表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

第12話 リシュ。

旦那様をシヴァ帝国総督に任ずる正式な書面がイング国の王室から届いた。

ご夫婦揃って、たいして驚いていないところを見ると、内々に知らせは届いていたのだろう。


就任式はイング国で行われるので、初秋のころ、イングに行くことになる。

私はお二人に付き添ってイングにわたり、そのままイングの大学院に進むことになった。後見人はお二人の親友の公爵家、アルフレット様が引き受けて下さった。


こちらに居を移してからも、何度か本国に帰る機会はあったのだが、奥様はお子様方が小さかったために辞退し続けてきた。が、今回ばかりは同行することになった。ヴィヴィアンヌ女王陛下との謁見が予定されている。


「ねえ、ハリカ?そんなドレスどこでどうやって作ってきたわけ?」

「まあ、奥様。旦那様が特注で頼んでくださったんです!見て下さい!この七色に輝く滑らかな生地!!これはシヴァの中での最上級品です!!」

「へええ。」


屋敷に運び込まれた荷物の中身は、クジャクの羽を織り込んだと言う、本当に七色に輝く重厚なドレスだった。

「暑そうね…」

ロビーのソファーのひじ掛けに肘をついて、ハリカが嬉々として広げるドレスを奥様がいかにも迷惑そうに眺めている。


「あら、リシュ。自分の荷づくりは終わったの?」

通りがかった私を見かけて、奥様が声をかけて下さる。あちらに行っても不自由しないようにと、外出着から普段着、コートに靴、パジャマに至るまで、奥様が手配してくださったので、思ったよりも荷物は多くなってしまった。

「はい。でも、ほんの1年ですから。」

「そう?自分で納得できるまで学んできなさい。あなたはローランドの第一秘書なんだからね?」

「はい。ありがとうございます。」

「お世話になるアルフレットの腕前も良く観察して、学ぶのよ?あの子は良い子だから。得るものは多いと思うわ。」

「……」


この人にかかると…公爵殿も、あの子、呼ばわりか…。


何度も旦那様と行き来したイング国との船旅。

今回は、ひとりイング国に残ることになる。



*****


1年はあっという間に過ぎた。

旦那様に了承を頂いて、もう一年院に残ることにした。専攻は歴史学だ。


アルフレット様は私をまるで友人の家族のように扱って下さり、住むところはもちろん、学ぶための必要なことはすべて手の内を見せて下さった。領地の経営、貴族院の実情、新しく始まった産業の見学、高位貴族しか入れない王立図書館の利用に至るまで。


王立図書館の帰り道、馬車までのレンガ敷きの歩道をアルフレット様と並んで歩く。

イングの冬は厳しい。奥様が用意してくださったコートの襟を立てる。息が白い。


「あの二人はね、昔から、表現の仕方は荒々しいけど、思っていることは真っすぐなんだ。リシュ君、あの二人の力になってあげてね。僕も協力したいと思っているんだけど、遠いしね。新聞とか議会の報告とかで、あの二人の活躍はいつも気に留めているんだ。ジョセフィンにも見せてあげたかったなあ。うふふっ。」


ジョセフィン、というのはアルフレット様の今の奥様ではなく、亡くなった前の奥さんで、その方も旦那様たちの友人だったと伺った。


アルフレット様は優しく笑う。話し方も穏やかで、お邪魔している屋敷の家族も使用人も、みな穏やかだ。性格なんだろうな。主の。


歴史学は…シヴァの大学でも教授のほとんどはイングから招いた方々。

こちらでの教育も、征服した側の歴史だ。

シヴァにはシヴァの、古くから続く、語り継がれてきた歴史がある。

比較するのは面白い。双方、言い分があり、双方の利益追求がある。


私には両方の血が流れているようだ。


母はシヴァ人だったが、父と呼ぶべき人はイング人だったらしい。私は顔も知らない。


小さいころから親元を離れて働いた。運よく外洋客船のレストランの下働きに潜り込めた。イング語は必要に迫られて覚えた。そんなある日、給仕をしていたら今の旦那様に声をかけられた。

「お前、イング語が上手いな?」

長い船旅の間、レディや旦那の部屋に呼ばれることは珍しくなかった。私の混血の顔はなかなか人気があったから。私としてはささやかな遊戯で得る小遣いのために、呼ばれれば部屋に訪ねていく。旦那様もそんな一人なのかと思った。


「もっと、勉強してみないか?」


意外な提案だった。私のことを気に入ってくれたのはわかったが、他の旦那方のように手は出されなかった。

私は船旅の間中、時間があれば、旦那様の部屋でイングのいわゆる正しい帝国イング語を学びなおし、読み書きを教えてもらった。

船を降りるときに、旦那様の侍従にならないかと提案され、一緒にイング国に降り立った。

その時、私は12歳。旦那様は3度目のアジア旅行を終えたタイミングだった。


…それ以来、侍従兼秘書として旦那様に仕えてきた。知識が増えるたびに、私の世界も少しずつ広がっていった。


旦那様とようやく恋人と呼べる関係になったのは、私が15歳になってから。

以来、ほぼほぼ24時間一緒にいた。旦那様がアイリーン様とご結婚なさってからも。


こんなに離れるのは知り合って以来初めてだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