010 魔王城には裏ボスがいる?
ある日の昼、いつもの様にダンジョンの管理報告やら魔道開発部の新作魔道具の追加予算の申請やらの書類に目を通していると、新たに書類を抱えたルチーヌに話しかけられる。
「魔王様、部隊『俺の手先』のキュラーより苦情が入ってます。『部隊の名前はどうにかならないのか』と」
「俺のネーミングセンスにケチをつけるな!と言っとけ」
「承知しました。それと、二人の様子ですが上手くやっているようです。最近では互いに手合わせをして魔法支援部を困らせているとか」
「困らせちゃダメだろ……それにしても、ルチーヌ。お前は勇者の事をよく話すよな」
そういえば勇者オタクなんだったか?勇者の子孫が現れて、何か思い入れがあるのかもしれない。何気なく聞いてみると、ルチーヌは心当たりがないかのように答える。
「そんなに話していましたか?私は魔王様の方がよく話していると思いますよ」
「そうか?まあ、いつ王国が攻めてくるか分からんからな。人質に気を遣うのは当然ではあるだろ」
「その人質をかなり自由にした上、育てあげようとしているのは一体誰ですか?……まあ、そうですね」
そういえば王国側からも全然アクションが無いな。あの時の人間のこと……彼の台詞から仮に『黒い死神』と呼ぶ事になった。その黒い死神もルチーヌに探らせてはいるが、収穫無しだ。魔王国の管理するダンジョンを一つ壊したきりまるで消えたようにぱったりと足跡が途絶えた。崩壊したダンジョンの入口は、あれからしばらくは崩壊したダンジョンの様子見の為に一応の人員を配置している。
「……?私の使い魔から何か報告が……どうされました?」
ルチーヌは耳を塞ぎ、何やら集中して会話している。多分彼女の使い魔『ズバっとアイ』による緊急連絡が入ったのだろう。急ぎで重要度の高い報告を受け取る為に魔王城のとある一角に配置した、通話用使い魔だ。
「……はい、ええ。すぐに向かいます」
「どうした?」
「急ぎの用事です。この前のダンジョン跡地で新種の悪魔が見付かったと」
ルチーヌは出ていってしまった。一人になってしまった。仕方ない、プリンでも買いに行くかと腰を上げようとしたその時、一つ目の黄色いコウモリと目が合う。彼女の使い魔『デビっとアイ』だ。俺は座る位置を整える風に誤魔化して座り直した。プリン買い占め事件の後、俺は彼女の監視リスト入りしてしまったようだ。定期的に見回りに来るようになってしまった。
「でもまあ、抜け道はあるんだよな」
監視の届かないドアの先に分身を召喚して買いに行かせる。俺は仕事するふりして分身を動かせば良いってわけ。昼間だというのに30分待ちとなった列に並び、俺は財布を取り出す。本体は、その手に持った財布を見る。
「……あれ?何で財布俺が持ってるんだっけ?」
……やがて、分身は財布を持って行っていない事に気付く。慌てて取りに戻らせようとするが、その執務室のドアは俺の思ったよりも早く開かれる事になる。
「魔王様、報告が……財布なんか眺めてどうしたんですか?」
「い、いや、どうぞ。何でもないから、な」
ルチーヌは怪しむそぶりを見せたが、気付かれていないようだ。分身には俺の寝床のヘソクリを取りに行かせる事にした。
「はい?……報告しますね、例のダンジョン跡地にてアルラウネの転生体が発見されました!」
「転生体?……とは何だルチーヌ」
「ダンジョンに棲む存在が外に出てくる事は稀にありますよね?何らかの理由でその体が死ぬ事とダンジョン内の復活の仕組みが同時に起きたまま外に出てきてしまう現象です。魔王様に分かるように言いますと……生き返りました、あの子」
あの子?……ああ、黒い死神と話していたダンジョンの主の事か。
「生き返っただと?それで、今は?」
「こちらへ連れて来ています。前例の無い事なので」
「まあ、そうか……」
とにかく、何か情報を持っているかもしれないしな。話を聞かない訳には行かない。
