009 プリンと家出と大捜索-3
良いタイトル思いつかなかったので仮タイトルそのまま行きます。
結局、二人を乗せた分身がここへ帰ってくる頃には一時間が経とうとしていた。半裸の俺の分身が、二人を乗せたままとんでもなく息を切らして執務室へ来た。俺はそいつの頭を人差し指でつついてやる。
「ぜぇ……はぁ……」
「これ本当に俺か?俺だったらこんなに息切らさないけどなー?」
「覚えてろよ本体……」
恨み言を言われながらも無慈悲に分身を解除してやる。
「お姉ちゃん?」
「ピコっ!」
キョトンとするピコに駆け寄るポコ。その再会は感動的なものだったが、俺は俺で少年に問い詰めたい事がある。
「少年、あの人間と何を話してた」
「別に、親切に教えてくれただけだよ。早く逃げた方が良いって」
何かを隠してる素振りは無し。あの人間が何をしたか伝えようとして、やめた。少なくともこの少年に関係は無いのだから。
「お前、模擬戦の予定をすっぽかして何であんなトコに居たんだ?」
「助けなきゃいけない気がしたから。それに……まだすっぽかした訳じゃない」
すっぽかした訳じゃない?時々コイツの言っている事が分からなくなる。聞いてみるか。
「ルチーヌ、コイツの日程は大丈夫なのか?」
対戦相手はグループ分けしているとはいえ、その日程はくじで決められる。普通は遅れているはずなのだが……
「私の使い魔『デビっとアイ』によると……奇跡的に後ろの方に固まっているようでまだ間に合うようです。走れば」
「走ればってお前まさか……」
コイツに長距離を走れるような体力は無いはず、ましてやダンジョン行った帰りに走るなんて事は出来る訳が無い。つまり次にこの少年が吐く台詞はこうだ。
「魔王のおじさん、連れてって」
「おい分身、出番だぞ」
俺は即座に分身を呼び出す。悪いな分身、俺には仕事が残ってるんだ。この目の前の子供のせいで。
「お前が行けば?俺は代わりに書類片付けとくから」
「おまっ、さっきの事根に持って……」
「これ本当に本体か?俺だったら楽しようとか考えないけどなー?」
「ぐっぎぎっ……」
人差し指で額をツンと突かれ、俺は負けた気になった。腹いせに解除してやる。分身は満足そうな顔をして消えていった。余計に腹が立った。
「一人芝居はその辺にして、行ってらっしゃい魔王様」
「芝居じゃねぇ!」
結局俺が行くのか、と思いながらも少年を肩に乗せて出ていった──
気付けば部屋はルチーヌを入れた三人になっていた。
「どうして、あんなとこ行ったの?」
ポコが理由を聞く。すると、ピコが摘んできた花を見せる。黄色い花弁の小さな花だ。ほんのりと甘い香りがする。
「誕生日プレゼント。これで、いっぱい美味しいプリン作ってね」
にこやかに両手で渡すピコに、ポコは受け取れずにいた。
「まさか、その為に……でも、その花は食べられないの。毒があるから」
「なら、このお花で冠を作ってあげる。プレゼントは消えずにずっとある方が嬉しいから。少し遅くなっちゃうけど、いい?」
心配、不安、そして喜び。感情がごちゃ混ぜになり、それをせき止める彼女のダムはついに決壊してしまう。
「ピコ、私、わたし……っ」
ずっ、と鼻を鳴らした後、ピコに抱きついた。
「大切に、する、するから。だから、もう、危ないとこには行かないでっ」
「私、もう行かないよ。今わかったから、私危なかったんでしょ、だから魔王様が来てくれたんだって。お姉ちゃん、心配かけてごめんね」
しばらく二人は抱き合ったまま泣いていた。この日を境に、彼女の作る悪魔的プリンは更なる進化を遂げ、魔王がそれを買い占める事件が起きるのだが、それはまた別の話。
ルチーヌは泣き疲れて落ち着いた二人を見送った後、ドアの修理をしてから情報部へ行く。ドアをくぐると、薄暗い灰色の壁や床をした部屋が出迎えた。その次に机の物陰から一人の悪魔が話しかけて来た。
「よう姐さん、事件ですかい」
「私が事件を扱ったことがある風に言うのは辞めてください」
