001 誰も通らないと思っていたトラップ通路に勇者が来たんだが観察してみようと思う
「魔王様、緊急連絡です」
慌ただしく駆け寄る側近に、俺は困惑した。今日も平和だと頷いてデスクに座った瞬間だったからだ。
「……どうした?何も異常はないみたいだが」
俺は立ち上がり、耳を澄ませて城の内部状況を確認する。魔法を使うまでもなく、魔王城で働く者達の様子は平和そのものだった。しかし、その側近──『秘書』のルチーヌだけがひどく混乱していた。
「心拍数、息の荒さ。そんなに急ぐ理由でもあるのか?」
「『侵入者用の通路』に出たんですよ!」
「あれは誰も使わんだろう」
襲撃者迎撃用のトラップ通路に誘導する為に、前にルチーヌが『ご用の方はあちらから』と書いた右矢印の立て看板を置いてからというもの、城内でも間違える者が多発し現在では二重線を引いて『侵入者の方はあちらから』と修正された。結果、誰も使う事のなくなった通路となってしまったが。
「ああもうっ」
もどかしくなった彼女は、記憶共有魔法を使用する。親指に魔法針を刺し、魔法針による自動の血の操作によって魔法陣を描く。その行動に冗談を言っているわけではないと理解した俺は、記憶の共有を受け入れた。
「時間がないので映像で見せます。使い魔の情報なので確実かと」
俺の頭の中に映像が流れ込む。看板の前に立っているのは剣を背負っている、人間で言えば齢12歳ぐらいの少年だ。空から観察しているような視点の高さから見て、彼女の持つ大きな一つ目に羽のついた使い魔『デビっとアイ』によるものだろう。確かに、例の看板をじっくりと読んでから右へ行っている。
「これは今さっきの事か?」
「はい。おそらく今はもう入り込んでいるでしょう」
「全く、説明しにいくこちらの身にも──待てよ?」
映像を巻き戻すようにお願いする。背中にかけている少年からすれば長くて扱いにくそうなフルい剣、見覚えがある。先祖代々継承される『戦争の日』の記憶に……あった。勇敢にも立ち向かう兵士の一人が持っていたひと振りの剣。その剣は魔王の顔に傷を付けたという。あれは、確かにそうだ。
「勇者の剣……実在したのか」
「って事は……勇者ですか!?迎撃の準備をしましょう!」
「ああ!総員通路の出口に待機するように命じろ!厳戒態勢だ!」
「すぐに伝えてまいりますッ!」
「まさかあの看板で効果があるとはな……」
ただの少年であれば見逃してやろうとも思ったが、勇者となれば話は違う。待ち伏せすることを命じ、俺は魔法針を刺して対象を覗き見る魔法、『千里眼』を発動する。どうやら、少年はトラップ通路の入り口で立ち止まっていたようだ。観察を続ける。
「……なんだあの様子は」
情けなく入り口でうろうろして。俺の中の勇者はもっとこう、化け物のように突き進んでくるイメージだったが。少年も流石に罠だと思って警戒しているのだろうか?
「って、躓いてコケてる!」
俺の設置したトラップだ、地面の出っ張りを踏み抜くことで発動するタイプ。幸か不幸か、その出っ張りに躓いたことで槍が飛び出すトラップは不発に終わってしまったが。
「ああ、くそ。なんだあいつは」
観察していると、ミミック箱を開けるふりをして開かなかったり、疲れたようで壁に手をついたと思ったらそこが大岩を転がす作動スイッチでなぜか曲がり角で丸まった事でうまく大岩の転がるルートを外れたり、我々の罠をおちょくっているとしか思えん。なぜ全ての罠をいちいち作動させようとするんだ!そしてなぜその全てを奇跡的に回避している!?
「はぁ……こんなやつに警戒しているのか?俺は」
ため息を吐きたくもなる。慢心をするなという先祖の教えに従って何とかこらえているが、正直これで俺のもとまで来るぐらい戦いが強かったらプライドが許さない。俺の生まれた世界を憎む勢いだ。なぜこんな間抜けを勇者にしたのかってな。そんな時、俺の部屋のドアが開かれる。側近のルチーヌが帰って来た。
「魔王様、配置が終わりました……?なぜ戦う前から疲れたような顔をなさって?」
「お前も見ろ。ほれ」
魔法針の同時使用。記憶の共有に使う魔法針を使ってルチーヌにも見せてやる。
「これは、勇者ですね。思っていたよりも進みが遅いと言いますか」
「進みが遅い理由は今にわかる」
少年は丁度、分かれ道だ。左はトラップ満載の正規ルートで、右は入り口に戻されるルートだ。選択肢だ。少年の今までの行動に呆れてしまった俺は奴がどちらを選ぶか手に取るように分かる。
「右側は特にトラップは配置していないだろ?奴は右を選ぶ」
「え?ええ。もし右を選べば、3個ほどの罠しか置いていませんが……分かるのですか?」
ルチーヌが困惑しているようだが見る方が早い、黙って待つ。案の定と言うべきか少年は右を選んだ。すべての罠に引っ掛かり、奇跡的な回避を見せつける。最後の罠である床が開いて滑り台になり、入口まで戻されてしまう罠すらも、なぜか助走をつけて走って、盛大にコケることで開いた穴すら飛び越えてしまった。彼女を見ると、わかりやすく目を見開いていた。
「……その、何といいますか。逆によくここまでたどり着けましたね?彼」
「言ってやるな。少なくとも、運の良さは本物だ」
「確かに。これは脅威的な運の良さですが、しかし……」
少年を見るとボロボロになりながら辿り着いた曲がり角の先が行き止まりと知り、大きく肩を落としてとぼとぼと来た道を戻っていた。
「我々魔王国が、この人間ひとりに全滅させられる可能性だってあるんだ。もう少し観察して対策の手立てを考えようではないか?」
「私個人の意見としては、考えすぎだと思いますが……」
ルチーヌが俺の言葉に否定的な渋い顔をしている。
む。俺の事をただの心配性だと思っているな?良いだろう。我が一族の恥を晒すようで悪いが……魔王の教訓をもう一度!伝えてやろうではないか!
