24 やり直し系王女は基準がおかしい
ライムは窓の外を確認して、小さく頷くと、意を決して話を始める。
「あなた達の力を貸して欲しいの」
「それは同盟とかでは無く?」
聞くがライムは首を振る。
「あれは国としての話よ。それに、今はまだそんな大それた事出来ないわ。言わなかったかしら?私は王女よ」
自信満々に胸を張る。今までの話は一体何だったのだ?
「魔王様。少し、良いですか」
ルチーヌが手を挙げる、どうしたのだろう。
「魔王様は王国の今についてどこまで知っていますか?」
「どこまでって……来たばっかりだから知るわけないだろ」
「あら、確かに。それもそうですわね」
空気から書物を一冊取り出す。とても古く、ボロボロだが辛うじて紙の束としての形を保っている。それを手渡してきた。読んでみる。
「私たちには、敵がいるわ」
「何だこれは……魔神?なにかの創作か?」
パラパラとページをめくる。書かれていたのは、魔神が現れ、国が滅ぼされるまでを書いた日記帳?のようなもの。
「いつの間にか持っていたの。私の字よ」
「……どういう事だ?」
特に重要な事が書かれているようには思えず、本を返す。ライムは受け取ると、軽く持っている手を振ってその本はどこかへ吸い込まれるように消えてしまった。代わりに、丸いもっちりした食べ物を取り出す。
「分からない。でも、それがある事に気付いてから色々と不思議な事が起きたの。ルチーヌの事を知ったのもこれのお陰……あむっ」
「私とライム様とは、数年前から夢で会っていました。彼女の事を知った時は……ただの趣味を共有する仲間だと思っていましたが」
「私の読んでいた本の話をすると彼女、喜んでくれるの。でも、実在する人だって分かってから、この本の事が気になって調べたわ」
ライムは窓の外を見る。少女は鎧を着ているのに重さを感じさせない素早さで外を走っていた。
「リアって子も、この本にいた。その本の内容からじゃ名前までは分からなかったけど。調べ始めた当時、とんでもない『祝福』を持った子が出たって騒ぎになってて、すぐにこの子だって分かった」
「祝福?」
「……話すって前言ってたわね。『剣聖』とか、『剣戟の軌跡』とか『風強化』とか。とにかく沢山持ってたわ」
俺は今、頭にハテナマークを浮かべている。必要な知識が無いせいで理解が出来ないっていう意味のハテナだ。どこか分からない所があったのか?と言いたげなライムと互いに顔を見合わせる。
「……?」
「……?」
ルチーヌがあっ、えっ、と声を漏らす。微妙な雰囲気だ。でも、分からない事は分からないと言うべきだよな。
「その、祝福とは?」
「ええと、女神教がやってる洗礼を受ける……と……あっ。女神教って魔王国でもやってるのかしら?」
「やってないな」
女神教がない、イコールその知識が無い。ライムはその事に気付いて、少し納得したように一杯の水を取り出して飲み込んだ。
「……よね。女神を怒らせたって伝えられてるものね」
「あの時話していた神って女神だったのか」
「あー、ゴメン。とりあえず、その女神様からの祝福を受けると、その人の個性が貰えるの。私の場合はコレ」
空気からナイフを取り出し、自分の頬を切っ先で軽く切る。その切れた頬から遅れて血が出てくる。
「何をっ!?」
「大丈夫よ」
血を指で拭う。よく見ると、傷口は完全に塞がって跡も出来てない。ナイフの方を見ると、切っ先が少し溶けていた。
「私の祝福よ。『血液強化』で傷なんか出来ないし、よく分かんないのも付いてきてるから血の中に色々しまえて倉庫にもなるわ。むしろそれぐらいにしか使えない」
「おいおいおい……」
俺の本体、最悪戦争になったらとはいえ、こんなの相手に戦おうとしてたの?下手するとこの女の子一人に負けてるだろ。その祝福とやら、不公平にもほどがある。
「血が強くなったところでいい事なんてないから。お兄様達との競走にも勝てないし……」
