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お嬢様は気になるアイツを振り向かせたい

「「行ってらっしゃいませお嬢様!!」」


 お屋敷を出る(わたくし)を皆様が送り出してくださいます。


「ええ、行ってきますわ!」


 容姿端麗。

 才色兼備。

 傾城傾国(けいせいけいこく)

 眉目秀麗(びもくしゅうれい)


「すべて私のためにある言葉、ですわあああああ!」


「お嬢様、眉目秀麗という言葉は主に男性に使うぼはあああっ!」


 あら、田中がまたしても失言しましたわね。

 バトラー樋口の正拳突きが、見事田中の頬にめり込んでいますわ。


「お嬢様、お耳汚しを失礼いたしました。厳しく指導しておきますので、ささ、今は学校へお向かいください!」

「ええ、ご苦労樋口。では、行きますわね」


 田中のことは放っておいて、私は今日も学校に一人参りますの。徒歩で。

 え、高級外車で送迎ではないのか、ですって?

 おほほほほ、そんなステレオタイプなお嬢様、今時いらっしゃると本当にお思いですの?


 馬鹿なんですの? 死ぬんですの?


 私、登下校も立派な人生勉強だと思っていますの。行き交う人々とのコミュニケーション。風を全身で受け止め、自然との交感。それが大事でしてよ? 体の鍛錬も兼ねて、毎日しっかり徒歩で学校とお屋敷とを往復していますの。何か問題ありまして?

 決して、学校側に禁止されているからではありませんことよ?


 てくてくてくてく…


 さあ、着きましたわよ。ここが私の通う高校、帝遍(ていへん)学園ですわ。

 え、名前がすでに底辺?

 な、なにをおっしゃいますの? 私がそんな、学力的に落ちこぼれているわけ、あるわけがありませんわよ。

 第一、ここに通うことを決めたのは、私の、意志。自発的な意志によるものですわ。

 だって、この学園、私の住むお屋敷から、歩いて三分のところにありましてよ?

 交通の便は大事ですわ。たいむいずまにーですのよ。上流階級の者は決して、一分一秒を無駄にしないものですの。


「あ、小城(おしろ)さんおはよう~」

「ごきげんよう」

「うわ、小城さん今日も可愛い髪型ね!」

「それほどでもありませんわ」

「小城さん! ちょっと英語の宿題で分からないところがあるんだけど、教えてくれない?」

「いぐざくとりー、ですわ」

「小城さん野球ってできたっけ? 来週の試合、ちょっと力を貸してほしいんだけど…」

「愚問ですわね。私は帝遍学園の大谷翔平と言われているんですわよ? どのポジションでもこなしてみせますわ」

「小城さんちょっとお金貸してくれない?」

「友人とはお金の貸し借りをしない主義なのです。お引き取りを」


 このように、私の周りに人が絶えることはありませんの。

 学園中の皆さまが、私の(とりこ)なんですわ。


 …でも最近、ちょっと悩んでいることがありますの。

 「学園中の皆さま」と言いましたけど、実は一人、たった一人だけ、私に、この私に! 興味を! 関心を! 示さない殿方がいるんですのよ! 信じられます?


 それが、私の隣の席にいらっしゃる、道下(みちした)くんですわ。


「道下くん、おはようございますですわ」

「……」


 ほら、今日も無関心ですのよ。はあああ、すぐ隣に私という絶世の美女がいるにも関わらず、この方いったい何人分の人生を棒に振っているのでしょう?


 道下くんはいつも「すまーとふぉん」というものを三台並べて、「げーむ」というのをやっているんですの。

 私、その「げーむ」というものを(たしな)みませんので、はっきりとしたことは申し上げられませんが、


 ふつう、三つ同時にするものですの? げーむって。


 以前、道下くんに聞いたことがありますの。

「三つ同時に操作するのって、人間のできる業なんですの?」

 すると道下くんはこう答えましたの。


「一台目は因子周回中で一周二十五分ぐらいかかるからほぼ放置。二台目はオートレベリング中なんだけどリザルト画面からアイテムを入手するか売却するかのチェックをする必要があるから多少の操作はしているね。で三台目は手動がマストでイベント期間もそろそろ終わるから今はこれに本腰を入れてるところ。というわけで全然できるよ」


 このときは、さすがの私も自分自身の不勉強を恥じましたわ。だって、どこの国の言語か存じ上げませんが、さっぱり内容が理解できませんでしたもの。


 今日も道下くんは、机に並べた三台の「すまーとふぉん」を、実に慣れた手つきで操作していますわね。でも、いつもあまりに猫背になって、至近距離で画面を凝視し続けていて、健康に悪いですわよね? だから以前私、こう言って差し上げましたのよ。


「道下くん、あまり長時間、そのような格好でげーむをしていらしたら、あなたの健康を害しましてよ?」


 すると道下くんは、一切姿勢も視線も動かさず、こう答えましたの。


「大丈夫。ブルーライト軽減眼鏡してるし体にはコルセット巻いてるから。プロはみんなそうしてるよ?」


 プロって命がけですのね。


 私、そのとき初めて道下くんに関心を持ちましたの。

 だって、命がけで困難に立ち向かう姿って、素敵ではありませんこと?