「話を聞こう、連れて来るのだ」
「こちらに」
彼女がドアを開ける。既に待たせていたようだ。ルチーヌの連れて来たアルラウネは、体の半分を覆えそうな薄い緑の長髪の子どもで、丁度少年と同じぐらいの背で年齢が逆戻りしたかのような……15歳ぐらいか。とにかく、千里眼で見た時よりも体が小さくなっていた。
「なんと言うか、えらく縮んだな」
服は魔王軍の一般兵に着せている物と同じだ。ルチーヌが気を利かせて着せたのだろう。見ていると、アルラウネが怯えたように震え出す。
「ボク、何か駄目なことしたの?」
「いいえ、そこの魔王様がジロジロ見てくる少し嫌なオジサンなだけですよ」
「オジサンじゃねーよ」
「もっと否定するべき所はあるハズですが……ふふっ」
お互い初対面で気まずい事を察して言いたい放題言って微笑むルチーヌ。俺は怒る気にもなれず、アルラウネに問いかける。
「少女よ。君の覚えている事は何かあるかな?特に……小屋の中で誰か怖い人と会った記憶とか」
「……無い。ボク、起きてからずっと外に居たから。ウロウロしてたら、囲まれて。困ってたらこの人が来て。ボク、何もしてないのに。何も……知らないのに……」
涙を流すアルラウネの足元から複数の木の根……植物のツルのようなものが大きさを増して伸びていく。一本は自身の涙を拭き取り、そのほかの全てはこの少女を守るように動いている。俺はその正体に気付いた。
「待て待てっ!俺はお前に何かする気は無い!だから落ち着け!」
「……本当に?」
「も、勿論だとも」
「じゃあ、良いよ」
根が足に引っ込んでいく、その根は足をすり抜けるようにして足の内部へ消えてしまった。それがこの子の持つ魔法なのだろう、彼女の魔法はこの部屋を台無しにする程度は容易いはずだ。元々、ダンジョンの主として最奥部に棲んでいたのだから、元から見た目以外はか弱い存在では無かった。先程の対応は少し無警戒だったか、危うく執務室が吹き飛びかけた。
「ふぅ……まあ、何も覚えていないなら後はもうここで暮らせるよう手続きを済ませればいいだけだが……」
ルチーヌの方を見る。彼女にはまだ連れてきた理由があるようだ。
「私が駆けつけた時には兵士三人が彼女を囲むように宙吊りにされていて、彼女はその場で泣いていました。なんの準備も無く受け入れれば、もしトラブルが起きた時大きな混乱が予想されます」
確かに、何かある度に触手騒ぎを起こされても困る。俺は何となくイヤな予感がしつつも続きを促す。
「となると?」
「魔王様にしばらく彼女の監視をお願いしたいのですが」
監視だけなら他の者にやらせれば良い。そこで何故俺を、と考えた所でその理由に思い至る。例のプリン買い占め事件、最近やけに厳しい監視、どことなーく冷たさを感じる視線。つまり、そういう事なのか。
「……俺、実はヒマだと思われてる?」
御冗談を、とでも言いたげにじっとりとした目で見られる。
「現にヒマでしょう?私に比べれば」
「うぐ。それはそうだが……」
彼女は元から全て管理出来ていないと気が済まないらしく、自分から至る所に使い魔を配置して情報の集約を一人で担っている。当然、それだけでも俺では想像も付かない忙しさなのだが、そこに勇者の監視やらつい最近の俺が打ち出した一般兵の再編成で近頃の彼女は限界を突破している。『ルチーヌ』は実は5人いるというのは魔王城内で有名なウワサだ。
「監視役には誰が適任か一応は考えましたが、彼女の能力が未知数という事と……彼女自身、急に外に放り出されて多分かなり弱っているので信頼出来る者を、と私の中で考えた結果魔王様に決まりました。良かったですね」
「はい、やらせてもらいます……」
良かったですね、その言葉には魔王の俺をたじろがせる程の圧を感じた。彼女に何か得体の知れない恐ろしさを感じ取った俺は、逆らうという考えを捨ててただただ頷くしか無かった。




