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第77話 勝ち取った未来

 次に気が付くと、俺は暖かで柔らかな感触に包まれていた。

 時折、顔を濡らす様に水滴が落ちてきて、今の状況を何となく把握する。

 どうやらティリアは泣いていて、俺はそんな彼女に抱き抱えられているらしい。


 ティリアに俺の生存を知らせて安心して貰おうと、何とか目を開けて、彼女の涙を手で拭う。


「……心配かけてゴメン。それと、ただいま」

「……っ! フェリクスさん!」


 ティリアは俺が意識を取り戻した事に気が付くと、大きく目を見開いて驚いた後に泣きながら抱き着いてくる。

 俺はそんな彼女をあやす様に抱き締めて、その温もりを感じていた。


 ティリアが落ち着いたのに合わせてローゼマリーの最期を確認すると、奴は神秘の石碑(ルーンストーン)や魔王の躯と共に消し飛び、完全に消滅したらしい。

 その際の力の暴走は[ファーブニル・レガリア]が相殺したものの、その反動は凄まじく、俺は一時的に仮死状態に陥っていた様だった。


 生と死の狭間の世界で、俺が聖女レフィアに助けられて現世に戻ってきた事を話すと、ティリアは天に向かって祈りを捧げる。


「聖女レフィア様は、私達の事を見守って下さっていたんですね」

「ああ。レフィア様も、彼女達の時代に始まった因縁が解けた事に感謝していたよ。それと二人で幸せになれってさ」


 俺の言葉を聞いてようやくティリアに笑顔が戻ったところ、満天の星空の中からメノウと翡翠が降りてくる。

 聖女を巡り、世界の命運さえも掛かった戦いは、ようやくその幕を閉じた――


◆ ◆ ◆


 ローゼマリーの争乱が終結して一月が過ぎ、世界は平和を取り戻していた。


 アストライア聖教国はトーマス教皇の手によって方針を大きく転換し、金や権力とは距離を置いて、人々の生活に寄り添っていく事を決めた。

 それに合わせて、これまでに聖教国が犯してきた罪を世に公表すると共に、教義を傘に悪事を働いていた者達を厳罰に処するなど、その身を正す改革を進めている。


 この方針転換に対しては内外双方からの批判も大きく、一部聖職者の離反もあれば、私利私欲のために病魔や魔物を使役してきた等の暗部を受け入れられなかった信者も多く、アストライア聖教の勢力を大きく減じる結果となった。

 それでも、地道に人々の生活に寄り添ってきた聖職者も少なくなく、彼らを中心に聖教のあるべき姿を取り戻していくつもりらしい。

 ソフィアやジョルジュもトーマスを支えていて、第二のローゼマリーやデリックが生まれない様に人生を賭けて尽力していく覚悟が見て取れた。


 茨の道だとは思うけど、聖教が正しい姿に立ち返る事が出来たからかトーマスは生き生きしており、聖職者――ウリクセスやペネロペ達も誇りを持って業務に当たっていたから、きっと大丈夫だろう。