「良いか?我が魔王の一族に伝えられた言葉は『慢心をするな』だ。実際、歴代の魔王はマグマの底に落としたレアカードのために飛び込んで亡くなり!タンスの角に足の小指を打ち付け、連鎖的に上に置いた物が落下するなどして最終的にタンスの下敷きになって死に!スカイダイビングをしたらパラシュートを忘れて死ぬなどしているのだぞ!」
「慢心どころか戦ってすらいなくないですか?」
「そんな細かい事はどうでもよいッ!事実は一つ、慢心をすれば死ぬ!我が魔王国は、歴代魔王の繋いだ固き意志で成り立っているのだ!」
「は、はい!もう分かりましたから!目は離さないようにしましょう。もうそこに勇者いないですよ」
「おっと、そうだったな」
我がありがたい演説に心底感動したようで何より。『千里眼』の位置を調整すると、選ばなかった方の道に少年はいた。
「何か独り言を言っているようだな」
「口の動きも小さいので、分からないですね」
何やら小さな本を開いて音読しているらしい。この魔法は声までは聞こえないという欠点がある。
「解読を情報部に頼みますか?」
「ああ。記憶で渡す事になるが、緊急事態ゆえ迅速にな。共有魔法は切るなよ」
「では、行ってまいります」
ルチーヌが出ていく。俺は出ていくのを見届けた後、デスク前の椅子に腰かけ、頭を抱える。『千里眼』による視線をあの少年に固定しておくのは忘れずに。
「俺は何か見落としをしていないだろうか?」
先ほど話した慢心、それは無意識による油断だ。あの少年の存在が俺を不安の渦に捕らえて離さない。状況を整理しろ。あれは城の皆でアイデアを出し合い、本当に侵入者を止められるだけのトラップを仕掛けた。だが今はどうなっている?あの道まで突破されたら、もう出口だ。あの道だけは、突破されるわけには行かない。そう思うべきではないか?結果から考えてみろ。あの侵入者用の通路は手加減をしたつもりはない。その罠を知っている者にだけ安全に通れる仕組みにしただけだ。
……しかし、そのすべてを踏み抜き超えて来たあの少年は一体?なぜか最後の罠の前まで来ているではないか?あれは最後に設置した苦し紛れの深い落とし穴だ。中央にここが開くというようなあからさまな一本線が入っているためあれに落ちるようなバカはいないが、最後にここまで来た疑り深い人間を突き落とすように設計されたストレートな罠。丁度いい!あれを使ってこの不安に決着をつけるため、賭けをしようじゃないか?ジャンプして超えてくるならば俺の考えうる全力で迎え討つ!そして、作動させて様子を見ようものなら俺が背中から現れつき落としてやろう。我が軍の総力を挙げるまでもない、ただの小心者という事なのだからな。さあ、見せてくれ。貴様はどちらだ?
少年はボロボロになりながらも出口へ続く扉を見つけ、喜びながら駆け出す。勢いよく右足を踏み込んだその時、足裏にあるはずの感触がなかった。続いてその右足につられるように体全体が前のめりになり、少年は大声をあげる。
「うわああああっ!」
目を強く瞑った時、左腕に強く掴まれているような痛みが走る。目を開けると、そこには黒い目をして赤い肌、黒く上を向き尖った二本の角をつけた上裸の大男が僕を穴の外から掴んでいた。
「賭けは貴様の勝ちだ、少年。まさかこの俺の想像をすべて超えてタイマンに持っていくとはな?チッ……俺は油断はしても慢心はしない、場所を変えるぞ」
少し不機嫌そうに吐き捨てる男に、僕は意味もわからず答えた。
「おじさん、誰……?」
初投稿です、評価レビューお願いします!好評だったら続けようかと思うので一応連載にして短編として投稿しました。