出迎えたのは白衣を着た灰色のゴブリンだ。四角いメガネをかけていかにもという風貌をしているが、彼は情報部のボスなどではなく下っ端だ。
「そう冷たい事言うなって、またオレらに用があるんだろ。この前の難題はシビれたぜ」
「読唇術……あの時は助かりました」
それは下っ端である灰色のゴブリンの得意分野だ。前回は特にお世話になった。
「お礼を言われるような事じゃねえさ。……となると、今回も同じかい?」
「ええ、お願いできますか。今回も他言無用で」
「キッチリ仕事はこなさせて頂きますよ、姐さん」
私は魔法針を刺し、彼に対して記憶の共有を行う。あの人間の喋る言葉をメモに書き起こして貰う。しばらくして、一つのメモ用紙が埋まる。
「解読は出来やしたが……今回もまた意味不明でありやすね」
「見せてください」
確か、あの時はダンジョンの主と人間が会話をしていた。しかし、会話と言うにはあまりにもおかしかった。
「私はただ赤の男を知らないか聞いているんだ、簡単だろう?風景でも何でも良い。その先に悪の手先が居るのなら何だって構わないのさ」
「な、何を言っているの?」
「僕はね、心から愛する人が居るんだよ。至上の存在が僕を呼び覚ましたんだ。そのまま僕は溶けるように胸を打ち続けるんだ、きっと」
「その剣でボクを殺すつもりなの?」
ダンジョンの主、アルラウネが怯えた様子で後ずさる。
「俺は生きる為に死ななければならない、そう、俺は死神だったんだ──完成。ライフブレイカー」
剣を一振り。それによってアルラウネは塵となり、小さな青の水晶玉が遅れてその塵の上に落ちる。それを見て男は一言、呟いた。
「ハズレ、か」
その後、ファインとその男が会話した時の記憶。
「あれ、こんなところに人がいたんだ。悪いけど、この場所はすぐに崩れる。君も早く逃げた方が良い」
「あなたは──」
答えを聞く間も無く彼は出口へと向かって行った。
私は、この会話になっていない会話が信じられなかった。絶対に何かの手がかりになりそうかと思えば、あの男は支離滅裂な話だけをしている。一人称も安定せず、聞き手も理解していない風だった。千里眼がバレている可能性は限りなく低い。
「何ですかこれは、ちゃんとやったんですか?」
「疑ってもらっちゃあ困りやす、完璧に間違いなくそう言ってるんでさあ」
「……いえ、私も混乱してただけです。すみません」
彼に当たっても仕方ない。とにかく、彼がこう言った事は事実なのだから。溜め息を吐く。
「今の王国に、何が起こってるのかしらね」
──俺は、模擬戦の会場に留まっていた。どうせなら一試合だけでも見ていってから帰ろうと、そう思っていた。勇者の剣は取り上げ、俺が持っている。少年は支給された剣を持って、彼と同じく能力テスト最下位近辺の相手と向かい合っている。
「──始め」
初めは少年の成長を観るだけのつもりだった。走り出した少年の自信にあふれた歩みは、昨日とはまるで違っていたのだ。素早く間合いに入り相手の振り回す剣をするすると躱して首に一撃。白い半透明のアーマーが壊れて終了の合図。僅か10秒。技術で言えば既に達人の域に入っていた。完璧だった。アーマーの壊れた反動で体勢を崩した以外は。
「あいつ、何があったんだ?」
気付けばその次の試合も見ていた。その次の試合は7秒、その次の試合は6秒で決着と、スケジュールが後ろに詰め込まれた結果休みの少ない連戦なのにも関わらずその圧倒的な成長により疲れもなく感じられた。最初の方でコツを掴んだのか、開幕近付いてからの一撃で上手くアーマーだけを壊している。相手が弱いのもあるだろうが、相手は自分より遅いはずの彼の動きに対応出来てはいなかった。
俺は成長を見て満足すると同時に恐くもあった。俺を超える可能性を持つ存在。彼は間違いなく魔王に傷を付けた勇者の子孫だった。
「少なくとも、俺が心配していた事は一つ片付いた」
頷き、会場を出る。あれからしばらくは平和だった。正式に俺の新設部隊『俺の手先』に勇者が入り、数日が経とうとしていた。




