026 あの日の出会い
間隔開いてしまい申し訳ありません
──────ああ、僕は今、夢を見ているのか。
そう自覚するまではただ、僕の過去の振り返りをぼんやりと目の前に映していた。多分、自らの能力に浸っていたあの頃のことだ。15歳で兵士に志願した。模擬戦をする時は与えられた血を飲んで、生まれつき得たその能力を使うだけ。とても簡単な事だった。魔王を見るまでは。一年前だったか?何かのイベントで滅多に戦う事のない魔王が戦う。それを僕は観客席から見ていた。
「なぜ、魔法を使わないのだ!魔王はなぜ手加減などをする!」
その試合の様子を見て思わずそんな言葉が出る程度には怒りを感じていた。悪魔として強い者は、その個性となる魔法を使って戦う。僕は身体を硬化させる魔法を使った相手に対して、そのまま拳を交えた肉弾戦を仕掛けようとしている魔王に果てしない怒りを溜め込んでいた。──結果は魔王の勝利、大きな歓声と共にイベントは終わった。時間が飛び、僕が順調に力を示し続けて遂に上位ランクの悪魔、魔王が直々に選んだと噂される精鋭兵士の一人と模擬戦をやる事になった。相手は取るに足らない魔法しか持っておらず、今ではもうどんなものだったか覚えてすらいないものだったが、勝てなかった。全く相手になっていなかった。こちらの考えを全て見透かしたような動きで、ただ一発ぶん殴られて気付けば終わっていた。こちらのアーマーがはじけ飛んでいる事に気付いたのは、審判の声がかかってからだった。
殴られて地面に顔が着地した時、あの日見た魔王の戦いが脳裏に浮かんだ。その日から、僕の能力と共に自身の体を憎むようになった。『血が無ければ何も出来ない体』……血を飲まない僕の基礎能力は虚弱そのものだった。それからどの試合でも血を断ち、格下にも能力を禁じて殴り合いを挑んでは負ける日々が始まった。次第に、魔王の動きがただの手加減などではなく、洗練されたものだった事に気付いていき、そのまま尊敬と共に僕の目指す目標となっていった。
ある時、急に始まった魔王軍全体が対象の各種能力テストと模擬戦。僕は自身の能力の低さがどの程度なのか気になり、全てのテストを下の方になるように調整した。このテストに意味などないと思っていた。例え相手とこの結果が大きく勝っていたとしても、血が無ければ実戦では絶対に勝てないからだ。僕は一度下から上がって行く方が早いと思い、わざと下から当たるようにした。
ある時、食堂に行くと、僕より少し背が小さい見慣れない顔の子供がいた。丁度兵士に志願した時の僕くらいだろうか。皿に乗せられた皮の硬い作物にそのままかぶりついている。ロクに食べ方も知らない様子に僕はそれが気になって声をかける。
「おい、君。それはそうやって食べるものではない。皮がついているだろう?剥いてから食べるんだ」
「ん、ありがとう」
その子供はかぶりつくのを辞めて、歯型のついた所から丁寧に爪で皮を剥いてから食べ始める。
聞き分けの良い子供だった。丁度その少年のテーブルだけ席が空いていたので、対面に座り、僕も食べ始める。ふと、出身が気になり質問する。
「どこから来た?西か?」
「……?」
答えようとしない。理由は知らないが、受け答えを見る限り、どこか遠い所からやって来た悪魔らしい。
「見れば分かる。ここへは最近来たんだろ?君さえ良ければ、色々教えてあげよう」
我ながら何を言っているのか。遠くから来た人が右も左も分からなそうにしている。そのことを哀れに思ってしまったのかもしれない。
「……要らない」
しかし少年は皮を残して綺麗に作物を平らげた後、そう言い放つ。
その事に少しもどかしさを感じ、語気を強めて言い返す。
「この僕が、気まぐれで言ってやっているんだ。それとも、他に頼れる人が誰かいるのか?」
「僕は一人だけど、大丈夫」
その態度を見て、僕も少しムキになっていたと考えを改め、無言で食べ進める。少年は食べ終わるまでじっと待ってから、お礼を言った。
「ありがとう、知らないお兄さん」
「……僕と同じなら明日は模擬戦だろう。相手が誰になるかは分からないけど、お互い、上手くいく事を祈っているよ」
「僕は勝ちたい人が居るんだ。その人に勝ちたかったら、明日で勝ち進まなきゃ行けない」
「君、珍しいね」
結局強いやつには勝てないし弱いやつには勝てる。今の待遇に満足してる者が多いし、自身の固有魔法頼りの戦い方は、本人のやる気の有る無しに関わらず相性で勝負が決まる事も多い。勝つほど当たる相手も強くなるのでほとんどの人は無理して上を目指すよりは楽な方を取るだろう。ここまでの熱意を見せられるのは、自分の能力の限界を試したくなった奴か、新しく入ってきて何も知らない奴くらいだ。僕はもうあまり興味もなく、席を立つ。
