021 協力者-1
立ち上がり、土埃を払うと、キュラーがおもむろに聞いた。
「魔王様、それでは本体はどこに?」
「……その話は場所を変えよう」
物陰に連れていく。そして、俺は事情を説明した。元々話すつもりは無かったが、彼に対しては隠してはおけないと判断した。話し終えると、彼は悔しそうな表情を浮かべて俯いていた。
「僕は……魔王様の危機にも気付かずに……」
「誰が悪いという訳でもないさ、もし全員の目を掻い潜りながら魔王を倒してしまう程の敵なら誰がいても止められないだろ」
キュラーは首を横に振る。
「違います……悔しいのです。その場に僕が居ないと言う事実が。魔王様の命の危機にこの僕は気付くことすらなかったという事実が。城が消えた後もいつも通りのように振る舞う魔王様が当たり前と感じてのうのうと過ごす僕自身が許せないっ……」
「そう自分を責めるな。あの時の魔王が期待してた事はとにかくお前達が育つ事だ。お前の成長を見せたら喜ぶと思うぞ?俺が保証する」
「ありがとうございます……魔王様。お陰で少し、僕のやるべき事が見えました」
そう言い残し、キュラーは訓練場に戻っていった。
執務室に戻り、席に着くと同時に聞きなれない高い声が響く。ルチーヌに渡された赤い使い魔から。
「クルルルルッ!──魔王様、魔王様。ルチーヌです。聞こえますか?」
「わっ!急に脅かすなっ!……久しぶりだな」
「お久しぶりです。王国に来て頂けますか?」
「王国に?一体何をするつもりだ?」
「良い話を持ってきました、上手く行けば王国との戦争を回避出来るかもしれません!」
突然の話に驚きながらも、俺はメンバーを集めて王国へと──向かう前に、付いてきたその辺の魔道開発部の残党のゴブリンを捕まえて言い聞かせる。
「お前、今から魔王代理な。頑張れよ」
「あたわわががが私がですか!?」
どうやらゴールドバンクが逃げる際に内部では派閥のあれこれがあったらしく、魔王派とゴールドバンク派に綺麗に別れて高性能な魔道具を求める者達がゴールドバンクについて出て行ったらしい。そうして残った者達をまとめあげた新設魔道開発部のリーダーをしている彼に魔王代理を任せる事にした。
『俺の手先』を連れ、ウェルミル平原から馬車で数日。旅は快適なものだった。全員がフード付きの上着を被り顔を隠しているせいか、馬が王国のものと見た目が違うからなのか。とにかく通りがかる人にジロジロ見られる以外は実に快適だった。
「調子はどうだ?」
王国を囲む高い壁が見えてきた辺りで、後ろの座席で寛いでいる三人に声をかける。
「……少し眠い、かも?」
「大丈夫」
「平気です。……ただ、本当に何年も続いている戦争を解決出来るのでしょうか?」
「わからん」
ルチーヌから少しだけ詳細は聞いているものの、詳しい話は会ってからという事になっている。罠では無いことは分かるのだが、今の段階ではいまいち話が掴めない。
「まあ、行ってみれば分かるだろ」
俺は右に進路を変え、王国から少し離れた場所、海が見える崖の上にある、誰かの別荘のような大きな屋敷へ向かった。馬車を降りると、赤い長髪の若い女性とルチーヌが出迎えた。
「あら、お早い到着ね」
「あなたは?」
「ここではなんですし、中へどうぞ」
屋敷に入ると、階段の手すりの先から置かれたテーブルやタンスの足にまで所々に散りばめられた繊細な花びらの装飾が印象的だった。触ると折れてしまいそうに見えるが、気にせず赤髪のその女性は手すりの手元に来たその装飾を指先で軽く撫でながら、立派な屋敷のとある一室に案内した。大きめの長机とイスが数脚あり、大きめのベッドが二台置かれた広い部屋。既に準備していたようで、手前の椅子の先が引かれている。
「長旅でお疲れでしょう?お座り下さいな、お茶を入れて参りますわ」
「いや、そこまでして頂かなくても……」
「お気になさらず。こちらがしたいだけなのですから」
微笑みを見せてそのまま出ていってしまった。俺はルチーヌに話しかける。
「今まで気にした事は無かったが。人間と繋がりがあったのか?」
「まあ、1ヶ月前は会った事もありませんでしたが。お互い知ってはいましたね」
「会った事が無いのに?」