 ノートゥング騎士王国はバレステイン、ガートルドの両侯爵家を始めとして、聖教国に与していた貴族を政権中枢から追放するなどの大鉈を振るった。

 まだまだ落ち着いたとは言い難い様だけど、魔族やローゼマリーの侵略を跳ね返した現王への支持は強く、表立った混乱は起きていない。


 ゲームでの攻略対象者のうち、ジェラルド王子は王位継承権を放棄すると共に、魔王討伐の際に築いた人脈を生かして外交官の様な仕事を担う様になった。

 実際に、リンドヴルム竜王国にも一度来訪してきており、その時は復興に向けて幾つかアドバイスを貰った。

 第三王子とは言え、しっかりとした王族教育を受けていた事もあってその知識は確かであり、彼には今後も助けられる事になるだろう。


 クリストフは降爵されたバレステイン()爵家を継ぎ、その領地経営に当たっていた。

 バレステイン家と同様に、王位簒奪の主犯だったガートルド侯爵家は取り潰された事を考えると、温情的な措置だったと言えるだろう。

 クリストフもその事は十分理解しており、家を存続して貰った恩に報い、その罪を濯ぐためにも精力的に活動しているらしい。


 アルバートは冒険者となり、各地を旅して回り始めたと聞いた。

 但し、騎士王国から定期的に指名依頼を入れる様で、敬遠されがちで厄介な任務を受ける必要があるらしい。

 それでも、それなりに自由に旅が出来る立場を得られた事に感謝しているらしく、指名依頼に対しても自信満々な様なので大丈夫だろう。


 この他、サエルミラやギルドマスターも無事で、サエルミラはセルファンス領に来ていて、将来的には竜王国に店を構えるつもりと話してくれた。

 ギルドマスターも、家族の後押しもあって竜王国への異動願いを出したらしく、これからも彼らとは顔を合わせる事になりそうだ。



 セルファンス領には大きな動きがあり、エルディンは陞爵して公爵の地位に就いた上、騎士王国から権限の移譲を受けて半ば公国に近い立場を手にした。


 これまでの聖教国の侵略や騎士王国中央の不始末に耐えた事や、竜王国と関係が良好な事など、今回の争乱の勝者と言える立場を生かして勝ち取ったらしい。

 もっとも、ノートゥング王との関係も悪い訳ではない様で、その辺はエルディンの手腕があっての事なのだろう。

 白命病の撲滅や竜王国の復興特需もあり、更なる繁栄が期待できそうだと、エルディンが忙しそうにしつつも笑っていたのが印象的だった。



 そして、リンドヴルム竜王国は復興の最初の足掛かりとなる街の建設を進めていた。

 ヘクトールやシーグステンといった竜王国出身者だけでなく、セルファンス公爵を始めとした騎士王国、更には遠く聖教国からも支援を受け、街が徐々に形作られていく様は壮観だった。


 俺やティリアも大忙しで、時には魔物を討伐し、時には怪我人や病人を癒し、更には土木工事を魔法で一気に進めるなど、その日その日に応じて様々な業務をこなしていく。

 勿論、国王や王妃としての仕事もあり、翡翠を駆って開拓街、アルサス、イルーナを目まぐるしく飛び回る毎日だった。




 そんなある日、俺とティリアはまとまった所要をこなすべく、朝からセルファンス公爵領都イルーナへと来ていた。

 何日間かは腰を落ち着けられそうで安心していると、早速エルディンの訪問を受けて対応する。


「陛下、殿下、相変わらずお忙しそうですが、調子を崩されたりはしておりませんか?」

「忙しさという意味なら貴方も大概でしょう、エルディン公。ティリアのお陰で俺達は問題ありませんよ」

「はい。いつも様々な形でのご支援ありがとうございます、エルディン公」


 形式ばった挨拶は省略しつつも、まずはお互いの近況を交換し合う。

 最初は慣れないやり取りだったけど、一月も経ってみるとそれなりに様になっていて、案外慣れるものだと思いながら話を進めていく。


 ところが、今回は定型のやり取りだけでは終わらず、エルディンは意外な事を言い出した。


「――それで、今回の首脳会談ですが、それに合わせてお二人の結婚式を開かせて頂きたく考えております」

「……どういう事ですか?」

「陛下、こういうのは形式に則る事も大切なのですよ。特に、女性は幸せな結婚式に憧れている方も多いですから」


 エルディンの話を聞いてティリアの方を向くと、彼女は少し躊躇いを見せつつもコクリと頷く。


「すみません、フェリクスさん……」

「ああ、ティリア妃殿下を責めないで下さい。これは、貴方に救われた我々全員からの贈り物であり、皆で妃殿下に口止めをしておりましたので」

「……怒ってはいない。ただ驚いたのと、自分の浅薄さに気付いただけさ」


 俺の意識としては、ニーベルンゲンで結婚に関する手続きを済ませたつもりになっていたけど、ティリアの気持ちや王族の責務を意識していなかった事に気付いて自嘲する。


「いえ、陛下はまだ若く、そしてあまりに多忙なお立場です。それ故、是非我々の事も頼りにして頂ければ幸いです」


 そんな場の空気はエルディンが上手くまとめて、この話を収める。

 その後はあれよあれよという間に式の準備が進み、皆が見守る中、俺達の結婚式が始まった。



 これまでの旅の中で知り合った人達に祝福される中、俺とティリアはバージンロードを歩んでいく。

 出席者は俺達に縁がある人に絞った様で、人数はそこまで多くないものの、王や教皇といった立場の者だけでなく、ルーラント夫妻にドニやエリナ、更にはどう都合を付けたのかカロリーナやカルロス達の姿まであった。


 ウエディングドレスを着たティリアは本当に綺麗で、目にした時に思わず二人の世界に入りかけて、メノウから待ったを掛けられたりもした。

 そんな事を思い出しつつ隣を見ると、ティリアと丁度目が合って、彼女は幸せな表情で優しく微笑む。


「本当、夢みたいです。私がこんな幸せを得られるだなんて、思ってもみませんでしたから……」


 そんな彼女に見惚れていると、ティリアは遠慮がちに問い掛けてくる。


「フェリクスさんは幸せですか……?」

「……ああ。ティリアと出会えた事で、幸せを知る事が出来た。愛しているよ」

「はい。私もフェリクスさんを愛しています。これからも、ずっと――」


 そうお互いに想いを伝えながら、俺達は幸せへ向かう道を歩んでいく。

 これから先に何があっても、ティリアと一緒ならきっと乗り越えていけるだろう。


 皆から祝福を受けながら、俺達は確かな幸せを感じていた――


 これで本編完結となり、無事にハッピーエンドで終えられて一安心です。

 恋愛ありの物語は初めてでしたが、楽しく書く事が出来ました。

 この後、ちょっとだけ番外編を書く予定です。

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