第8話 緊張の一夜
その後、俺達は王都ブルグントを発った様に見せかけて、俺とティリアは二人で王都の外れへと降下する。
翡翠への意思の伝達は竜宝玉があれば可能な様で、翡翠にはそのまま飛び立った振りをして貰い、その後は近場に潜んでいて貰う事にした。
その一方で、俺とティリアは王都で宿を取るべく街中へと戻る。
幸い、宿の紹介状と無料券を入手した事もあり、ティリアが相当に疲れた様子でもあったので、迷わずその宿に向かう事にした。
その宿は、王都でも最上位の高級宿の様だけど、気にせず中へと入る。
紹介状の効果は絶大で、支配人が出てきたかと思うと、スイートルームと思わしき部屋へと案内された。
部屋から出る事なく食事も風呂もとれる様で、世界観を考えると最上位のサービスだろうし、今の俺達にはありがたかった。
その後、夕食を摂ってから、これからの事を話すべくソファーに並んで座ったところ、最初にティリアが切り出した。
「その、ここまで色々とありがとうございました、殿下」
「気にしなくて良いよ。本当に大変だったのは、ティリアだから」
俺がそう返すと、ティリアは困った表情を見せる。
「今の私には、この恩に報いる術がありません。ですが――」
「ストップ、それも気にしなくて構わない。しばらくは俺と一緒に行動して貰う事になるし、このまま正式に仲間になってくれると嬉しいからさ。仲間を助けるのは当然だろう?」
「……それは、私の身を案じたからですよね? 騎士王国には寄る辺が無く、聖教国には命を狙われてもおかしくありませんから」
聖女の座を追われ、仲間や義父に切り捨てられたトラウマは相当な様で、ティリアはそう話しつつ俯いていく。
なので、まずはティリアが必要な事を分かって貰う事にした。
「ティリアの言う事も間違っちゃいない。だけど、リンドヴルム竜王国を再興するには、君がいてくれた方が良いのも事実だ」
「……そうなんですか?」
「今の君は竜王国の聖女だしね。それに、一人で冒険者をするのにも限界があってさ。魔法の属性を考えても、君を仲間にするメリットは大きい」
竜騎士だからなのか、フェリクスの魔法属性は火水風土の4つで、光属性のティリアが加わる事でバランスの良い組み合わせになる。
余りにもぴったりなので、女神がそう設定したのかもしれない。
この話を聞いてティリアも納得したのか、俺へと向き直って答えを返す。
「畏まりました、殿下。微力を尽くさせて頂きます」
「うん。改めてになるけど、よろしく」
話がまとまったのを受けて、俺はもう一つティリアへ提案を行う。
「それとさ、『殿下』は止めて名前で呼んで欲しい。今の俺は冒険者だからさ」
「……畏まりました、フェリクス様」
「まだちょっと堅いかな? それと、冒険者には『様』も不要だよ」
「え……、ではフェリクスさん、でしょうか?」
戸惑いつつそう答えるティリアを見て、俺は微笑みつつ頷く。
それからは、お互いの事を知るべく、これまでの思い出などを話し合う事にした。
そこで一つ判明したのが、ティリアが聖女の力に目覚めたのはリンドヴルム竜王国が滅んだ直後になるらしく、魔王軍の侵攻が聖女を目覚めさせるトリガーになっているのかもしれない。
また、今の控え目な雰囲気からは想像も付かないけど、ティリアはバレステイン侯爵家に引き取られるまでは意外と活発な娘だったようで、聖女の力に目覚めた後は護身術も学んだため、全く戦えない訳でもない様だった。
ゲームでは知る事が出来なかった情報が色々と判明した事もあって、思わずティリアを質問攻めにしてしまったけど、やがて結構な時間が経っている事に気付く。
「……っと、もう遅い時間だし、これ位にしようか。今日は疲れただろう? 先にお風呂に入ってきなよ」
「い、いえ。殿下こそ、どうぞお先に……」
「殿下じゃなくて、フェリクス。対等な仲間なんだから、遠慮は不要だよ」
変に緊張した感じで遠慮するティリアに対し、俺は笑顔でバスルームへと送り出す。
尚もティリアは迷っていた様だけど、観念したのかコクリと頷いてバスルームへ向かった。
そして、ティリアがいなくなったのを機に、俺は今日の出来事を振り返る。
何とかティリアの身分こそ確保出来たものの、聖教国を敵に回したため、今後の彼らの動きには気を付けた方が良いだろう。
その一方で、騎士王国――というよりもノートゥング王を中立に留めたのは大きく、騎士王国内での活動には大きな制約は受けないはずだ。
更にゲームの知識ともすり合わせ、俺は今後の予定を立てていく。
余りにも没頭していたのか、風呂上りのティリアに声を掛けられるまで、そのまま思考の海に沈んでいたらしい。
「フェリクスさん、お風呂から上がりましたので、お次をどうぞ」
「ああ、分かったよ――」
俺はそう言って、ティリアの方を向いて固まる。
風呂上りのティリアからは、何と言うか清楚な色気が感じられ、加えて良い匂いが漂って来る。
その上、ティリアは着痩せする様で、風呂上りの今は――というところで何とか煩悩を遮断し、ティリアに話し掛けようとした。
ところが、ティリアの方もベッドの方を見て硬直しており、思わず俺もそちらを向いた。
すると、そこには大きな天蓋付きのベッドが一つあるだけで、ティリアと一緒に俺は再度固まる。
……この部屋は、どうやらカップル向けのスイートルームだったらしい。
その事実と、隣にいる風呂上りのティリアの色気や匂いにくらくらしつつ、俺は浮つく心を何とか静めてから、逃げる様に風呂へと向かう。
「その、風呂に入って来る。ティリアはもう休んでいて」
ティリアの答えを待つ余裕は、もう無かった。