第2話 友人の友人。
「あんたさ…すごい顔してジョセを睨んでたわよ?お祝いの場なんだから、それにふさわしい顔をしたらどうなのよ?」
「あ?」
披露宴の立食パーティー会場の壁に引っ付いていると、飲み物を持ったアイリーンが絡んできた。つっとシャンパンの入ったグラスを渡される。
「まあ…選ばれたのが自分じゃなかった悲しさは同情するけどね?」
こいつ…喧嘩売ってるのか?何にも知らないくせに。
彼女は何時ものように前髪を下ろして、にやりと笑いながらシャンパンのグラスに口をつけている。先ほどジョセフィンに貰った小さなブーケを小脇に抱えている。
はああ…と一つため息をついて、渡されたシャンパンを飲む。
「お前はどうなんだ?」
「は?」
「その…この二人の結婚について。」
サーウィン公爵家嫡男のアルフレットとアリスター侯爵家令嬢のジョセフィンの結婚式はそれはそれは盛大なものだった。国教会の絨毯を進むジョセのヴェールの長いこと!それから始まった披露宴の出席者も錚々たる顔ぶれだ。政界、財界…国内外の要人が揃っていると言ってもいいくらいだ。
絶賛売り出し中の俺たちの同期や後輩たちが、挨拶がてら要人の中に突っ込んでいくのを、感心して眺める。ブルーもいる。奴は政界狙いだからな…顔を売っておくのは大事だ。
「…そりゃあ、ジョセフィンは幸せになって当たり前よ。あんな天使のようないい子なんですもの。この結婚だって、あの子が自分で選択したんだし。あんたはこっちにいなかったんでしょ、またアジアに行ってた?」
「ああ。」
「そういえば…あんたまだ大学に在学してるんだってね?お勉強が好きなのね?」
「…まあな。お前は…今は?」
「教育省に勤めているわ。あんたみたいなお爺ちゃん頭の改革のためにね。女王陛下が女子教育に力を入れてくださっているので、やりがいもあるわ。後輩も育ってきているし。」
俺たちが話しているのに気が付いたジョセが、満面の笑みで手を振ってきた。
それを見て、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいうっとりした顔で手を振り返すアイリーン。いつも地味な格好だったが、今日はさすがに明るいブルーのドレスを着ている。
「お前も…そろそろ嫁に行かないと、じゃないのか?いい歳だろう?」
「同じ年、ね。あんたと。私は結婚なんかしないわよ。あんまり憧れがないの。」
「ふーーん。」
「それより、ほら、女の子たちがあんたのことをちらちら見てるわよ?モテモテねえ。邪魔者は消えるわね。」
そういって、アイリーンはジョセに貰ったブーケを大事そうに抱えて人ごみに消えて行った。
嫁に行かないという割には、花嫁からもらったブーケ、大事にするんだな?
まあ…あいつら、仲が良かったからな。
そんなことを考えながら残りのシャンパンをちびちび飲んでいると、大学の教授に捕まった。
「ローランド!今回のアジアのレポートも良かった。女王陛下もお喜びだ。次回はシヴァ国を中心に回るようにというご希望だ。いいな。」
「…教授…とりあえず、大学を卒業させてください。その後でどうですか?」
「え?…お前…まだ卒業してなかったのか?」
「……」
俺はカーリン侯爵家の嫡男として生まれた。
俺は父の希望通りには育たなかった。
領地に帰って領主として務めを果たせ、と、うるさいほど催促されたが…窮屈だった。なにもかも。俺はサウス校の卒業前、大学への準備期間中にアジアに旅に出た。
父への反発だったかもしれない。
小さいころに付けられた女性家庭教師は父の希望通りに俺を育てるべく、異常なほど厳しかった。何もかも言う通りにできなければ、鞭が飛んだ。閉じ込められたり、食事が抜かれるなどは日常だった。本当に嫌な女だった。賢くて、正義感に満ちた。
俺はさっさと全寮の学校に入った。
そこで、寮の同じ部屋になったのがアルフレットだった。
公爵家の嫡男として育てられ、公爵家の嫡男たるべく素直に育った男。
金髪は流れるように美しく、澄み切ったブルーの瞳。
誰とでも分け隔てなく接し、議論になっても上手に折衷案を提示できる、温和な…素晴らしい男だった。
サウス校に進学すると、意外なことに女子生徒がいた。その一人がアルフレットの遠縁にあたるアイリーン・クレイグ。伯爵家の令嬢。それと、彼女の友人のジョセフィン・アリスター。女子学生が気に入らずに難癖をつける学友どもをアイリーンが次々に論破していくのを、楽しそうに眺めるジョセ。あいつらはなかなかいい友人だったようだ。動と静?火と水、のような、対極にありながらお互いを尊敬するような。
俺たちは、どうだったんだろう?
女子の第一期生を守るよう言いつけられたのだろう、アルフレットはからかい半分の男子生徒から二人をさりげなく擁護し、二人の面倒をよく見た。引きずられるように、俺もそこにいた。結果として…俺たち4人は何かとつるむことになる。グループでの研究発表やら、試験勉強、ジョセフィンが招いてくれるお茶会やピクニック…。
俺は…賢く、正義感にあふれた、正当なことしか言わないアイリーンが苦手だった。
もっと…何もかも…そういう見方もあるかもね、と、どんな意見も受け入れているジョセフィンが怖かった。
そうして…
アルフレットがジョセフィンにゆっくりと恋に落ちていくのを、ぼんやりと見ていた。
俺が…気持ちを伝えたところで…どうなるものでもない。
最終学年を待たずに、ジョセフィンは大学に進学はしないと決めて、サウス校を去った。アルフレットとの婚約が整っていた。
俺は同じようなタイミングでアジアを見に旅に出た。
イング国が実質治めているシヴァ国を拠点に、その東南のアジア諸国を手あたり次第回った。その土地土地で見聞きしたもの、風習などをレポートに書いて、大学に入学した。チューターの教授が女王陛下の家庭教師をしていたらしく、俺のレポートは意図せず女王陛下の目に留まることとなった。
その後、3年間、俺は今度は資金援助付きで、またしてもアジア諸国を放浪することになった。
目先の利益より社会的価値を重視するうちの大学で、この俺の旅が評価されたのは幸いだった。帰国してからは大学に通いながら、半年以上かかって2度目の旅のレポートを仕上げた。
俺はこの後、大学院に進むタイミングで、3度目の旅に出る。