第1話 友人達。
「はあ?あんた、まだそんなお爺ちゃんみたいなこと言っているの?バカなの?」
「あ?俺は女性は守られていればいいと言っているだけだろう?実際どうだ?お前の母親は一人で食べていけるって言うのか?どうやって食っていく気だ?」
「はああ?だから、きちんとした教育と女性の社会進出が必要だって言ってんでしょう?あんたみたいなカチカチなお爺ちゃん頭の奴にちゃんと教育しないとね!あんたも、ブルーみたいな女性蔑視思想の奴と付き合っているから頭おかしくなってるんじゃないの?」
木立の木漏れ日がちょうどいい日陰を提供してくれている。
馬車を待たせて、小さな湖沼まで続く散歩道を4人で歩いている。
今日もローランドとアイリーンの口喧嘩が始まった。
せっかくの休みに、ジョセフィンがお弁当まで用意してくれたというのに。
アルフレットはあきれて一つため息をつく。
お昼ご飯の入ったバスケットを持ったアルフレットはジョセフィンに目をやると、絵の道具を抱えて日傘をさした彼女は面白そうにいつもの二人の会話を聞いているようだ。
「ねえ、ジョセ?僕たち先にお昼にする?」
「まあ、アルフ。いつものことでしょう?待っていましょうよ。あの二人、本当に仲がいいわね。うふふっ。」
「え?そう?」
顔を合わせれば喧嘩ばかりだ。二人に言わせると、よりよいイング国にするためにはどうしたらいいか、議論、しているのだそうだ。だとしたら、相当な愛国心の強い奴らだな。
丸めた敷物を持ったアイリーンと実はかなり重い飲み物の籠を持たされたローランド。二人が後ろから口喧嘩しながらもついてくるのをちらりと確認して、ジョセを見る。
白いワンピースを着た彼女が木漏れ日の中で、楽しそうに笑っている。明るくきらめく金髪が風に揺れている。ジョセにとってはあの二人は、とても残念だが僕も含めて、仲の良い友人、見守るべき子供、なのだろう。聖母みたいだな。そう思って、自分で照れる。
*****
ヴィヴィアンヌ女王陛下が即位されてから、イング国は少しずつ変わってきた。
女子の高等教育機関への入学が許可され、校内の整備の進んだところから受け入れが始まった。大学も同様に、受け入れが進んでいくことになる。並行して、公的機関や官僚への女子の就職の道も開けることになる。理論上は。
私とアイリーンが、高等教育機関である伝統あるサウス校の女子入学の第一期生になった。広く希望を募ったが、まだ女性が男性に交じって教育を受けるということ自体が、受け入れられていなかった。男子校に入るなんて、という偏見もあったし、婚期を逃すという女子特有の事情もあった。この国のほとんどの貴族令嬢は18歳までには嫁ぐ。学校に行くということは、卒業は19歳になるから。
上の大学を目指すアイリーンと違って、私は貴族院議員の父親の勧めで進学した。おおよそ…女王陛下へのご機嫌取りのようなものなのだろう。女王陛下直々に推し進めていることに、賛同するものがいない、というわけにもいかない…あたりね。
貴族社会では女の子は父親の所有物であり、駒だ。嫁ぎ先では旦那様の所有物となる。女性が何かを成し遂げたとしても、誰それの妻、という冠詞が付く。
「婚姻とは所有権が譲渡されるようなものだ」と、私の一番の友人であるアイリーンは眉をひそめて嫌そうに言った。
そうかもしれないし、必ずしもそうでもないのかもしれない。
「あら、だって、白馬に乗った王子様に見染められるかもしれないじゃない?」
私がそう言うと、アイリーンが答える。
「それだって、そこにあるのは王子の一方的な求婚であって、女の子は「はい」としか言えないじゃないの。」
そうかもしれないけど…恋かもしれない。
いままで…良妻賢母を目指してきた実家での教育では、私は疑問さえ持たなかった。考えても来なかったことを突き付けられるのも新鮮だ。私は、仲良し家族以外の考えや意見を聞くことができただけでも、この入学は無駄ではなかったと思う。
おっとりしたアルフレットは他人の話をよく聞いてくれる。
高位貴族にもかかわらず、意見を押し付けたりはしない。なるほど、そういう考えもあるかもね、と、笑う。
校内一優秀とされるローランドは、女は家庭におとなしくいるべきだ、高等教育などもってのほかだ、と主張する。あの子は…女の子が嫌いなのかしら?
でもそうね…家庭を守る。子を産んで育てる。
それだって大事な仕事だと私は思う。
そう言うと、アイリーンは
「それが、自分の選択だったら、もっといい。私はそう言っているんですよ。否定しているわけではない。」
押しつけや、当たり前のことじゃなく、ってことね?
いろいろ選択肢はあったけど、私は家庭を守ることを取るわ。なら、アイリーン的にはいいのね?
なかなか厳しい道のりね。
でも、そうね。アイリーンの言っている女性蔑視の堅物の教育も、まずは幼少期の家庭からだ、と考えると、子を産んで育てる、というのも、悪くはなさそうね。
道の先が開けると、湖沼群が見える。
木陰に陣取って、スケッチブックを開く。
少し遅れて到着した二人は、アイリーンの持っている敷物を広げて、またケンカしながらも段取り良く昼食の用意が始まる。アルフレットが呆れながらも、お皿とコップを配っている。
湖から吹く風が心地いい。すっかり色の濃くなった初夏の木の葉を揺らしていく。
留まるものなど何もないけれど…何時間も語り合える友人たちを得たことを、神に感謝したい。
「ジョセ!ご飯にしよう!」
広げた敷物にそれぞれ思い思いの格好で座った私の友人たちが私を呼ぶ。