁面に一定間隔で灯された松明の炎に照らされ、妖しく揺らめいている。こんな大規模な石造りの建物は、地上には古代ローマの遺跡かピラミッドくらいしか存在しないんじゃないだろうか。広さは小さな体育館ほどで、あちこちに通路が伸びている。
つか、鬼嶋はバイクはもちろん、木刀も持ってなかったよな?
ダンジョン経験者はアイテムを持ち込めるのかな?
なんかずるくない?
「ギアもねえなんて、マジでド素人じゃねえか。しょーがねえからルールだけは教えてやるよ。ダンジョンからボスを探して、先にぶちのめした方の勝ちだ。てめえの梅干しのタネみてねえな脳みそでも理解できっだろ? じゃ、試合開始だ!」
嫌味たっぷりに言い捨てて、鬼嶋はどるるんとエンジンを吹かして通路の一本に消えていった。
速いもの勝ちの勝負で乗り物付きってさあ……あまりにもハンデがひどくね?
しかし、勝負は始まってしまったのだ。いまさら文句を言ってもしょうがない。
「えっと、要するに、迷路を探検してボスってのを倒せばいいんだよね?」
誰にともなく確認し、やることをはっきりさせる。
そして、こんなときに役立つ豆知識をわたしは持っていた。
広間をきょろきょろと見回して、一番右の通路を選ぶ。
通路の幅は5メートルくらい。その右側の壁に、おもむろに片手をつく。
右手の法則と言ったか。あらゆる迷路を必ずクリアできる必勝法だったはずである。
よっしゃ、それじゃ初のダンジョン探検、行ってみましょうかね!
石畳をずだだだだっと全速力で駆けると、足下に変な違和感があった。
跳躍。
通路いっぱい、幅5メートルほどの床がパカンと抜けて大口を開いたのを足下に見る。
なるほど、落とし穴か。
着地した感触に再び違和感。
飛来したものを3本まとめて掴み取ると、鉛筆を削ったような鏃がついた矢だった。
矢筋をたどると石壁に小さな穴が並んでいる。
なるほどなるほど、壁の中に罠を隠してたのね。
ダンボールダンジョンで予習していてよかった。
事前に罠を想定しているかどうかでは大違いだ。
キリ先輩に感謝しつつ先を急ぐと、行く手に人影が3つ現れた。
3体の上背はいずれも小学校高学年くらい。ひどい猫背で、妙にテカテカした緑色の肌をしている謎の怪物だ。腰に襤褸布を巻き付けただけの半裸で、赤錆びにまみれた小剣を片手に提げている。ひとまず半裸グリーンと名付けよう。
速度は緩めない。
まさかためらいなく突っ込んでくるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いた先頭の顎を掌底でかち上げ、無防備な喉にすれ違いざまに手刀を叩き込む。勢いのまま回転し、次の顔面に後ろ回し蹴りを叩き込む。
駆けながら、振り向きざまに3体目には先ほど拾った矢を投げつける。左目から矢羽を生やした半裸グリーンが酔っ払ったように何歩かよろめいて、やがて光の粒子に分解されて消える頃には、彼我の距離はすでに数十メートル離れていた。
モンスター、というやつだろう。
これもキリ先輩のおかげで予習済みだ。ダンボールを切り抜いただけのもので、もちろん動いたりはしなかったが、そういうものが出没すること、そしてそれが倒してよいものだと知っているだけで大違いである。
ダンジョンのモンスターは、倒したら光になって消えるというのもわかりやすくてありがたい。
実戦では「死んだふり」というのが意外に厄介で、だからこそ様々な武道に残心という概念が存在するのだ。
ダンジョンなど女子供の軟弱な遊び――というじいちゃんの説教をふと思い出す。確かに、これに慣れて残心を忘れるようになったら武術家としては大問題だろう。
とはいえ、わたしは武術家じゃないしなるつもりもない。
って、勝負の真っ最中だった。いまはダンジョンに集中しなくっちゃ。
横道から現れた半裸グリーンを裏拳でふっとばしつつ、床から飛び出した槍を飛び越えた。