「色々不思議な事があったんです」
ドアが開かれる。数個のカップと陶器で出来た入れ物を受け皿に乗せ、片手でバランスを崩すこと無く持っていた。
「お待たせ。皆さん紅茶で良かったかしら?」
彼女が茶を淹れ終わると、ようやく話が始まった。
「まずは自己紹介をしましょうか?私はフレイア・ルフ・ル・ライム。王族なので少し名前が特殊ですが、気軽にライムと呼んで欲しいですわ」
ちらりとルチーヌの方を見る。彼女は特に反応しなかった。とりあえず、無難に行こう。
「……魔王、ジェミニだ。彼らは俺が信頼できる兵士として連れてきたが……彼らの自己紹介も必要か?」
「ええ!お友達は多い方が良いですから」
順番に自己紹介を始める。二人の紹介が終わり、最後にファインの番となった。
「ファイン。よろしく」
「んー……ファイン、ファイン。姓はありますの?」
「……ゼンドウ」
「なるほど、そういう事でしたのね。ファイン君、よろしくお願いいたします」
自己紹介が終わり、本題に入ると思ったのだが……ライムは首にかけた赤い宝石のペンダントを軽く手に取って一目見てから、楽しそうに話し始めた。
「そうそう、最近三番街にある菓子店のが美味しくて。こっそり行っては買ってきてるんです!ほらコレ」
何処から取り出したのか甘い匂いのするブロックと皿が出てくる。他には──
「これは屋台で売ってるイカ焼きで、これは最近流行りの料理で──」
もう開き直ったかのように空気に手を突っ込んでは取り出し、魔法なのか原理は分からないが次から次へとどこからともなく食べ物が出てきてしまい、テーブルはそれらの色とりどりな料理で埋まってしまった。ファインとルゥだけが気にせず食べる中、食器に手をつけていない俺とキュラーを見て不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんですか?食べて感想を聞かせてくださいな!」
一口食べる。もし本体ならどう反応しただろうか?容易に想像がつく。買い占めるまでは行かないだろうが、大量にその食べ物を手に入れようとしただろう。
「……良い味だ。食べ物一つとってもウチと考え方が違うという事がよく分かる」
「僕も、一口だけ貰います……確かに、料理にここまでの手間をかけるというのはあまりありません」
どれを食べても豊かな味が感じられた。ただ食べられるようにするという目的の料理と、味を楽しむ菓子の考え方は似ているが、魔王国とは根本的に食べ物としての区切りが違っている。しばらくして、窓から見える色が変わってきた所で、出された料理を食べ終えた。
「はぁっ……今日はとても楽しい日でした!またお誘いしますわね」
そう言いながら一枚の折りたたまれた紙を渡される。
「それはお礼ですわ。この部屋はお貸ししますので外がもう少し暗くなった頃に開けてくださいな」
そう言ってルチーヌを残し出て行ってしまった。
「あれ、終わり?」
「ええ、終わりです。何か問題でも?」
「いや……うん。何でもないが」
呼び出された理由は確かに魔王国と王国の戦争を回避する方法を持ってきたという話で、聞いていた内容も現地で協力者と落ち合って話をするとなっている。まさか料理を振る舞われてそのままお開きになるとは思っていなかったが。困惑していると、ルチーヌが耳打ちしてくる。
「外に出る際は私に一言伝えていただければ案内しますので」
言われた時は意味が分からなかったが、ファインやルゥが寝た辺りで紙を開くと、『一人で外に来なさい』とだけ書かれていた。ルチーヌに話すと、王国に入って細い路地を通り、奥にある背景の一部のような存在感のとある建物の中に案内された。そこは先程の屋敷よりも華やかにそしてやや乱雑に家具や植物の鉢が置かれ、テーブルには広げられた地図が置かれている。この一室はまるで秘密基地のようだった。
「──あら、やっと来たわね」
口調を崩したライムがバリボリと音を鳴らして何かお菓子を食べながら座っていた。
「ゴクッ……んんっ。申し訳ないけど、この話はファイン君には黙っていて欲しいの。いいわね?」
こちらを見ずに地図を睨んでいるライムに若干衝撃を受けつつも、これが彼女の素だと理解した。




