23 協力者-3
屋敷の貸し出された一室に戻って来ると、ファイン達はベッドでもう寝ていた。気を利かせてくれたのかキュラーがイスで寝ており、ベッドも一つだけ空いていたが、今日はイスにもたれかかって寝る。起きたらルチーヌが既に起きて待っていた。窓を覗くと、外でリアと呼ばれていた鎧の子がファイン達三人と一緒に剣の素振りをしていた。
「話をしろ、か」
「魔王様の分身。いえ、魔王様。先日は申し訳ありませんでした」
「俺はただの分身、身代わりだ。ルチーヌさんの呼びやすい呼び方で良いし謝る必要も無いさ」
「魔王様……いえ、例え魔王様ではないとしてもその一部である事に変わりありません。ですから魔王様と呼ばせて頂きたく……そうではなくてですね」
ルチーヌが真っ直ぐこちらを見る。
「私は、魔王様に言っていなかった事がございます」
「……」
ルチーヌの真意を探る。俺はただの魔王の代わりで、なぜその俺に何かを話そうとしているのか?ルチーヌはその勢いのまま話を続けようとする。
「私は、今まで……嘘をついていました。名前に、嘘を……むぐ」
手で口を塞ぐ。その言葉は俺に向けたものでも、魔王に向けたものでも無かったからだ。ただの『儀式』だった。自分の気持ちに整理をつけるための儀式、それは何か大切な事を諦めるに等しいのだと、その時の俺は思った。
「良いか、嘘だどうだと言っても今のあなたはルチーヌさんだ。そんで、それだけ近くにいて嘘をついている事に気付かなかったアイツが悪い。だからネタばらしはアイツの前でしてやれ。出来るだけムカつくぐらいに言ってやれ」
手を振りほどかれた。ルチーヌに力は全然入っていなかった。ほぼ、触れられて離した形だ。ため息を吐いて、恨みの込められた視線が突き刺さる。
「……はぁ。私は死なないと告白すら出来ないんですか?」
「アイツが簡単に死ぬか?第一、死んでたら分身の俺はどうなる?たぶん、一緒に消えてるんじゃないのか?」
「それは……」
可能性のひとつ、それは無謀な一本の筋。だが、信じるかどうかは自由だ。けど今は可能性を出すべきだ。
「何で結婚の話に反対してたかは俺からは分からないですけど。あっちがするべきって言ってるならした方が良いんだろ。どうせ俺は身代わりだから、利点しかない。その間にホンモノを探せば見つかるさ、きっと」
「でも魔王様がっ結婚して……うっ、ぐずっ……」
ルチーヌは泣き出してしまった。しまった、どこか間違えたか?でも──多分、俺と本体を重ねてしまっているのだろうという事だけは理解した。
「俺は魔王様じゃない。そう考えるとどうだ?どこかの誰かと知らない王女サマが結婚しました、だったらそんなに気にする話題に見えるか?」
「……あれ、確かにそうですね」
「急に落ち着くなっ!?」
「でも本当に、別人だと考えると……不思議なくらいにどうでも良く感じます。どうしてでしょう?」
「どこかの誰かでも、傷付くことはあるんだからな……」
さっきまでと比べて氷のように冷たい。
「変な所をお見せしてすみません、話は進めておきます」
ルチーヌがドアに手をかけようとする。魔王じゃないと分かったら本当に冷たいな、少し意地悪をしてやろうか。
「でも、記録の上だと魔王と王女が結婚するって事になるよな」
フリーズした。ドアノブに手をかけたまま。微動だにせず。
「……あっ」
言ってはいけない事を言ってしまった気がするので、固まったままのルチーヌを何とかしてベッドに運び、この部屋で待つことにした。
やがて訓練が終わったのかファインとルゥが帰ってくる。キュラーはまだ訓練をしているようだ。
「魔王。勝負しよう」
「また今度な」
「今、しよう」
「また今度な」
「い、ま」
「ファイン、今日はやめとこ。ボクもうへとへと」
ルゥがファインに疲れたアピールをする。訓練の成果を試したがっていたようだが、ルゥのその様子を見てやっと諦めてくれたようだ。
「うん。……ルチーヌさんが寝てる所、珍しいね」
「そうだな、起こすのも悪いから静かにな」
「分かった」
ルチーヌの意識ぐらいすぐ帰ってくると思っていたのだが、外はもう暗くなりかかっていた。ここまで来ると、フリーズしたルチーヌが心配になってくる。
──朝。起きてすぐにルチーヌを探す。ベッドの上に昨日と変わらない体勢でいた。まさか、まだ固まったままなのか!?慌てて起こそうとするも起きない。しばらくして、ドアが開かれる。ファインが気になってドアの前に走っていった。
「あ、ライ……なんとかさん」
「あら、ファイン君。それと私はライムよ。魔王は……いるわね」
こちらに向かって歩いてくる。
「様子を見に来たの。調子はどうかしら?……あら?」
当然ライムはベッドに固まったままの姿勢で倒れるルチーヌを見つける。どう説明したものか。
「来てもらった所済まないが……ルチーヌさんとの話はまだまとまっては無いんだ」
「分かりましたわ。リア」
「はいっ!皆さん訓練の時間ですよー!」
どこからともなく現れた鎧の少女は、剣をカンカンと鳴らしながらファイン達を連れて外へ出ていった。
ライムはさっぱりとした態度で、近くの椅子を取り出して座る。本を取り出し読んでいる様子を見るに、待ってくれるらしいが……
「あー、その。起きるまで時間がかかるかもしれないが。いいのか?」
「?……ん、良いですわ。ルチーヌがこうなるのは珍しいですけれど、理由については察しがついていますもの」
「り、理由?」
やたら魔王(本体)と結婚させたくない所までは分かるが、その理由までは思いつかない。まさか、知ってるのか?