 そこにジビれます、憧れますわッ!


 でも、いざ道下くんに関心を持って、改めて思いますの。


 私が彼に関心を持っているのに、なぜ彼は私に関心を持ちませんの?


 悔しいですので、今日は私、思い切って彼に提案をしてみようと思いますの。


「道下くん道下くん、ちょっとよろしいですの?」

「……」


 集中していますわね。でも私、めげませんわ!


「私もその道下くんが取り組んでいらっしゃる、げーむというものをしてみたいと思っていますの」


 すると突然、道下くんが「がばっ!」という音を立てたと錯覚するぐらいの勢いで、こちらを向きましたの。


 私、本当に心臓が止まりそうになりましたわ。

 だって、道下くんが私の方を見てくださったの、これが初めてなのですから!


「ホント? え、どれやる? どれやるの?」


 鼻息が荒くて少々恐怖を感じましたが、初めて私の言葉に反応してくださったのですから、怖気づいてはいけませんわ。私は慎重に言葉を選んで言いましたの。


「え、ええ。私、恥ずかしながら全くげーむというものを嗜みませんので、道下くんがこれと選んでくださったものを始めたいと思っていましてよ」


 すると道下くんは「なるほど」とつぶやいて、しばし瞑目したあと、先日「おーとれべりんぐ」というのをなさっていたげーむを勧めてくださったんですの。そのとき道下くんはこうおっしゃっていましたわ。


「だったらこれ一択だね。これは新規のプレイヤーでもリセマラ繰り返して今の人権キャラでデッキ組むとこまで行けるしそのあと新規プレイヤーへのプレゼントでもらえるチケット使って凸数進めれば最前線てのはちょっと難しいけどそれなりに対人で遊べるくらいまではたどり着けるよ。あ、とは言ってもスキルレベリングは必要だから多少の時間は必要だねでももしお金に余裕があるなら有料アイテムでブーストかけてもいいかな確か小城さんてお嬢様だったよね?無理ない範囲で課金して既存プレイヤーに追いつくのは十分可能だと思うよじゃあこれ今書いたメモなんだけどこの通りにやってみて何か質問があったらいつでも聞くから」


 道下くんのお話のスピードは音速に到達しそうでしたわ。しかも同時に、私に渡すメモを光の速さで書いていらして、とても人間業とは思えませんでしたわね。ノートを一枚切り離したものにびっしりとフローチャートが書いてありましたの。細かすぎて読み取るのが大変でしたけど、早速お屋敷に帰って樋口に相談しましたわ。でも、樋口はそのメモを見てしばし無言になってしまいましたの。


「…お嬢様、これをなさるのですか?」


 いつもなら私のしたいことに一切ネガティヴな反応など見せない樋口が若干引いていたのには、さすがの私も心配になりましたわ。


 その後、樋口に「すまーとふぉん」を用意してもらって、早速道下くんのメモどおり、プレイしてみましたの。


 …なかなか思うようにいきませんわね、この「りせまら」というものは。


 合計五人のキャラクターを揃えなければいけませんのに、四人まで揃って最後の「がちゃ」で残りの一人が出なかったときには、さすがにすまーとふぉんの画面を叩き潰したくなりましたわ。


