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第二話


 絶望に打ちひしがれる僕の耳に、ローブの男の声が響く。

「ふむ、鑑定の結果は分かった。しかし、諸君らはまだ魔法を扱えないようだ。訓練が必要だろう」

 男はそう言うと、手にした杖をひと振りした。その杖先から、淡い光の粒子が宙に舞う。光が収まると、僕たちの前には一隊の兵士が現れた。彼らは総勢五名。重厚な鎧を身につけ、剣や槍を携えている。

「この者たちは、王国騎士団の小隊だ。諸君らが王国に到着するまでの間、護衛を命じてある」

 男の言葉に、クラスメイトたちは安堵の表情を浮かべた。当然だ。未知の森で、まだ使えない魔法を頼りに進むなど、あまりにも無謀だ。騎士団の存在は、僕たちの不安を少しだけ和らげてくれた。

 男は僕たちに背を向け、再び歩き出した。

「では、早速、この森を抜けて王国まで案内しよう。この森には魔物も生息しているが、彼らが守ってくれるだろう」

 僕の頭の中はまだ混乱していた。

 みんなが魔法を使えるのに、僕だけは『ペルソナ・シフト』。見たこともないシンボルが掌に浮かんだクラスメイトたちは、嬉しそうに互いの能力について話している。

 僕はひとり、彼らの輪から外れて俯いた。

 ―僕だけ、何もない…。

 僕の心に沈殿した暗い感情が、じんわりと広がる。そのとき、頭の中でセレスティンが静かに語りかけてきた。

「非論理的だ。なぜ悲観する? 君の身体には、七つの人格が宿っている。彼らの持つ力は、まだ未知数だ」

 セレスティンの声に、僕はハッとした。そうか、僕には彼らがいる。この能力は僕自身に与えられたものではないかもしれないが、彼らが何らかの力を持っている可能性は、まだ残されている。

 その瞬間、頭の中でアーサーが叫んだ。

「なにを弱気になっている! 見よ、この道なき道を! 勇者たるもの、この程度の試練、軽々と乗り越えねばならぬ!」

 アーサーの声に、僕は少しだけ勇気をもらった気がした。

 「ねぇ、海斗! あたし、ユイちゃんと一緒に森を探検したいな!」

 ベアトリスの声も聞こえてきた。彼女の能天気な声に、少しだけ心が軽くなる。そうだ、まずはこの森を抜けて、彼らの力がどんなものなのか、確かめてみよう。

 僕は顔を上げ、ローブの男の後を追った。


 森の中をしばらく歩いていると、突然、前を歩いていたローブの男が立ち止まった。

「ふむ、どうやら歓迎されているようだ」

 男がそう呟くと、目の前の茂みから、大きな狼のような魔物が現れた。その姿は、僕たちが知っている狼とは似ても似つかない。全身が真っ黒な毛で覆われ、目は赤く光っている。

 クラスメイトたちは恐怖に顔を歪ませた。

「わ…狼だ!」

 山田が叫ぶ。男は冷静に言った。

「落ち着きたまえ。この程度の魔物、訓練が済んでいない諸君らでは荷が重いだろう。騎士団小隊よ、対処せよ」

 男の言葉に、騎士団の兵士たちは素早く陣形を組んだ。一人が槍を構え、残りの四人が剣を抜く。彼らは迷いなく魔物に向かって突進し、一人が魔物の注意を引く間に、別の兵士が側面から剣を突き刺した。魔物は悲鳴を上げ、消滅した。一瞬の出来事だった。

 クラスメイトたちは、その圧倒的な力に言葉を失っていた。

「すごい…」

 山田が震える声で呟いた。ユイも、驚きで言葉を失っている。

「これが…この世界の力…」

 僕は改めて、この世界と僕たちの住む世界の違いを痛感した。同時に、自分の無力さにも絶望した。もし、あの騎士団小隊がいなかったら、僕たちはどうなっていたのだろうか。

 僕が考えていると、魔物の消滅した場所から、もう一体、同じ魔物が現れた。

「ちっ、二体目か…」

 騎士団の隊長らしき男が舌打ちし、再び剣を構える。しかし、その時、魔物は兵士たちではなく、僕たちの方に顔を向けた。そして、僕に狙いを定めた。

「ぐっ…!」

 魔物は唸り声を上げて、僕に襲いかかろうとした。その時、ユイが前に出た。

「海斗君、危ない!」

 ユイは自分の掌に目を向け、強く念じた。鑑定で示された『治癒魔法』のシンボルを頭に思い浮かべ、呪文を唱える。

「癒しの光よ…」

 しかし、彼女の掌から出たのは、光ではなく、淡い緑の霧だった。霧は弱々しく、すぐに消えてしまい、魔物には何の効果もなかった。

 ユイは涙を浮かべて、僕のほうを見た。その瞬間、僕の心が痛んだ。

 ―僕が、何とかしないと…!

 僕は震える足で一歩前に出た。

 そして、僕は頭の中の『同居人』に語りかけた。

 ―アーサー、君の力を貸してくれ!

 僕の言葉に、アーサーは力強く応えた。

「ふむ、よかろう。我が行く手に立ち塞がる魔物よ、この我が剣で、その身を滅ぼしてくれよう!」

 彼の声に呼応するように、僕の身体から、熱い光が溢れ出した。


 僕の身体を覆っていた光が収まると、そこに立っていたのは、いつもの僕ではなかった。

 僕の身体は、アーサーの意識に切り替わっていた。

 僕の頭の中は、まるで別人の記憶と感情で満たされているようだった。アーサーは、僕の知らない強烈な力と、戦いへの渇望を抱いている。彼の身体には、見事な銀色の鎧が装着され、右手には西洋の剣が握られていた。

 アーサーの目が、赤く光る狼の魔物を捉えた。

「この力…! これが、勇者として与えられし我が力か!」

 アーサーは歓喜の声を上げ、一歩踏み出した。彼の足元には、力強い光の魔法陣が浮かび上がる。そして、彼の身体に、光の剣がもう一本、浮かび上がった。

 「光よ…! 我が剣となり、敵を討ち滅ぼせ!」

 アーサーは光の剣を魔物に向かって投げつけた。光の剣は、まるで意志を持っているかのように、魔物を貫き、消滅させた。魔物は一瞬で塵となって消え去り、その場には静寂が訪れた。

 クラスメイトたちは、信じられない、といった表情で僕を見ていた。彼らの目には、畏怖と驚きが混じっていた。

 「な…なんだ、今の…」

 山田が震える声で呟いた。ユイも、驚きで言葉を失っている。

 アーサーは満足げに、ローブの男に向かって言った。

「どうだ、この儂の力は! これが、『勇者』の力というものだ!」

 男は驚きながらも、静かに微笑んでいた。

「素晴らしい…まさか、『ペルソナ・シフト』に、このような力が隠されていたとは…」

 アーサーは僕の意識に戻りながら、最後に勝利の雄叫びを上げた。

 ―やった…! アーサーの力だ!

 僕は喜びと安堵で胸がいっぱいになった。絶望の淵にいた僕に、希望の光が見えた。

 僕の力は、僕だけの力ではなかった。僕の中の同居人たちが持つ、それぞれの個性と力が、僕の『勇者』としての力だったのだ。僕は、一人じゃない。

 これが、僕の七重苦から、七つの勇者への旅路の始まりだった。


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