第75話 人々の願い
◆ ~Another point of view~ ◆
時は少し遡り、メノウが竜宝玉で人々に呼び掛け始めた頃、聖教国の枢機卿ソフィアは固唾を飲んでその映像を見守っていた。
大聖堂の中は多少落ち着きを取り戻したとはいえ、点火寸前の時限爆弾の様でもあり、再び刺激すれば今度こそ収集が付かなくなる恐れがあった。
それ故、ソフィアはジョルジュの他、信頼の置けるごく少数のみで映像を見始めたところ、トーマス教皇の突然の来訪を受けて慌てる。
「トーマス……聖下! 貴方の身を蝕んでいた呪いが解除されたとはいえ、まだ無理の利くお身体では無いのですよ!」
「それよりも、フェリクス殿達の状況を教えて下さい。兎に角悪い予感がするんです」
確信を持ってそう語るトーマスを排除する事も出来ず、ソフィアはトーマスに寄り添いながら竜宝玉の映像を見守る。
すると場面が切り替わり、フェリクスとティリアが魔王と戦っている様子が映し出された。
ところが、その状況は芳しくなく、最後にメノウが懇願する様に語るのを聞いて、トーマスは決意を固めた表情でソフィアに告げる。
「ソフィア、この竜宝玉の音声を繋いで下さい。それと、法都ユーストゥスの人々がこの映像を見聞き出来る様にお願いします」
「聖下、ですが……」
「事態は一刻を争います。どうか、私を信じて下さい」
トーマスにそう求められ、ソフィアは迷いを見せながらも応じる。
突然映った映像に、外から大きくどよめいた雰囲気が伝わってきたものの、トーマスはそれを一顧だにせず竜宝玉に向けて世界中に語り掛ける。
「私はトーマス、アストライア聖教の教皇です。先ほどメノウさんが語った通り、どうか皆様の願いを二人に届けて下さい」
教皇の言葉とあってか、にわかに外が騒がしくなったものの、トーマスは更に言葉を紡いでゆく。
「そして、私は皆様に懺悔せねばなりません。二人の英雄が戦っている魔王は聖教国の聖女だった者です。彼の者の一派は世界を混乱に陥れ、私は病床に伏してその野望を止められませんでした。その結果、魔王復活という事態を招いてしまい、本当に申し訳ありません」
教皇の懺悔を聞いて、アストライア聖教国中が静まり返ったと錯覚させる程に外の喧騒は鳴りを潜め、ソフィアは心配そうにトーマスを見つめる。
それでも、トーマスは優しく微笑んで、世界中の人々に己が願いを託す。
「私がどれだけ悔いても、この過去はもう変えられません。ですが、私達がこれから生きていく未来なら変えられます。どうか、魔王を打ち果たし、平和な世界を取り戻すため、皆様の力をお貸し下さい」
そう言い終えてトーマスが頭を深々と下げていると、それを引き継ぐ様に更なる音声が聞こえてくる。
「騎士王国の民よ! 余は難しい事は言わぬ。皆に伝えるは唯一つ、今こそ魔王と決戦の時だ! 故に我らの勝利を願え、それが魔王を倒す勝利の剣となる!」
ノートゥング王の騎士王国らしさの詰まった演説に苦笑しながらも、トーマスやソフィアもフェリクスとティリアの勝利を願い、祈りを捧げ始めた――
◆ ~Felix's point of view~ ◆
魔王ローゼマリーとの絶望的な戦いに対し、俺達は自らの全てを尽くして光明を模索する。
しかし、驚異的な耐久力と再生力を持つ相手を打ち破る事は敵わず、俺達は敗北寸前まで追い詰められていた。
「良くここまで耐えたものね、本当に感心するわ」
ローゼマリーはやや呆れた様な表情で、それでいて勝ち誇った風にそう語る。
それに対して、俺達は憎まれ口を返す余裕もなく、満身創痍の身を二人で寄り添う事で何とか立っている状態だった。
そんな俺達を見て、最早勝負は付いたと感じたのか、ローゼマリーが問い掛けてくる。
