002 強いと思っていた勇者が弱かったんだが持ち帰ってみようと思う
続けます。更新は不定期でストックもしてないですがよろしくお願いします。
「おじさん、誰……?」
その言葉に一瞬困ったような表情を浮かべるも、すぐに笑い出した。
「はっはっ、あくまでもそのスタンス!曲げないつもりかっ!だがこのジェミニ、一切の慢心無しッ!!」
話を聞かないこの男に僕はどうすることも出来ず、僕の腕を掴んだままのその男は、人間には出来ない程の跳躍力を見せてその深い落とし穴を飛び越えてみせた。引っ張られる形で僕はずるずると扉の奥、大勢の悪魔がいるフロアへと連れていかれてしまった。サークル状にスペースを作り、その円の外から大量の悪魔達が見物している形だ。僕はその円の中心に片手で放り投げられる。
「いてっ!」
「少年、この俺を引き摺り出した貴様の才能に免じて、一度だけ攻撃する事を許してやる。さあ、来るがいい」
「えっ、え?」
僕が流れを理解出来ないままでいると、コウモリのようなお洒落な羽を背中に着けた、薄い青色の長髪をしたメガネの女性が、男の後ろからそのサークルの中に割って入る。何やら慌てているようだ。
「魔王様ッ!よろしいのですか!?攻撃を許すなんて暴挙に──」
「ルチーヌッ!」
男の喝にその女性は跳ねるように体を硬直させる。目には怯えの色が浮かんでいた。
「これは我が決めたルール、言わば秩序。その秩序を乱そうというのなら、お前とはいえ容赦はせんぞ」
「ッ……失礼しました、魔王様」
この変なやりとりを見て、混乱しっぱなしだった頭が冷めてくる。つまり、この上裸の変態に見えるこの赤黒い男が僕の探していた『魔王』で、その隣にいるのが多分その魔王の手下。そしてその魔王は一撃を入れていいと言っている。つまりこれは、魔王を倒すチャンスではないか?勇者ファイン・ゼンドウはそう確信した。先祖に代々伝わる魔を祓うと言われる剣、ゼンドウソードを恐る恐る抜こうとする。……抜けない。鞘に引っ掛かって、背中からだと抜けない。仕方無く、肩にかけたベルトを外して剣を持ち、腕の長さが足りないので剣を斜めにして何とか抜いた。
「……(この少年、この俺から更なる油断を引き出すつもりらしいな。この状況で……まさか、俺の戦術を見抜かれたか?)」
ニラまれたけど、攻撃してくる気配はない。剣を両手に持ち直す。この一撃に僕の全部を乗っけて斬りかかる!
「えやあああっ!」
「魔王様ッ!!」
お粗末な体重の乗っていないうえに剣の軌道がブレブレの縦斬り。剣の威力は全くと言っていい程出なかった。しかし、肩に命中した魔王を心配する声、固唾を飲んで行く末を見守る悪魔、無抵抗の魔王。当たった後剣は薄皮一枚斬れる事すらなく肩で止まり、2秒経った。
「……え?」
”俺の部屋”で邪魔な書類を片付けたデスクの上に座って『千里眼』を起動して見ている俺は、声を漏らした。
「いやいや、念には念をというだろ。いや、でも、これは……」
魔王ジェミニの特技は分身である。能力は少し劣るが自分そっくりな存在を作り、自分の手足のように動かす能力。魔法針での再現も不可能な、俺専用の技だ。その分身が、「この攻撃はちょっとした肩こりぐらいのダメージ」と言っている。そんなわけあるか!?──いや、俺が見た物は正確だ。剣の扱いがまるで初心者、ズブの素人だった。ズブの素人がここまで来られるわけないだろ!……まずは、話をするべきか。分身の操作に集中する。
「なんだこの攻撃は?」
「あっ……あっ……」
絶望したような顔をしていて、一歩も動かないし喋らない。どうしたものかと思ったそこへ、秘書のルチーヌが後ろからまたも入って来る。
「ルチーヌ、忠告の上での行動か」
「魔王様、情報部による解析の結果が出ました。非常に重要な事ですのでお耳に」
俺は忠告を無視した事に半分呆れながらも彼女の考えを聞いた上で判断する事にした。
「この戦いよりも重要という事か。話せ」
淡々とした口調。しかし、意外にもそのルチーヌの言葉により、この事態は一気に収束へ向かう事となる。
「読唇術に詳しい者によりますと、王国ダイヤ書店発行『わくわく絵本・勇者』の14ページ目に出て来るセリフ、『俺が倒れたら誰がやる、皆の期待はどこへ行く』と言っていたようです。魔王様、つまり──」
「いい、言うな」
王国の書物に詳しい者の間違いじゃないのか。いや、そんな事よりも重要なのは。この少年は、本当にただの一般人のザコだったという事だ。いつまでも戦いが始まらないまま時間が経ち過ぎたのか、観客と化している魔王軍精鋭陣からブーイングが出て来る。
「おいおい、魔王様早く倒しちゃってくださいよ!何を話してるんですか!」
