003 捨て駒だと思っていた勇者の威勢が良すぎるんだが育ててみようと思う
「ッ!?魔王様!まさか別の女と寝──ッ!」
「んなわけあるかっ!」
ここで違和感を覚えた僕は自分の手を見てみる。大きい。頭が急速に温度を失っていく感覚がして、今度は背中にぞっとした寒さが伝わって来る。
「死んでない」
口に出した瞬間、僕は二人を思い出した。体が強張っても、不思議と頭の中には恐怖が無かった。僕はやっと、このセリフを言えるのだ。
「魔王!相手がどんなに強大だろうと、俺は決して挫けない!」
場が鎮まる。そして段々と痛々しい雰囲気になってきてしまった。呆れた様子の魔王ジェミニがこちらへ来て軽く寝たままの僕の頭を撫でる。
「今更勇者っぽくしても、ちっとも怖くないぞ」
「魔王様、実の子に恨まれるなんて一体何をしたんですか」
「だから実でも嘘でも俺の子じゃねえ!」
「意地でも認めないという訳ですか……つまり私が本命──とっ!」
謎のメモ帳を取り出し、何やら書き込んでいる。それに対して魔王がメモ帳を奪い取る。
「話進ませろ、追い出すぞ!」
何というか、二人がじゃれているというか和気藹々(わきあいあい)としている。とても戦うような雰囲気ではなく、僕が取り残されたような感覚。ほったらかしにされていることに対してか、敵意がない事に対してか、僕は困惑していた。
「え?え?」
「あー、こいつは放っておいて、質問するぞ」
頭を掻きながら赤い顔をニッコリと歪ませる。作り慣れてないその笑顔は、なぜか僕の恐怖を取っ払ってくれた。村に居た強面だけど気のいい武器屋のおじさんに似ていたからだ。
「誰の命令で来た?」
「お、王様です」
「お前の名前は?」
「ファイン・ゼンドウ」
「んー、何歳?」
「12歳」
「じゅうにっ!?ぶっはははっ!がっはは、駄目っくくっ」
質問は淡々と進んだかのように見えたが、年齢を言うと、魔王は腹を抱えて噴き出した。馬鹿にされたようだ。けど、それでも僕はこのおじさんが悪い人には見えなかった。
「いや、マジか!あっちの王様、何してんだよ」
「魔王様、素が出てます」
「ああっと悪い、その。ファイン・ゼンドウ、俺の城にしばらく住んでくれるか──」
俺は、こうして二人に『このままこの少年を魔王城で匿う事』を説明した。王国とは敵対関係ではあるが、大々的な戦争をするなどという事は何百年も前に一度起きたきりもうずっとしていないらしい。千年以上前から続く王国との戦争は、殆ど平和的に解決をする一歩手前で止まっている。それには、『戦争の日』の時代の魔王とその時の王国の王が交わしたある約束が関係している。この時代の王はそれを使って俺たちと戦争をしようとしている。わざわざ勇者の剣まで持ち出してまでこんな子供を特攻させて。おそらく『挑発』されているのだ。こんな伝承に頼らずとも、王国は俺たちをねじ伏せられると。そして、その子供に何かあったと知った瞬間、王国はなんらかの行動を起こすはずだ。『勇者の仇』と来るか、『子供を虐殺した残忍な悪魔ども』と来るか。この少年はゼンドウと言った。であれば、捨て駒の勇者をぶつけて俺たちを消しにかかる口実を作りに来た可能性が高い。この少年はふつう、俺の元へ来る前に死んでいるはずなのだから。
なら、逆に利用してやろう。この少年に強くなってもらい、我が駒とする。別に強くならずとも、利用できる駒とする。この弱き敵を利用する事に一切の慢心はなく、『全てに対応出来る布石』に!作り変えてやろうというのだ。
──この少年が寝てる隙に、前もって利用する計画をルチーヌに話した時、彼女は心配そうに問いかけた。
「そう上手く行くでしょうか?……長い事調査を怠っていたせいかあちらの戦力は未知数、逆にこちらは少子化に高齢化、七世代前から続く魔王様の弱体化もろもろの問題で戦争の日と比較すれば戦力は100分の1。数だけを見てあえて悪く言えば……最低限未満の防衛戦力しか残っていませんよ?」
「つまり、この戦争を避けるように動くのが無難と」
「はい、ですから──」
その言葉を遮る。俺はそんな事を考えても、不可能だという結論が出た。
