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第11話 息子と娘。

「アニルは、またか?」

「ええ。あの子に上手に勉強を教えられるのは、リシュくらいかしらね。」

「今度は、なんだ?」

「新しい家庭教師はイング国からあんたが呼んでくれたじゃない?どうもその人を論破しちゃったらしく、自信を無くしてしまって国に帰るらしいわ。」

「……」

「誰に似たのかしらね?」


…お前だろう、という言葉を、寸でのところで飲み込む。


ため息をつきながらも、リシュの入れてくれたお茶を美味しそうに飲むわが妻を眺める。


アニルは…やんごとない血筋だ。

ヴィヴィアンヌ女王陛下の従弟君が外遊に来ていた折、地方豪族の娘に手を出して、妊娠させてしまった。結婚すると公言していたらしいが、本人はさっさと本国に帰ってしまった。

責任問題だ、と、領事館に乗り込んできた親子をなだめてすかして…生まれる子をうちで引き取ることにした。なかなかセンシティブな問題。もちろん慰謝料は王室から振り込んでもらった。

娘を産み月まで預かり、アイリーンは乳母を探したり、赤ん坊の服を縫ったり…意外だったが、楽しそうだった。


こいつの、まともな結婚生活はもちろん、子供を産む幸せまで俺が奪ったのではないか?そう幾晩も思い悩んだ。


「バカねえ。結構毎日楽しいし、その上、母親になれるんですもの。まだまだやったことのないことがあるんだわ、と思ったら、楽しくって!それとも何?あんたとリシュで子がなせるわけ?」


と、事も無げに言い放った。こいつには…一生負けたくないが。



産まれてからは、アイリーンは赤子をよほどのことがないと自分でみた。夜はさすがに寝不足が続いて乳母に頼んだが。もちろん、だからと言って仕事の手は抜かなかった。

息子が一緒に食卓で食事がとれるようになると、家族そろって夕食は食べるようにした。俺はあちこち出ていたのでいるときは必ず同席した。

アニルは賢い子だった。一度言えば事柄を理解し、わからないことは誰かれ構わず聞いて回った。一番なついたのはリシュにだろう。リシュはめんどくさがらずに、聞かれたことには誠実に答えていた。

昼間の間はリシュが大学に通うことになったので、本国から家庭教師を呼び寄せた。

今回で3人目だ。


「どうする?」

「そうねえ…誰か探さないとね。リシュが一番だけど、本国の大学院に進ませようと思っているしね…。あんたのコネで、誰かいないの?」

「うーん。いっそのことリシュがイングに行くとき一緒に行かせるか?」

「まだ小さいわ。ほんの7歳よ?それに、サーナが悲しむでしょ?」


二人とも生意気盛りだけどな。


サーナはこれまた反対に…本国のとある家門のお嬢さまがバカンスがてら、父親のシヴァの視察についてきて…ずっと案内役をしてくれていたシヴァの役人とひと夏の恋に落ちてしまった。…みんな、よく先々を考えてほしい。


妊娠したと聞いて、役人は結婚する気だったらしいが父親が許さなかった。

結果…生まれた子をうちで引き取った。女の子だった。

アイリーンもアニルも妹ができて大喜びだった。


そう、ここ十年で俺たちは二人の子持ちになった。


アイリーンはお茶に添えられていたハルワをもぐもぐ食べている。

「え?あんたは食べないの?美味しいわよ?」

俺も勧められたが、どうもシヴァのお菓子は甘すぎるので辞退した。特にハルワはもちもちして甘いだけのお菓子。見ているだけで胸焼けしそうだ。


「そうそう、アルフレットから返事が来たわ。リシュの後見人になってくれるそうよ。屋敷から通えばいいだろうって。」

「そうか。助かるな。」

「むふふっ。なんだか不思議な感じね。リシュは自分の恋人の初恋の人と会うわけでしょう?どんな感じかしら?」

「…余計なこと言うなよ。」


「言わないわよ。バカね。」


「本題に入っていいか?」

「あら?なに?」


「俺はいよいよ、シヴァの総督になることになった。」

「まあ、そう。おめでとう。」


たいした感動もなく言い放った我が妻は、今日もシヴァの女性の着るサリーを着ている。もう40歳になるが、知り合ったころとそう変わり映えない。ブラウンの髪はさすがに少し色あせたが、前髪を下ろし、結い上げている。


もぐもぐしながら…。こう…もう少しなんかないか?


「地方によってばらばらだった言語は、イング語で通じるようになった。意志疎通が通訳なしでできることは大きい成果だ。国内にイング式の大学が3つ設置されて、人材育成も進んでいる。あちこちでちらほらと反乱は起きてはいるが、小規模だ。お前を連れてきて正解だった。ありがとう。」


「まあ、ローランド?あんたに感謝される日が来るとはね…驚きだわ。ただね、あんたももう…いえ、最初から気が付いているとは思うけど…これは、諸刃の剣よ?」


妻はハルワを食べ終わり、ハンカチで口を拭いている。ほんと…変わらないな。

「……。」


「隣の部族と衝突していたところが、同じ言語で話し合いができてしまう。今は良いわ。過渡期だし。これが落ち着いてきたときに…シヴァの国民が一体になったら?しかも…統治するための知識も授けている。留学生としてイング国に渡る子たちは、いったいどう思ってイングを見て、帰って来るかしら?」

「……」

「あんたの望んできた争いのないシヴァの国家統一は、必ずしも本国の望んだ通りにはならない。その可能性は考えた?」

「ああ。俺はやれるところまでやるさ。」

「そう?イバラの道かもよ?」


「俺にはお前って言う強い味方がいるからな。」


「あら、味方になった覚えはないけど?」


そう言ってアイリーンがからからと笑う。


初夏の風がカーテンを揺らす。









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