「ただあんまりやる気を出しすぎても大変なだけだよ。それじゃ……ああ、そろそろ相手が分かる頃だったな。君、場所は言わなくても分かるか?」
「……連れてって」
丁度次の対戦相手が誰か、貼り出されるタイミングだった事を思い出す。僕は少年を連れて道案内ついでに目的の場所に向かった。
「少し遅かったな」
食堂から出て少し歩くと、広場がある。そこの大きな看板にブロックごとにトーナメント表が細かく貼り出されていた。ただし数が多く、その上広場に集まる人で壁が出来ており全く読めない状況だった。
「ええと、ちょっと僕を持ち上げて」
少年が提案する。持ち上げた所でこんな距離、わかる訳ない。そう呆れながらもこの少年が軽いおかげか何とか持ち上げる。
「ええと、名前教えて」
「キュラーだ」
「どんな字?」
「どんな字も何も、キュラーはキュラーだろう」
「うーん、多分……。僕と戦うみたい、一回戦」
「自信の無いことは言うなよ」
僕は少年を降ろすと、完全に信じていないのでそのまま高くジャンプした。
「我が血の契約により命ず、第六の目、映るもの全てを捉えよ」
額に目が現れ、目を開いた瞬間、バチンと弾けるように消えた。僕は食事直後なら僅かな間血の魔法を使える。それで一瞬だけ魔法の目を作り、その光景を全部記憶させた。代わりに僕は既にボロボロになっていた。肩で息をしながら名前を聞く。
「ハァ、ハァ。君、名前は?」
「ファイン。ごめん、重かった?」
「気にするな……確かに相手は君のようだ。残念ながら」
「?」
この少年を持ち上げた時、とても軽かった。普段の僕が持ち上げられるぐらいだ、どれだけ自分の魔法に自信があっても、体が鍛えられていないならば意味が無い。僕がそうであるように。……ふと、この少年が可哀想になった。彼の夢を聞いた上でこの手で折ってしまうのか?その事を考えた時、僕にはこの子供の夢を折る資格が無い事に気付いてしまった。僕が本来戦う相手はこの子供ではないはずだ。また、この子供も僕と戦う事は無かったのだ。僕はただ、僕の力に頼りたくなかっただけで、こんな事をしたい訳では無い。僕は沢山経験した負けの中で初めて、自分から、本心から負けを選びに行っていた。
「ファイン、君は僕と戦ったら絶対に勝てないだろう。だから、負けてあげるよ。初戦は僕の負けで、君は君の目的通り勝ち進むといい」
「要らない」
「遠慮せずともいい、これは僕が悪いのだから」
「僕は要らない。魔王と戦うまで、僕は誰にも負けないから」
「おまえ……」
まさか、その戦いたい人というのは、魔王様の事か?この子供は、その体で魔王様と渡り合えると本気で考えているのか?僕は今感じていたものの反対の位置にまで感情が一気に逆流して来るのを感じた。それは過去の僕に対する憎悪なのか。それとも、叶うはずのない夢を守ろうと無駄な心配をした事に対するこの子供への怒りなのか。
「負けてやる話は無しだ。君のような子供が魔王様に勝ちたい?僕に対して謝れ。それだけで血は使わずに相手してやろうじゃないか」
「なんで謝るの?」
「……ただ一言。君はただ自分の発言を反省すれば良い。自分の弱さを、認めればいいんだ。簡単だろう」
「……よくわかんない。でも僕は全部勝って、魔王と戦う」
この瞬間、僕の感情の高まりがその時と比べて薄い事に気付き、僕は今見ているこれが夢だと自覚した。
この後僕はこの少年に止まらない怒りを蓄積させ、結局血を飲んでから戦った。先に一撃を入れられた事で完全に切れた僕はアーマーの耐えられないレベルの大技を出した。結果は引き分けだ。ストップがかかり、なおも追撃を入れようとした所を魔王様に止められたのだ。劣っていると思っていた相手に負けるのは初めての事だった。結局のところ僕はこの少年と自分自身を重ねてしまったのだと思う。力に酔った過去の自分に。だが、ファインと共に訓練する中で、ファインはずば抜けた才能で少しずつ僕とは違うと感じさせられた。その事が今は無性に悔しくなってしまう。魔王様にも、ファインにあって僕には無いものを見つけろと言われた。しかし、もうあの時の魔王様はいない。今やその真意を知る者はおらず、その残滓を探れるのは僕だけとなってしまった。
「魔王様……僕は、前に進めているでしょうか」
目が覚めると、涙が出ていた。腕で拭き取り、起き上がると口元には零れた血とその辺に捨てられた空の血液パック。僕は状況を理解してすぐに、握りしめていたはずのあの短剣が無い事に気付く。あれは僕が血に戻してやらない限りずっと形として残り続ける。慌てて馬車から飛び降りると、丁度その真っ赤な短剣を持った人が遠くに見えた。走ってどこかへ行っている。どう見ても王国の方向では無かった。
「僕の命を削った武器を、粗末に扱うなど……許せるはずもない!」
僕は突き動かされるようにその人間の後を追いかける事にした。




