第四話
特訓が始まってから、三日が経った。
僕の訓練は、他のクラスメイトたちとは全く違っていた。彼らが一つの魔法の習得に集中しているのに対し、僕は日々、別人格と意識を交代する訓練を続けている。
今日は、アーサーとの訓練の日だった。僕はローブの男の指示に従い、目を閉じ、強くアーサーの存在を意識した。
―アーサー、頼む!
僕が心の中で叫ぶと、身体が熱い光に包まれる。そして、意識が遠のき、すぐにアーサーの意識へと切り替わる。僕の目の前には、ローブの男と、僕の身体を動かすアーサーの姿があった。
「よし、海斗! 今日も儂の剣技の特訓じゃ!」
アーサーは意気揚々と剣を構えた。しかし、彼の表情はどこか晴れない。
男はアーサーに、剣の素振りや、魔物のダミー人形を相手にした実践訓練を課した。アーサーは、それらを完璧にこなしていく。彼の剣技は、まるで熟練の騎士のようだった。
「素晴らしい…君の剣技は、もはや王国騎士団の最高峰クラスだ」
男は感心したように呟いた。しかし、アーサーの表情は曇ったままだ。
「儂の剣技など、当然のこと。問題は…儂がこのままでは、いずれ魔王には勝てぬということだ」
アーサーはそう言い、剣を地面に突き立てた。
「魔王の力は未知数だ。しかし、この世界に勇者として呼ばれたからには、我ら勇者がこの世界を救う義務がある。その使命を果たすためには、今の儂の力だけでは足りぬ」
アーサーは、厳しい表情で呟いた。
「この世界では、魔法こそが最大の力と見受けられる。山田殿は火炎魔法、ユイ殿は治癒魔法…彼らは日々、その力を磨いている。いずれ、儂の剣技など敵わぬほどに、強力な魔法を操れるようになるだろう」
アーサーの言葉に、男は少し驚いた顔をした。彼は、僕の能力をまだ完全に理解していないようだった。
―アーサー、大丈夫だよ。僕には、まだ他の仲間たちがいる。ベアトリスやセレスティンも、きっと僕たちを助けてくれるさ。
僕が心の中でそう語りかけると、アーサーは小さく頷いた。
「…そうだな。まだ、希望はある。海斗、すまぬ。少し弱気になっていた」
アーサーは再び剣を構え、訓練を再開した。僕の意識に戻るまでの間、彼は黙々と剣を振っていた。その姿は、僕には、まるで孤独な戦士のように見えた。
夕方、訓練を終えた僕は、食堂でクラスメイトたちと夕食をとっていた。
食堂は、王城の中でも特に豪華な造りだった。テーブルには、見たこともないような豪華な料理が並んでいた。しかし、クラスメイトたちは、誰も料理に手をつけようとしない。彼らは、今日の訓練の成果について、互いに話していた。
「やっぱり、火を出すのって難しいな…」
山田がため息をついた。彼の掌からは、相変わらず小さな火花しか散らない。
「そうだね。私も、光を出すのが精一杯で…」
ユイも困ったように言った。彼女は、まだ『治癒魔法』を使いこなせていないようだった。
クラスメイトたちは皆、焦りを感じているようだった。彼らは、この異世界で、魔王を討伐しなければならないという重圧に苛まれている。しかし、彼らの力は、まだ覚醒していない。
そんな中、僕は、アーサーの力を借りて魔物を倒したことで、彼らから一目置かれていた。しかし、僕は、それが僕自身の力ではないことを知っている。
「海斗、お前はもう、魔法を使いこなせるのか?」
山田が僕に尋ねた。僕は、少し言葉に詰まった。
「いや…僕が使ったのは、魔法じゃないんだ。僕の中の、もう一人の僕の力なんだ」
僕は正直に答えた。しかし、山田は僕の言葉を理解できないようだった。
「なんだよ、それ…」
山田は、僕の言葉に少し不満そうな顔をした。彼は、僕が彼らと同じように苦労しているわけではない、と感じているのかもしれない。
僕は、彼らの輪から再び外れて、一人で黙々と食事を始めた。僕の心の中には、アーサーの孤独と、クラスメイトたちの焦りが入り混じっていた。
夜、僕は客室に戻り、窓から満月を眺めていた。
この世界に来て、もう四日目だ。僕たちは、この世界を救う勇者として期待されている。しかし、僕たちはまだ、何もできていない。
「なぁ、アーサー。お前は、本当に孤独なのか?」
僕は心の中で、アーサーに語りかけた。
「儂は…この世界で、ただ一人の騎士だ。仲間は、お前たち三人しかおらぬ」
アーサーは、少し寂しそうに言った。彼の言葉に、僕は胸が痛くなった。
―アーサー、違うよ。僕たちは、君の仲間だよ。僕たちが、この世界の希望なんだ。
僕がそう言うと、アーサーは少し驚いたようだった。
「…そうか。儂には、お前たちがいるのだな」
アーサーはそう言うと、静かになった。
僕は、僕の中にいる同居人たちの存在を、改めて感じた。彼らは、僕の七重苦の原因かもしれないが、同時に、僕の唯一の理解者でもあった。
その時、突然、僕の頭の中で、もう一つの声が響いた。それは、これまで聞いたことのない、別の声だった。
「…海斗。この世界は、君の想像以上に危険だ。君は、まだ何も知らない」
その声は、僕に警告を発しているようだった。僕は、その声の正体を知りたかった。
―君は、誰?
僕が尋ねると、その声は静かに答えた。
「私は、君の『知』。…君を、この世界から救う者だ」
その声は、それ以上何も語らなかった。僕は、その声の正体と、その言葉の意味を考えるしかなかった。
僕の七重苦は、まだ始まったばかりだ。そして、僕の中にいる七人の勇者たちの物語も、これから始まるのだ。
これが、僕の七重苦から、七つの勇者への旅路の始まりだった。