「却下だ。目下やるべきことは単純だ。王国の出方を待つ間、この少年を鍛え、我が軍をこの俺の手で再構成する!」
「了解しました。再構成するにあたり人材は必要、信頼出来る者を探しておきます」
「あとは……この少年の置き場所だが」
「城の中に空きスペースがありましたよね、あそこなら危険も少なく済みます。住めるように手配しておきます」
「頼んだ、ただ、この少年を説得してからになるがな」
──と、説得にはまず警戒を解かせる事から入るだろうと思い、頭を抱えていたが……俺が噴出して笑ったせいか、少年はいつの間にか寝たままの姿勢から動かなかったはずの体が動くようになっていたようで今落ち着いた様子で座っている。説得に考えていた言葉など使わないまま驚くほど素直に話を進める事が出来た。
「俺の城にしばらく住んでくれるか、少年。見返りとして少年がこの俺を倒せるぐらい強くなる手伝いをしてやろう。どうだ?」
「僕は、強くなる。そこにチャンスが転がっているのなら絶対にものにする」
「えー、王国ダイヤ書店発行『勇者タクティクス』3巻のセリフですね。この子相当な勇者オタクみたいです」
「オタクなのはお前かよ……まあいい。それで、本当に良いのか?考える時間ぐらい与えてやっても良いのだぞ?」
「僕は、強くなって絶対に倒して見せる!魔王を倒す勇者になる!」
「あ、6巻です」
あっさりと頷いたその目には根拠が無くても、強い光を宿していた。威勢と勇気だけは一人前だと思ってるが、流石に威勢が良すぎて無謀だろ。俺の気分次第でお前の命はどうとでもなるんだぞ。
「えーと……まあ、いいでしょう。後の事はお任せください」
ルチーヌは少年の手を取り扉まで誘導する。俺は今更になってこの少年の宿す目が復讐でも企んでるのではないかと心配になり、呼び止める。
「ルチーヌ、忘れてたけど俺の寝首掻かれないか心配だから見張り役付けてもらっていい?」
「それなら私が兼任します。どうぞ存分に書類仕事を片付けてください」
少年の手を引いたままルチーヌが乱雑に隅に追いやられた書類の束を見やって出て行った。完全に忘れていた。ルチーヌから報告があった時は朝だったのに時刻はもう夕方だ。
「今日が命日か……」
心の中で頭を抱えながらも体は勝手に動き、今日までに済ませる書類を仕分けてデスクに掛かった。
「ここがこれから暮らしてもらうあなたの部屋です。むやみに外へ出ないように、何かあればこの呼び鈴を鳴らしてください。私に繋がりますので」
それだけ言って、ルチーヌさんは扉を閉めてしまった。しっかりとカギをかけて。一人になった僕はガラス窓の前まで寄って外を見る。暑そうで、暗くて、生命が力尽きたような不気味な景色だ。すぐにカーテンを閉めてベッドに座る。あのふかふかした長い椅子よりもふわふわだった。僕はただ一人でついさっきまでの出来事を振り返っていた。
「この感じ、何か久しぶりだ」
草原で迷子になって座り込んだ時と似ている。不安や焦りとかを飛び越した、孤独感。僕は、どうすればいいんだろう。魔王から強くなる手伝いをしてやると言われた。その魔王の言う通りに強くなったら、どうなるのだろう。僕の想像なんかちっぽけなぐらい、はるかに高い強さの壁を実感した。それこそ、一歩も動けなくなってしまうぐらいに。それが、一歩でも踏み出せるようになるだろうか。今の僕の心は、冷えて折れるどころか更に熱く胎動している。この瞬間、新たな目標を見つけてしまった。鞄から一冊の本を取り出し、『勇壮の勇者』のタイトルを見て、しまう。僕の目指すべきその目標は、こんな本なんかには無かったんだ。今まで元気を無くした時にこの本達に頼っていたけれど、今はもう違う。
「僕は、強くなるんだ。何でもして絶対に強くなって、魔王を超える」
口に出したその目標、今は漠然としたものが一つ。けど、初めての僕の決意だった。その目標がどんなに高いものか、身をもって知っている。うるさいぐらいに心臓が高鳴り、闘志が沸きあがって来る。これは、あの魔王の恐ろしさを感じた時よりも更に強く鳴っていた。僕の内側に宿った新しい変化を祝福するように。




