第9話 騎士王との密談
それでも、風呂場に入って一人になると多少は落ち着き、心頭滅却しつつ先の記憶を振り返る。
翡翠に相乗りした時は密着しても平気だったし、風呂上りという意味でも姉で見慣れていたので、こんなにも魅了されるのは想定外だった。
もっとも、ティリアは相当な美少女なので、密着して平気だった方がおかしかったのかもしれない。
そんな風に悶々としていると、ふと思い当たる事があった。
時に、各種創作物の男性は、女性に対して性欲を感じさせない振る舞いを見せる事があるけど、それが俺にも適用されたのではないだろうか?
特に、アストレア・クロニクルは恋愛要素が大きいからこそ、攻略対象にはそんな制約があってもおかしくない気がする。
その一方で、イベント外というか画面外ではその制約が失われると仮定するなら、一応の辻褄は合うのかもしれない。
冷静に考えれば、そもそもティリアと姉を同列に見る事自体がおかしいのだけど、この時の俺に気付く余裕は無く、悶々としたまま風呂に浸かる事になった。
やがて入浴を終え、俺は再度心頭滅却しながら部屋へと戻る。
すると、ティリアはまだソファーにいたので、緊張を隠しつつ声を掛けた。
「ティリア、そのままだと湯冷めするから、ベッドで休みな」
ところがティリアの反応はなく、耳を澄ますと可愛らしい寝息が聞こえてきた。
実際に、ティリアはソファーに座ったまま眠っており、それを見て俺は安心感から大きく息を吐く。
「まあ、今日は色々あり過ぎたし、こうもなるか」
そのあどけない寝顔を見ると変な気になる事も無さそうで、俺はティリアをお姫様抱っこの恰好で運び、ベッドに寝かせた。
「お休み、ティリア」
俺はそう言って、ティリアの温もりに名残惜しさを感じつつも、ベッドから離れる。
それから、俺は表情を引き締めると、扉の向こうからこちらを伺う気配に対し、入り口の扉へ近付きつつ告げた。
「敢えてこんな部屋を用意し、あまつさえそれを覗くとは随分と悪趣味ですね、ノートゥング王」
すると、扉の向こうから驚いた気配が感じられ、それから間を置かずにノートゥング王が部屋へと入って来た。
「気配は消していたつもりだが、すぐに気付くとは大したものよ。まあ、確かに覗きは褒められた趣味ではないが、この部屋を用意させたのは我ながら英断だったと思うが?」
「何処がですか! ティリアは年頃の女性なんですよ!」
とぼけた様子のノートゥング王に、俺はティリアを起こさぬ様、声を絞りつつ怒鳴る。
しかし、ノートゥング王はどこ吹く風と言う様に、のらりくらりと答えた。
「だがな、王子よ。其方がティリアに入れ込んでおるのは明白で、ティリアには他に選択肢など無い。であるなら、さっさとくっつけてしまった方が面倒が無くて良いではないか」
「いくら何でも急ぎ過ぎです! 俺達は今日初めて会ったんですよ!」
王に再度怒鳴りつつ、俺は一息ついて心を落ち着けて、改めてノートゥング王と対峙する。
「それで、紹介状と無料券を用意してまでこの場を設けたのは、何か理由が?」
「もう少し、其方とティリアの話を聞きたかったが……、まあ良い。簡単な事よ、邪魔者抜きで其方と語ろうと思ってな」
予想通りの回答に俺が頷くのを見て、ノートゥング王は続ける。
「それにしても、今日は痛快だったぞ。あの生臭坊主にあそこまで啖呵を切るとはな。全く、奴らは教義云々ばかりで、現場の事は何も知らぬ」
聖教国を批判する王の発言に、俺は少なからず驚く。
「聖女の選定も、奴らのメンツの問題よ。其方の言う通り、聖女が二人いても構わぬし、戦力を考えるならむしろ歓迎すべきだろうに」
そこまで話を聞いて、王の言葉はノートゥング騎士王国の利益を第一に考えたものと理解する。
現在、魔王軍と戦っているのは、魔族領と領土を接しているノートゥング騎士王国であり、その立場からすると聖女が増えるのも歓迎という事だろう。
「故に、其方が啖呵を切った時は胸がすく思いだったぞ。余の周りには、聖教国の顔色を伺う者しかおらぬからな」
「……なるほど、ようやく話が見えてきました」
俺がそう言うと、王はニヤリと笑った。
「余と其方は、ティリアの扱いと言う点で利害が一致する。それ故、今夜のうちに今後の動きを取り決めようと思ってな」
王の発言に俺は頷き、俺とティリアのこれからについて折衝が始まる。
まず、ティリアの身分については、王宮での会談の通りリンドヴルム竜王国の聖女で問題無いことが確認出来た。
続いて、俺達はローゼマリー達とバッティングしなければ自由に動いて良く、その代わり聖教国には近付かないなど、危険を避ける様要請を受けた。
ノートゥング王としては、俺達をローゼマリーのバックアップと考えているらしく、彼らが失敗した時などに代役をこなして欲しいようだ。
「なるほど、確かにこれなら貴国に損はない。仮に『真の聖女』殿が失敗すれば俺達がその代替となり、成功の際は俺がティリアをリンドヴルム竜王国に連れて行けば良いのだから」
「其方にとっても悪い話ではあるまい? 無論、可能な限り便宜も図らせよう」
ここまでの内容を反芻し、俺達に不利な内容が無いことを確認する。
すると、王は最後にと口にしてから、俺にアイテムを手渡した。
「これは……」
「うむ。これは水晶球と言ってな、水晶球同士で光を送り合う事が可能な神代の宝具だ」
王はそう言うと、手持ちの水晶球を光らせ、すると俺の手にある水晶球が共鳴する様に同じ色で光った。
「色を決めておく事で、遠く離れていても最低限の連絡が可能になる。過去の履歴も追える故、見落とす事もあるまい。念のため持って行くと良い」
「……これは、門外不出の類ではありませんか?」
「確かに、これこそが我がノートゥング騎士王国必勝の源よ。とは言え、竜宝玉を持つ其方になら教えても構うまい」
剛毅な事を言うノートゥング王に驚きつつ、水晶球をありがたく受け取る。
すると、王は俺に近付いて、声を潜めて告げた。
「分かっていると思うが、アストライア聖教国には気を付けろ。奴らがどう出るかは分からんが、少なくとも其方はデリック枢機卿を敵に回した」
「……分かっています」
「それと、我が国内でも油断するな。特に、バレステインとガートルドは聖教国の息が掛かっていると思え」
ガートルド……、確か聖騎士マリウスの家名だったか。
そうなると、アストレア・クロニクルのヒーローの少なくとも二名は、その家ごとアストライア聖教国に取り込まれていると考えた方が良いのかもしれない。
それを最後に、ノートゥング王は部屋を後にする。
護衛がいる様子もなく大丈夫なのかと思ったけど、その身のこなし一つを取っても相当な実力が見て取れ、騎士王国の王は伊達ではないという事なのだろう。
王が帰ったのを確認した後、念入りに戸締りをしてからソファーに横になる。
異世界一日目がやたらと大変だったせいか、すぐに睡魔が襲ってきた。
随分とフランクと言うか、仲人気質の騎士王でした。
今後も、二人の仲を後押しする登場人物が次々出て来る予定です。