012 勇者ファインの憂鬱
勇者視点です
僕は、魔王に挑戦するのはこれで三度目だ──。
一度目はその恐怖で戦う事すら出来なかった。その後からだろうか、僕に『鼓動』が聴こえるようになった。その規則的なリズムは、僕が次に何をすれば良いか感覚で教えてくれた。最初はその通りにやろうとして、体の動きが追いつかなくなって、足を滑らせて転けた。キュラー君と戦った時だ。その後に、魔王に二度目の勝負を挑んだんだ。
「魔王、僕と戦え」
模擬戦で負けて、頭の中で反省をした。受け答えよりも、僕にだけ聴こえる鼓動について考えていた。本で知る勇者は皆、苦戦した時に新しい力に目覚めたという。僕は自分の力を試してみたくなった。でも、ただ歩いてくる魔王に僕は動けなかった。剣を握る手が、岩のように重かった。
「はい終わり、お前の負け」
僕はそっぽを向いた魔王を見て、体から力が抜けた。鼓動は呆れる程うるさく頭の中に響いているのに、今ならどう動けば良いかも分かるのに動けなかった。僕は、魔王にその力の使い方──ヒントを貰った気がした。同時に僕は、これは自分の意思で動いているのだろうか?そんな疑問が、その日から僕の中で芽生える。
模擬戦の日、僕は朝早くから剣の素振りをしようと訓練場の空いたスペースを借りる事にした。その道で、一人の女の子がしゃがみ込んでわんわんと泣いていた。話を聞くと、ダンジョンに行かないと探し物が見付からないらしい。僕は一度剣を取りに戻ってからそれを手伝った。ダンジョンの前には誰もいなくて、ダンジョンの中も何もいない、不思議な空の明るい洞窟という感じだった。ただひたすら歩いて何回か階段を降りた頃、少女が探し物を見付けたと言ってしゃがみ込んだ。
(なんか、息が苦しい)
そんな感覚と共に心臓が大きく高鳴る。その苦しさを紛らわすために、僕は何故か女の子の服についたフードを被らせてあげないといけない気がした。
(落ち着いた……?)
真剣に花を摘む少女に首後ろのフードを被らせると、その鼓動は静かに治まった。僕は一歩目標に近付くごとに微かな違和感を募らせていった。
想像よりも時間がかかった事で続きの模擬戦は魔王に乗ってギリギリ間に合った。僕は広い会場の限られたエリア、その舞台に立った時。僕は目の前に広がる空間が前と違って見えた。前と変わらない舞台の広さ、しかし前回よりも広く、そして大きく、動きやすそうに感じた。対戦相手が小さく見える。僕は開始と同時に駆けるように相手との距離を詰める。
(何だろう、これ。楽しい)
僕の感じた通りに動く体、水が流れるみたいに走る剣、思った通りに動く相手。僕は勇者への憧れを抜きにして、初めて楽しさを感じた。今だけは剣ではなく体の一部のように振るえる。それがまた、想像以上に嬉しかった。
さっきと強さのあまり変わらない相手との合計4連戦、全く苦では無い。だってそれは戦う度に直すべき所が次々と見つかるから。このとき、僕は勇者の本以上に好きな事を見つけたんだ。
キュラー君と同じ部隊に入ってから、同じ訓練をして同じ食事をして最後に戦う。そんな日常を過ごすようになった。ルチーヌさんから好きに使っていい、とオドオドした魔法使いの悪魔を連れて来た時から僕とキュラー君との戦いの時間はアーマー魔法の登場によりどんどん長くなっていった。その内訳は大体僕の負けだったけど、次第に引き分けが多くなってきた。
「ファイン、貴様はどうして僕の考えを先に潰す動きが出来る。どう工夫してもまるで当たる気がしない」
ある日、いつものように対戦後の休憩中にそんな事を言われる。僕は彼に対して段々ライバルのような親しみを覚え始めていた。だから正直な事を話したくなった。僕がこの力に対してどう思っているかを彼にだけは知っていて欲しかった。
「……僕自身もどうしてか分からない。けど、キュラーの音が教えてくれるんだ。次はどう動きたいかとか……ねえキュラー、僕は自分の力でちゃんと戦えてるのかな?」
あの時、キュラーが血を使った理由が今なら分かるかもしれない。きっともし、その力のお陰で勝ち始めたなら僕も同じ事を考えるだろうから。
キュラーは、そうか、と一言。それ以上は何も答えなかった。
その次の日、僕は普段と同じく訓練としてキュラーと戦っていると足元から植物の根が僕達を捕まえた。
「ケンカは駄目……っ」
魔王が見に来ていた。その隣にいるのは黄緑の髪をした黄色い花の髪飾りを着けた少女。僕は締め上げられるキュラーを見て、興味を持った。その根っこは何処から出てるのか、どんな事をしたのか、その根っこは何が出来るのか……僕でも珍しいくらいに気になってしまった。そして、思い付いた。その少女と三人で組んで魔王と戦ってみると、僕の自信や心を塞ぐような悩みの正体が何なのか分かるかもしれない。
いざ戦うと、魔王は前にいる僕なんかを放置して後ろにいる二人を狙おうとしている。やはり、魔王にだけは鼓動が聴こえない。
(このままだと駄目だっ……僕は、あの時と何も変われていない!)