 そのようなわけで、りせまらだけで五時間も浪費してしまいましたの。でもやっとこれでげーむを始められますわね。

 あら、でもりせまらをしていたら、もう日付が変わるような時間になってしまいましたわ。残念ですが今日はこれでおしまいにしましょう。


 翌日、私は道下くんに進捗(しんちょく)を報告いたしましたの。


「昨日、りせまらを終えて、無事道下くんの指定なさったキャラクターをすべて揃えましたわ!」

「へー、で、どこまで行ったの?」


 道下くんはいつも通り「すまーとふぉん」から目を離しません。昨日はこちらを向いてお話ししてくださいましたのに。ちょっと寂しいですわ。


「ええと、昨日はりせまらだけで終わってしまいましたの。夜遅くまでかかってしまいましたから」

「ふーん、君のやる気って、その程度だったんだね」


 その言葉を聞いて、私、いささかかちーんと来てしまいましたわ。


「…え、私にやる気が感じられないっておっしゃいますの?」

「そりゃそうだよ、だって僕が渡したメモの内容、二日もかければ十分達成できるもん」


 二日、ということは、あとは今日一日頑張れば、道下くんに認めていただくことができる、ということですわね。


「分かりましたわ。明日までに道下くんのお眼鏡にかなう私になれるよう、精進いたしますわ!」


 そう宣言しましたの。


「…おかしいですわね」


 その日、私は道下くんのメモ通り、効率的にげーむを進めていきましたの。昨日のりせまらと同じくらいの時間をかけましたわ。でも、道下くんのおっしゃるようにはなりませんの。何か間違っているのかしら?

 その日ももう遅くなってしまいましたので、後ろ髪引かれる思いはありましたが、就寝することにいたしました。


 翌日。


 道下くんに再び進捗を説明いたしましたわ。すると彼、事も無げにこうおっしゃいましたの。


「いやそりゃ無理でしょ。だって二日もかければっていうのは、四十八時間かければっていうことだから」


 …はい?


 よんじゅうはちじかん? え、二日間、一切寝ずに、通しでプレイし続けるということですの?


 …修羅の道ですわね。


 あまりに現実的ではないその物言いに戦慄を覚えましたが、私も良家の令嬢。こんなことで諦めては、家名に泥を塗ることにもなりかねませんわ。幸い、明日あさっては土日で学校はお休み。道下くんの課したミッション、絶対にやり遂げて見せますわ!


 というわけで、私は土曜日、日曜日と、一日中、文字通り二十四時間を駆使して、れべりんぐとすきるあっぷをし続けましたの。途中意識を失いかけましたが、樋口の用意してくれた「えなじーどりんく」というものをがぶ飲みして急場を(しの)ぎましたの。


 そして四十時間と少しが経過したところで、とうとう道下くんのメモにある内容をオールコンプリートできましたのよ!


 樋口によると私はその瞬間、右の拳をぐっと天に向かって突き出し、そのまま意識を失ってしまったらしいですわ。夢の中の私が、勝利の美酒に酔いしれていたのは、言うまでもありませんわね。


 翌日。


「道下くん、ご覧になって! ほら、すべてのキャラクターを完凸の上に、れべるまっくす、すきるれべるまっくすにまでもっていきましたのよ! これで私、道下くんと同じようにげーむをプレイできますわよね?」


 私はすまーとふぉんの画面を道下くんに「どやあ」と見せつけましたの。


 でも、そのあと道下くんから返ってきた言葉は、私の想像を絶するものでしたわ。


「ああ小城さんごめん。それ無駄になった」


 …はい?


 道下くんはいつも通りすまーとふぉんから目を離さず、冷たく言い放ちましたの。


「いやそのデッキさ、先週までは最強だったんだよ。でも今週末のアプデで修正が入ったのと、ガチャ産の新しい人権キャラが増えちゃってさ。もうネットは大荒れだよ。僕もデッキ構成見直さなきゃいけなくなったから今必死でレベリングしてるとこなんだ。でも新キャラを引いてまたレベリングすれば大丈夫だから小城さんもが」

「みちしたああああああああああああああああああああああ!」


 その時、切れましたの。私の中で、決定的な何かが。


 私は道下くんの机を思いっきり下から蹴り上げましたわ。

 机は窓ガラスを突き破り、きれいな弧を描いて太陽の方へ向かって飛んでいきましたの。

 ついでに三台のすまーとふぉんも、仲良くお星さまになってしまいましたわね。


 その時の道下くんの顔。


 鳩が豆鉄砲を食ったようって、こんな感じですのね。


「おぼえていなさいですわああああああああああ!」


 私は絶叫しながら教室を飛び出しました。


 結局今回、私は道下くんを完全に振り向かせることはできませんでしたの。


 でも私、絶対に諦めませんわ!


 いつか必ず、道下くんを私の虜にしてみせますの!

初投稿です。初めまして。12万字程度の別の長編を執筆中。現在5万字くらいに到達しましたが、ちょっと疲れてきたので、息抜きに一本短編を書いてみました。二時間くらいでさっと書き終えたので、誤字脱字や言葉遣いの誤りなどがありましたら申し訳ありません。お目汚し頂ければこれ幸いです。続きは未定です。

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