014 派手に捕まりました
構えると、男は無警戒にこちらへ歩いてくる。
「勝負ってのは始めから決まってンだよ、テメエの土俵に上がらない事でオレはもう勝っちゃってる訳。さっきの奇襲は楽をする為に出したいわばジャブ、本命は──」
間合いまで来た。顔面に一発パンチをくれてやる。
「──へぶッ!?」
俺の右ストレートをもろに喰らい、派手に体を床に打ちつけながらぶっ飛ぶ。何だ?意外に大した事無いな。しかし、奴は何事も無かった様に起き上がる。驚くべきは本人は全くの無傷な事だ。立ち上がったあと、男は大きく笑っていた。
「ククッ、フハハ、ハハハハッ!!──はい、オレの勝ち。後で負けた理由でもゆーーーっくり考えとけよ雑魚」
奴は手首に着けた金色の腕輪を左右二つ見せ付ける。
「テメエを拘束する為の『孤独なる束縛の腕輪』、そして『未知なる試練の腕輪』その効果は受けた痛みをそのまま魔道具の効力に変換する!その変換先は──」
中指を立て、それに嵌めた指輪が赤く光る。
「『魔法阻害の指輪』!これでテメエの動きは封じた……もう詰みなンだよ」
俺の周りに見た事のある縄が何重ものリングのように出現する。避けようとするも、俺を中心に追従しながらその輪が締まっていく。回避不能の拘束と言えど何か打開策はあるはず。その縄に向け何回か殴り、俺は気付く。魔法阻害の指輪による魔法が既にこの身にかかっており、俺の身体能力はガタ落ちしている事に。足は遅く、力も出ない。ゆっくりと締まっていく縄をただ見ている事しか出来ない。身動きの取れなくなった俺に男がゆったりと勝利を確信した様子で歩いて来る。
「今度は分身の再呼び出しだろうと抜け出せねえようにしっかり対策したからよォ……たった今決定した新たな魔王の誕生をッ!称える最後のエキストラはテメエだ!……テメエの城は有難く使ってやるよ、このオレが手ヌルい魔王の代わりに世界を征服するために」
「ぐっ……」
縄が締まり、バランスを崩して床へ倒れる。──俺は、こんなふざけた奴に負けるのか?……いいや、まだ勝負は決まっていない。もしも決まるとしたら、それは俺が死ぬ時ではないのか。俺は歴代の魔王から何を学んだ?
「これでオレの完全勝利だ、気分良いから記念に教えといてやるよ。城を動かす魔法の動力源は牢屋にぶち込んだテメエらだ。オレが今から王国を攻め落とすまでの間、一体何人が生き残るかな。ハハッ」
魔法の動力源。血に含まれるそれが枯渇すれば悪魔は死ぬだろう。奴の狙いは、魔王に成り代わり王国を攻め落とす事なのか?であれば、なぜ──いや、今はそんな事を考えるよりも、目の前の事だ。俺がまだ死んでいないのなら、まだ、諦めていないのであれば。この場を切り抜ける方法など、容易い。
「……勝ったと本気でそう思っているのか?」
「負け惜しみか?実力で負けた奴は言う事が違ぇな?」
「あれが実力か、俺にはただ運の良さを自慢しているようにしか聞こえないが」
その言葉は奴の更なる怒りを買った。奴は不機嫌を隠さずに言った。
「運?運だと?テメエ……まだ状況が分かってないみてぇだな?」
ツカツカと手前まで歩いていき腹の辺りに蹴りを2回入れられる。
「っ……俺を倒せる道具をうまく揃えただけで、その先にあるものを全く見ていない。今のまま変わろうとしないなら断言出来るさ、お前は次の戦いで驚く程簡単に負ける」
「……チッ、最後まで偉ぶりやがって……クールなオレは分身の挑発なんかに付き合わねぇ。このオレにわざと殺してもらって分身を再召喚するつもりだろう?残念だったな、オレはテメエの思い通りにはならねえ主義なんだ」
「……」
涼しい顔をしているが俺の内心は、これが本体だとバレやしないか冷や汗に塗れていただろう。それでも、この場を凌いだ。