「舐めプやめろー!」
「クソッ!緊張で心臓が張り裂けそうだ!早く!」
「……こいつら」
俺は少年を見つめる。一歩動くと、腰を抜かしたように尻もちをつく。
「少年、少し痛いぞ」
「っ……っ……」
必死に何かを叫ぼうとしているが、恐怖で声が出ないらしい。この事態はすぐに終わらせる。魔王のデコピンでな。構え、当てないように超巨大な破裂音を鳴らす。パァンッと鳴るその音で少年は気絶した。直後、歓声が沸き起こった。とにかく、収束させるためにはこの少年から話を聞く必要がある。今この場で堂々と聞くのも、要らない憶測が飛び交うだろう。そのために気絶させて、裏で進めてしまった方が楽だと判断した。俺の分身はこの少年を抱える。
「魔王様、どうされるおつもりで?」
「とりあえず執務室に来い、お前だけでな」
そう指示をした瞬間ルチーヌが頬を紅潮させる。目線も動きっぱなしだ。息も荒くなってきている。もしや、俺はとんでもない見落としを!そう思った瞬間、ルチーヌが鼻息荒く背中に手を置く。
「魔王様、私とついに一線を……!」
「馬鹿が」
心配して損した。
執務室にて。ソファにて少年を寝かせると、ルチーヌが驚いた様子でデスクに座る俺に駆け寄った。
「そういう事だったのですか!?」
「「そういうとは、どういう事だ」」
「同時に喋らないでください!」
もういいだろう。分身を解除してやる。
「……あ、いえ。本体では無かったのですね」
「それか。本当は一撃を入れ油断させた上で背後からの奇襲をと思っていたのだがな」
左についた執務室の窓からの景色を見る。枯れ木に黒い大地に藁で作られた軍の奴らの家々に、遠くに見えるマグマ溜まり。いつ見ても安らぐ景色だ。
「流石魔王様です。勝てばよかろうなどと思っておられるその手段を選ばぬ卑怯さに感動しました」
「感動していない口調で話すな。俺はまだ生きたいだけだ」
「それにしても、私だけを呼んだ理由は一体?」
本当は信用できる悪魔が近くにいたからなのだが、そんなことはどうでもいい。そのまま隠さず俺の計画をルチーヌに伝える──
「少年、少し痛いぞ」
恐怖で足が思うように動かない。魔王の一歩で、僕は尻もちをついてしまった。手も硬直したように動かない。逃げる事も出来ず、戦う事も出来ず、僕は、絶望のどん底にいた。それでも、僕は憧れた勇者の言葉をぶつけようとしていた。
「あ、あ……」
『相手がどんなに強大だろうと、俺は決して挫けない。』……そんな魔法のように僕を突き動かした言葉は、最後まで僕の口から出て来る事はなかった。魔王が右手の親指を出して構える。倒れまいと僕は必死に抵抗するも、あっけなく意識を手放してしまった。
「……僕、死んだのかな」
夢を見ている気分だった。真っ暗な空間に重たい体。そして、僕は夢をみているのかと思えるぐらい意識がハッキリしていた。どこかで聞いた事がある、これが明晰夢というものか。まあ、死んでいるから本当は違って死後の世界とかなんだろうけど……成程、想像していたよりもぜんぜん明るくないな。そして、ビックリする程誰もいない。僕はその場に座り込んだ。
「みんな、大丈夫かな」
王国から遠く離れた辺境の村、ワスレ村。突然、僕のもとに王様がやってきて、勇者に憧れてた当時の僕は勇者の子孫だって舞い上がってたっけ。魔王討伐の話を聞いた村のみんなも祝福してくれて、送り出してくれて……僕は真っ先に王様から聞いた魔王城に踏み込んだ。途中、看板があって、侵入者って字が読めなくて下の二重線、『ご用の方はあちらから』と書いてあったのを見て変な扉を開いたら、歩きにくかったり岩が落ちてきたり、目の前で矢が出てきたり。僕の持ち歩く本に頼って何とか勇気を出して進んだら、魔王に見つかって、そのまま死んじゃった……か。
「僕、勇者になれなかったんだ」
来世があるなら、勇者がいいな。かっこよくて、強くて、頼りになって。だんだん眠くなってきた。ごめんね、皆──
──目を開けたら、照明から降り注ぐ眩しい光が待っていた。次に、背中に感じる初めてのふかふかの感触。
「目が覚めたか。20分ぐらい……調節を間違えたか?」
「この子供が弱いだけでは」
首を動かすと、ふさふさのマントを付けてキレイな服を着た、見た事あるような顔の頭に角の生えた男の人とこれまた見た事あるような羽を背中に着けた女の人がいた。多分、僕は生まれ変わったのかもしれない。多分この男の人が僕の──
「ぱ、ぱ?」
「パっ!?」
男の方は慌てふためいて、女の方は激しく怒りを見せていた。
「ッ!?魔王様!まさか別の女と寝──ッ!」
「んなわけあるかっ!」




