第8話 ターニングポイント・外的要因。
「いいな、って、なにが?」
そうアイリーンが聞いてくるので、イラっとする。こいつ酔っているのか?
俺の顔を、化け物を見るような目で見ている。
「人の話を聞いてなかったのか?教育省の人間は集中力がないのか?耳が悪いのか?」
「あら、まあ確かに、教育省は外務省ほどエリート揃いではございませんが、もっと理論的な話はできるようですよ?おっしゃっている意味が分かりません。」
「だ、か、ら」
「だから?」
「いいか、よく聞け。俺は女王陛下にどっかの令嬢を紹介されたら断れない。」
「そーねー」
「しかも…その女性を抱けないのでいろいろと支障が出る。」
「あーなるほどね」
「お前は結婚はしたくないが、親の希望も聞いてもいいかと思っている。だけど、嫁に行くとしたら20も30も年上の子持ちのジジイの後妻、確定だろう?」
「…まあ…そうね」
「しかも、お前、今の仕事好きだろう?できれば続けたい。」
「…まあね、それはそうね。」
「じゃあ、良いじゃないか。」
ここまで説明すればいいだろうと思ったが、アイリーンがナッツを齧りながら胡散臭そうな顔で俺を見てくる。挙句に…手酌でワインを注ぎだした。
「だから?何が良いのよ?あんたはシヴァ国に行くんでしょ?」
「そうだ。お前も行くんだ。」
「は?」
「え?言わなかったか?教育省から一名引き抜けるから、お前を指名しておいた。今日正式に許可が出たから、近々、お前にも辞令が出る。仕事が続けられて嬉しいだろう?」
おい。口からワインがこぼれているぞ。そんなにうれしいか?うん。
「俺の配下に入る。ブレーンってやつだな。感動したか?」
「……」
「どうせ一緒に行くなら、仮にでも俺の嫁になればいいと思ってな。お互いにWINWINだろ?」
「…それって…私に何かメリットがあるわけ?あんたの下半身事情のカモフラージュってことでしょう??」
「バカだなあ…親も安心させられるし、お前の老後の面倒ぐらい看るし。いいことづくめじゃないか。」
「……」
「それにな、俺は総督になる。そのうちな。どうしてもパートナーがいる。」
「……」
手酌で飲みだしたアイリーンが、黙ってしまった。黙々と飲んでいる。もっと味わえ。いいワインだぞ、それ。
女を近くに置いたことはないが、こいつなら慣れているから平気だろう。
口は悪いが、一応、伯爵家のお嬢様なので礼儀作法だのダンスだのの心配もない。しかも、俺の読み通り、渡して置いた資料で問題点はきっちり把握できるくらいの能力もある。
…しかも、俺の事情も知っている。
「要するに…あの秘書官はあんたの恋人なわけね?」
「え?あ…ああ。」
何の話だ?それって関係あるのか?
「ふーん。シヴァ国の子よね?随分若そうだけど、ちゃんと合意の上なのね?」
「もちろんだ。」
「イング語も綺麗だったし、賢そうな子だわね。」
「ああ。」
「少し…アルフレットに似てるわね?」
「……そうか?」
「まあ、いいわ…あんたの申し出、受けてあげるわよ。」
その後の出航までの2か月間は目が回るほどの忙しさだった。
自分の仕事の段取りはしておいたが、アイリーンの仕事の引継ぎもある。
女王陛下にアイリーンを連れて挨拶に伺い、その足でアイリーンの実家まで挨拶に行き、翌日にはうちの実家まで出かけた。
教会を押さえて、ウェディングドレスを金を積んで大至急で仕上げさせ…
そして出航予定日の1週間前にようやく挙式。
アルフレットも新しい嫁と来てくれた。
「僕的には意外だったなあ!君たちがまさか学生時代から付き合っていたなんて知らなかったよ!!喧嘩ばっかりしてたものね!でもね…」
こっそりと、嫁に聞こえないようにアルフレットが耳元でささやいた。
「ジョセフィンは君たちのこと、わかっていたみたいだ。僕は、まさかそんな!って言ったんだけどね。お前たちは似た者同士だって、そう言っていたよ。」
そう言って笑った。自分の結婚式より嬉しそうだった。
少し心配していたのだが、アイリーンの父親は、披露宴でも酒を飲まなかった。
「どうもね、兄嫁にお酒を止められているらしいのよ!うふふっ。」
俺の花嫁はがぶがぶ酒を飲みながら、嬉しそうに教えてくれた。
さて。新しい生活が始まる。