第6話 ローランド。
俺はグラスに残っていたワインを一気に飲み干す。
アルフレットは起きそうになかった。寝息が聞こえる。
アイリーンは酔っているのか?まさか…そんなことを言い出すとは思いもしなかった。
「知らないとでも思っていた?私は気が付いていたわ。あなたがいつもアルフレットを見つめていることも、いやいや私たちに付き合ってお茶だのピクニックに来るのだって、アルフレットの申し出を断れないから。だったでしょう?」
「……」
「いろいろな形があると思うのよ、愛、って。私もよくわからないけど…多分。あなたがアルフレットを想う気持ちを否定したりはしないわ。」
「…ない…今更告白する気など、無い。するならとっくにしている。」
「そう」
「それに…ジョセはいなくなってしまったが、俺は…4人でつるむのも嫌いじゃなかった。今更、この関係を壊す気はない。」
「そう?」
「ただな…アルフは喪が明けたら、新しく嫁を貰うことになるだろう?」
「…そうね。」
「アルフを…嫌わないでくれないか?」
「まあ、そんなこと。仕方がないことくらい、私にだってわかるわ。跡取りの子供がいたならまだしもね…あの子の地位から考えて…そうするべきよね。わたしもそこまでロマンチストじゃないわ。」
「そうか」
少し、ほっとした。
つるんでいた4人は3人になってしまったし、いくら遠縁といえど、再婚したらアルフレットとアイリーンの接点は減るだろうがな。
もう二人でボトルを3本は開けた。
「友達のままなら、ずっと付き合っていられるからな。」
「あら?それは歴史の教官だったバーナード先生の反省?」
「え?」
しれっととんでもないことを言い出したアイリーン。俺は思わず、ごふっ、と、飲みかけたワインを詰まらせ、咳き込んでしまった。
「知らないと思った?あの教官とあんたのこと…勉強を見ていた、何もなかったということになっているけど、あの先生、罷免されて田舎に帰ったんでしょう?」
「……」
「教育に携わる身としてはねえ…恋愛は自由だとは思うけど、せめて卒業するまで待てなかったのかなあ、というのが正直なところよ。あなたが専門とする歴史学で断トツの知識量だっていうのは認めているけどね。」
「……」
「あなたは知らなかったかもだけど、あなたを放校処分にする話も出ていたらしいわ。アルフレットとジョセフィンが校長に直談判に行ったのよ?ローランドはそんな奴じゃない、ってね。」
「…え?」
「…いい友達を持ったわね。ローランド。」
「……」
バーナード教官とは、あれ以来連絡を取っていない。教官が学校を去ってから俺の実家に匿名で分厚い歴史書が届いていた。餞別、だったんだろう。
俺がアジア諸国を回る時に、それはとても役に立った。国々の歴史的背景、地政学的なこと、言語の分布…実際に行って見るともっと入り組んではいたが。
あの頃…バーナード教官に個別指導を提案された時、俺は有頂天だった。選ばれた気がしたし、実際に歴史学を専攻していこうと思っていたこともあったし。
教官は長いグレーの髪を緩く結わえた、長身の美丈夫だった。俺に覆いかぶさるように教科書を指し示す指が、長くてとても綺麗だった。耳元に息がかかる。
教官室で日々を重ねる中で、どちらから誘ったというわけでもなく、そういう関係になった。
俺はブルーたち悪友に誘われて怪しげな娼館に行ったりもしたが、女は抱けなかった。誰もかれも家庭教師の女に見えて吐き気がした。そんな矢先、自棄になっていた俺は意外なことに、いや…望んでいたのかもしれない…教官を受け入れた。
一度超えてしまった壁は、甘美なものになった。教官室に鍵を下ろして、俺たちは愛し合った。
…愛ね…愛だろうか?
俺はアルフレットが好きだった。
教官としている同じことを、アルフレットで妄想し…何度も妄想の中で彼を汚した。
受け入れられるか、ひょっとしたら俺のことをアルフレットは受け入れてくれるのではないか?そう思ったこともあったが、無くしたくなかった。それ以上に。
アルフレットに誘われて、女二人と一緒にお茶を飲んだり、ピクニックに行ったりした。最初のうちはアルフレットといれるなら、まあいいか、ぐらいだった。
アルフレットの瞳に映っているのが、ジョセフィンだと気が付いても。
…そのジョセフィンがいなくなったからと言って…アルフレットが俺を受け入れてくれるとは…思っていない。
「まあ、誰にも言わないけどね。あんたも、つらかったわよね。」
また…あんた、呼びかよ?
まあまあ飲みなよ、とアイリーンが俺のグラスにワインを注いだ。