はぁ、とため息をつきながら表情が暗くなる。
「わ、分かった。祝福については分かったから続きを聞かせてくれ」
「え、ええ。そうしましょう。どこまで話したっけ……そう、たくさん祝福を貰ったあの子、リアが来たの。でもすぐ後に心配してやって来た兄と偶然会って、その兄の方から色々な事を聞いたわ。祝福の内容から女神教としてはノーマークだったらしいんだけど、彼、未来に起きる事を知っていたの」
「どんな内容だったんだ?」
相槌を打つ。突拍子も無い話だが、嘘とするには彼女の話す姿は真剣そのものだった。どうやら本人がそう信じるほどの根拠があるらしい。
「それがね……本の内容と違うの。そっちのがもっと悲惨だった。私が血まみれになるような事件があって、勿論生きてるらしいんだけど、そこから私がおかしくなって国が大変な事になるって。実際、あの子の言った通りに襲撃があったわ。本と話が繋がったのは、それが未来で王国を滅ぼす魔神を崇拝している連中だったからよ」
つまり、王国は魔王国よりも大きな問題を抱えていたという事か。それにしても、血まみれになって生きている事に勿論という辺り、彼女の基準はおかしい。
「彼らは王国に根を張ってて。色々あって……二人共私の仲間にして魔神を崇拝する人間を一人残らず取り除く事にしたの」
首にかけたネックレスを見せる。あの時とは違い、光を失っている。
「じゃん、魔神が人を乗っ取るというヒントから生まれた、人でない人に反応する魔道具。これで私がファイン君を遠ざけた理由は分かったかしら?」
「……あの少年は操られているのか?」
「そんな感じは無かったわ。なんか、微妙な反応なのよね……例えば私が乗っ取る側だとして、触れている間は乗っ取れる。じゃああなたの肩に手を置いたら?」
ぽん、と肩に手を乗せられる。
「乗っ取られてるな」
「これだと魔道具は正しく教えてくれるわ、じゃあこれは?」
ライムが肩に乗せた手を少し浮かせる。触れるか触れないかのギリギリの浮かせ具合だ。
「触れて……いや、触れてない?」
「正解はどちらでもないわ。今のファイン君はこの曖昧な状態。これでは乗っ取るというより、ただ見てるだけというか。いつでも乗っ取れるようにキープしている?そんな感じね」
「一体何故そんなことを」
「とにかく、警戒はしておきなさい。未来は些細な事で変わってしまうのだから」
王女は窓際に置かれたイスに座り、細長い食べ物を取り出す。咀嚼の度にパキッと子気味いい音が流れる。さっきも何か食べてなかった?
「……ごくん。何か聞きたいことは?」
「未来を知ってると言ったが、そんなに状況が悪いのか?」
彼女が配下に命じて未来を聞きに行っていた時の事を思い出す。結婚の話が冗談ではなくなったのはそれのせいで、俺はさっきまでどう話を進めるべきか悩んでいたのだから。
「うーん、すこぶる悪いわね。今までのヒントからあなた達がいなければ全滅すると考えているわ。なぜそうなるのかまでは全く分からないけれど、どうも……私とあなたがそばに居る事が鍵みたい。ルチーヌには悪いけど」
「ライム様、どうか私の事は気にしないでください」
「あれだけ取り乱しといて誤魔化すなんて出来ないわ。本当に辛い思いさせたわね、ごめんなさい」
「いえ。時間も頂いて、心の整理は付きましたから」
どうやら未来と言っても曖昧な事しか分からないらしい。俺は戦闘能力がゼロだ。その俺がそばに居たところでどうにもならない。という事は、俺の連れてきた3人の誰かが鍵になるはずだ。
「……まあそういう事で、とりあえず話が済んだなら解散ね。ああ、申し訳ないけれどルチーヌはまだ借りるわね。代わりにリアちゃんを付けるから、しばらくの間ヒマだろうし観光でもしてきたらどうかしら?はいお金」
金貨の入った小袋を置いてそそくさと二人は出て行ってしまった。見届けたあと、俺は力無くベッドに倒れ込み、ずっと俺の役割について考え込んでいた。