どう動くにもその先の確信が得られず、立ち尽くしていた。我に返った僕は必死に魔王の背を追いかける。
今、キュラーが一撃でやられた。そして今、少女がツタで捕らえようとしているが魔王は地面を揺らして抜け出した。飛び上がる魔王の姿に、僕は追い付けなかった。
──気が付いたら、既に僕一人だった。僕はまた魔王にただ見られただけで動けなくなる。魔王がこちらへ歩いてくる。その距離が縮まる度、僕の心臓の音はうるさいくらいに急かして僕の頭を掻き乱した。
(動け、動けっ。僕は魔王を見て何を目指した!)
不思議な力に頼って、それで進んでいると思い込んで。僕はまだ、何もしていないじゃないか。魔王が右の手を振り上げる。それで僕の頭を殴るのだろう、剣を持つ手が震える。頭が真っ白になる。──どうすればいいんだっけ?
体はその剣で魔王のチョップを止めるように動いた。僕本人ですらなぜ動けたのかよく分からなかったが、受け止めた一瞬、僕に一度だけ大きな鼓動が聴こえた。不思議な事に、この鼓動は僕から聴こえた。
(僕はまた、この力に頼るのか)
葛藤をする暇は無かった。そのチョップを弾く。初めて、一瞬だけでも魔王に対して何かをできた。それは嬉しい。けど、もう鼓動は聴こえない。僕はその時、体がまだ動く事に気付く。そのまま、剣を横に振る。今更になってやっと、僕は自分の意思で剣を振れた。しかし、その剣先は呆気なく空いている方の手で掴まれる。集中によって段々スローに見える世界で僕は一瞬諦めかけるも、掴まれたにしてはその感触が軽い事に気付いた。そのまま僕は振り切る。握る手には何か硬いものに掠った感触がする。
「出来るじゃねえか」
魔王の声だ。足が地面から離れる感触と共に、視界が空に固定される。負けたにしては、僕は達成感を感じていた。その心地良い時間は、地面に着地してすぐに終わってしまったけど。僕はたった今、悩みの答えを魔王から教わった気がした。
僕は起き上がってお礼を言う。
「魔王、ありがとう」
「何だ?本当ならワガママを聞いてやった俺にもっと感謝して欲しい所だけどな?何で暇つぶし……いや、お前達にそこの少女の紹介をしようとしたら、俺が!お前らと!戦う事になるのかっ!……あと、貧血になってるからアイツに魔法針はしばらく使わせるなよ。戦闘狂ども」
魔王は面倒くさそうに吐き捨てると、少女を連れて背を向ける。用は済んだのだろう。そう思っていると、キュラーが呼び止める。
「魔王様、僕はどうしてもお聞きしたいのですが……なぜ、僕達の部隊は二人……いえ、三人だけなのです?」
魔王は、目を閉じ首後ろに手をやりながら考えるそぶりをする。3秒程経った頃、目を開けた。
「俺の好きな時、俺の自由に動かせる部隊。だから『俺の手先』。その初任務は何と、この少女の子守りだった──。良いだろ?」
「魔王様、僕は以前から貴方だけは尊敬していた。人数の少ない理由……それは理解しました。ですがコレでは……僕達に何もさせていないのと同じだ!」
段々興奮し始めるキュラーに、魔王はやれやれといった風に首を横に振る。普段の優しいおじさんのような魔王の目つきが少し変わって見えた。
「キュラー。お前はまだ、足りていない物がある。そこの少年にあって、お前に無いもの。それを見付けるまでは待ってやろうと考えている」
「……っ!」
「まっ、気楽に探せばいいさ。あちらさんの気分次第な所もあるし。……半分は諦めてる所もあるからさ」
「っ魔王様……理解、しました」
キュラーは、悔しそうに俯きながらそう答え、この場を離れた。目の端には涙が滲んでいたように見える。そんなキュラーを初めて見た僕の胸はちくりと痛くなった。