「俺にはサッパリで。頼む、教えてくれないか」
「それは彼女の口からお聞きなさいな。私も人のアレコレに口出しする厄介な人にはなりたくないですから」
「アレコレって何なんだ……」
俺が呟いた瞬間、ライムは勢い良く本を閉じる。驚いた様子で、こちらを凝視している。ど、どうしたんだ?
「まさか、そこまで分かっていないのですか!?」
「分かってないと言われれば確かにそうだが……」
「はぁ。私はとっくに話が終わって誓いのキッス……キャッ、バターン。な所と思っていましたのに!見損ないましたわ」
「急にどうした!?」
「どうしたのはあなたでございましてよ。そこまで私との結婚を拒む理由、彼女には一つしかありませんでしょう!」
段々語る口が熱くなっていったその時、ルチーヌが起き上がる。長い間意識を失っていたからか、まだ意識がはっきりしないようだ。
「け、こ……」
「目が覚めたかっ!?ルチーヌ、俺が分かるかっ?」
「魔王、様……の、ぶん、しん」
「ブンシン?」
まずい伏せてる事を。慌てて誤魔化す。
「いやいやいや聞き間違いです!魔王様の無事と言ったんですよ!きっと……」
「そこまで深刻に考えてたとは……やはり結婚の話は無かった事にするべきでしょうか?でも……」
「待って、もう少しだけ待ってください」
「そちらの方は、ライム様?私、寝てて……?あっ」
王女に気付いて体を起こす。目が覚めたらしい。王女に向かって姿勢を正し、謝罪する。
「申し訳ありません、私とした事が」
「良いわ。押しかけたのは私の方だもの。それより、かなり困ってるみたいね。あの話」
「いえ、そこまででは。昨日、話はまとまったので」
まとまった?どういう事だ?
「あら、話はもうついてたの。じゃあ聞かせてもらえるかしら?」
「ライム様の案で全て進めましょう。王国と同盟を結び、王女であるライム様と魔王様が結婚する。これで長く続いた王国との戦争を終わらせます」
「……ええ、分かったわ。魔王ジェミニ、それで良いわよね?」
ライムは少し残念そうな顔をして、俺に確認を取る。
俺は最初、分身として結婚するならその方が良いと考えていた。魔王の本体が自分の意思で進めたわけじゃない。でも、他人から見ればそれは魔王と王女が結婚したという事実が残る。子供でもわかることだった。俺は分身だ、他人の心なんてわかる訳が無い。そう思っていたけど。立場を変えるだけで良かった。そして、ようやく一歩理解した。ルチーヌさんが魔王に抱いていた物のひとかけら。それを分身の俺が壊してしまうのは、本体にとって絶対に良くない事だ。
「駄目だ、結婚はしない」
「魔王様」
「ふぅ……もう少し話し合いの時間を設けた方が良いかしら?」
「いや、結婚はしないと言ったんだ」
もう一度言ってみる。この短い時間で何とか方法を捻り出せ。両方守れるような案を。喉からでかかった時、ライムが半分理解した風に聞く。
「……ええと?しない代わりに何かをすると?」
「そ、そうだ。お互い仲が良い所を見せさえすれば良いんだ。公表はせずに、見た者に勘違いをさせる。ルチーヌさん、それでいいか?」
確認を取ると、ルチーヌは申し訳なさそうな様子で頷いた。
「魔王様……すみません、ライム様。勝手ではありますがこの案で行かせてください」
「ええ、決まりね。舞台は私が整えるわ。魔王ジェミニ、またルチーヌを借りるけど、良いかしら?」
「もちろんだ。よろしく頼む」
話はついた。後は魔王の代わりとして行動するだけで良い。結果的にファイン達を連れてくる意味が薄くなってしまったが、これが済めば全て上手くいくだろう。そう思っていた。
「時間はかかったけれど……これであなた達に私の考えている事を話せるわね」
王女がファイン達を遠ざけた理由、それを話すまでは。