牢屋まで引き摺られ、乱暴に投げ捨てられて檻の扉の鍵を閉められる。小さな独房が並ぶが中には誰もいない。たった一つオリ越しの大きな広間にぎゅうぎゅう詰めにされている先には、既に城を守るはずだった精鋭兵士の皆も全員縄で拘束されたまま放り込まれており、横たわる彼らで囲むように中央には大きなクリスタルが台座の上に安置されていた。
「ったく、大きなお友達を運ぶのは疲れるぜ」
男が怒りを抑えながらどこかへ向かっていった。気を取り直して、俺は今後の事を考え始めていた。
「城は王国へ向かっている、奴は王国に戦争を仕掛けるつもりらしい。となると残る手は──」
「魔王様」
ルチーヌの囁き声で呼びかけられるという幻聴が聞こえる。俺は気のせいと思い思考を続ける。
「──王国到達までに解決すればいいならば、現状はもっと確実な情報を集めるべきか──」
「魔王様?」
「──いやしかし、見た所王国までは確実に一日はかかる。時間はまだあるし、犠牲を良しとするならばあの方法が……」
「魔王様っ!どうか気付いて下さい!」
ポカリと後ろから頭を殴られ、驚きで陸に打ち上げられた魚の様に身動きの取れない体が高く飛び跳ねる。
「うわああっ!?誰だお前は?」
着地の衝撃で転がると、見覚えのある顔が見えた。彼女は表情に一瞬喜びを見せたものの、咳払いをして元の不機嫌そうな顔に戻ってしまった。
「誰だお前は、なんて言ってる場合ですか!ルチーヌです、異変に気付いて隠れながら魔王様を呼んだんです!……派手に捕まりましたね?」
「悪い、ちょっと見つかっちまってな。縄を解いてくれルチーヌ。もちろんお前は縄で俺を縛り上げるような奴じゃないって最初から信じてたよ」
「私はそんな事しませんよ、今解きますから、待っててください」
俺の言葉を聞いて都合よく解釈したのか、嬉しげに背中に周って縄に手をかけるルチーヌ、途中で手が止まる。しかも何だか縄が締まっていっているような。
「……って、それ結局信じてないじゃないですかっ!縛り上げますよ!?」
「待てっ!……兵が見ている」
「何を真剣な顔で?兵士が見てて何か不都合でも……そういう行為な訳ないでしょうがっ!」
すこんっ、背中を叩かれる。振り返ろうとすると更にもう一発。
「痛いっ!叩くな!俺は魔王だぞ!」
「私の中で魔王様の威厳が地に落ちた今関係ありません!折角です、観客も居る事ですし今ここで魔王様の支持率をゼロにしてやります!魔王様は子供の頃──」
「やめろ!待て、早まるな、悪かった!世界の半分をやろう!これで見逃してくれっ!!」
「そもそも魔王様は世界の半分どころか自分の城すら盗られてるでしょうがっ!」
わーぎゃー、身動きの取れない兵士達の目の前で魔王とその秘書が騒いでいる。それを見ていた(というより、見せつけられていた)兵士の一人が隣の同僚に話しかける。
「なあ、魔王様は一体どうされたんだ?」
「え?魔王様が体を張って俺達を励ましてくださってるんだろ、例え全て失ったとしても俺達の事を見捨てたりなどしない、って。くぅ、感動で目が開けらんないぜ」
「いやー……?俺は天然っぽく見えるけど」
「ダメダメ、魔王レベルの低い奴はこれだから。いいか?本気だからこそ伝わるメッセージもあるんだ」
「その前に魔王レベルって何だよ」
魔王は周囲の張り詰めた緊張が融けるように取り除かれていくこの雰囲気にどこか暖かいものを感じ、思わず笑みがこぼれる。
「非常事態だと言うのに、まるで緊張感が無いな」
「誰のせいですか、誰の」
「冗談。ルチーヌ、お前のお陰でこんな状況ですら誰一人諦めた者なんて居ないんだ。何とかなりそうだとは思わないか?」
ルチーヌは無言で縄を解くのを進めながら、目線を逸らす。
「っ……後で、覚えておいてください。解決した後で椅子に縛り付けて作業させますから」
「……」
少しからかいすぎたか?俺は座った体勢のまま、縄を解き終わるまでその身を無言でただ委ねていた。