「そんな貴方達に敬意を表して、少しお喋りしましょうか。ねえ、とある枢機卿の最期はどうだった? 惨たらしく死んでくれたかしら?」
「……奴は何も分らぬまま、偽神アルコーンに身体を乗っ取られた。そのアルコーンは、自分が敗れる事が信じられず、怯えながら逝ったよ」
「……そう、ままならないものね。奴が生き残る様な事があれば、私が手を尽くして苦しめて苦しめて苦しめてから殺してあげたのに」
そう語るローゼマリーの顔はゾッとする程の怨嗟に満ちていて、同じ陣営に属していたとはいえ、彼女の人生を捻じ曲げた男への憎悪を感じさせた。
やがて、デリック枢機卿に向けて呪詛の呟きを終えると、ローゼマリーはにこりと微笑みながら魔剣を振り上げる。
「それじゃ、これでお終いにしましょう。フェリクス・リンドヴルム、貴方の事は気になるけど、生かしておくには危険過ぎるわ」
これまでか――
正に万事休すと思われたその瞬間、天から光の粒子がはらはらと舞い散って、ローゼマリーへと降り注いでいく。
その幻想的な光景に、思わず皆動きを止めてしまっていたけど、やがてローゼマリーの様子がおかしい事に気が付いた。
「何よ、これ……。どうして身体が動かないのよ!?」
どうやら、この光を浴びた事でローゼマリーは身動きが取れなくなったらしく、不可思議な現象を目の当たりにして俺達も戸惑う。
光の粒子は少しずつ数を増していき、やがて俺達の方にも降り始めると、不思議と暖かな応援の想いが感じられ、疲弊した身を癒してくれた。
そんな奇跡的な状況の中、上空からメノウが叫ぶ声が聞こえてくる。
「フェリクス、ティリア! それは世界中の人々の願いの力じゃ! それが、奴の神秘の石碑に反応しておる! 誰もが皆、魔王による支配を望まず、其方らの勝利を願った結果じゃよ!」
そう言われて、俺もはっと気が付く。
神秘の石碑は人の願いに呼応する神代の宝具であり、ローゼマリーはその力を用いて魔王との融合を果たした。
だけど、それを上回る願いの力があり、二つの願いが相反するなら、ローゼマリーの願いは大きく阻害され、あるいは叶わなくなってしまうだろう。
この千載一遇の機会を逃す訳にはいかず、俺はティリアと見つめ合って互いに頷くと、お互いに最強の秘奥を発動する。
「これが最後の一撃だ――[ファーブニル・レガリア]!」
「其は魔を祓い勝利をもたらすもの――顕現せよ[神威の聖剣]!」
それを見て、ローゼマリーは一瞬顔を引きつらせたけど、すぐに強気な表情へ戻って吼える。
「その程度、耐えてみせる! 耐え切ってしまえば、今度こそ私の勝ちよ!」
そう言って最後の抵抗を見せるローゼマリーを気にする事無く、俺はティリアを抱き寄せて、それに合わせてティリアも俺にそっと寄り添う。
そして、俺達は[ファーブニル・レガリア]と[神威の聖剣]を一つに合わせていき、二人で一つの光り輝く神剣を創造して掲げた。
「こんな……事って……」
俺とティリアの想いが一つになった事で、竜騎士と聖女の力もまた一点に集束していく。
やがて、その力が世界を破滅させんとするモノを断ち切る刃に昇華した事を理解して、俺達は互いに同調しながら神剣を振り下ろした。
「これで最後だ――「愛しい人と共に歩む未来のために!」」
「こんな結末、私は認めない! こんな、馬鹿なあああああああああーー!!」
ティリアと二人で光り輝く神剣を振り抜くと、神剣は触れた先から魔王の身体を消滅させて無に帰していく。
更には、ローゼマリーと魔王を繋ぐ要石となっていた神秘の石碑をも粉砕し、それは奴の野望が泡沫となって消えた事を示していた。
その跡には、砕かれた神秘の石碑やボロボロになった魔王の躯と共に、ローゼマリーが力無く呆然と横たわっていた。




