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第73話 繰り返されてきた世界

 俺が聖女の杖を破壊した事で、杖は神秘の石碑(ルーンストーン)へと姿を戻し、それを抱えてローゼマリーはマリウスのところへ後退する。

 その間に俺とティリアも合流し、奴らに近付いていくと、ローゼマリーは尚も勝ち気な態度を崩さずに俺を見据えた。


「大したものね、王子様。まさか、魔王がこうも容易く攻略されるとは思って無かったわ」


 俺達はそれを相手にする事無く奴らに近付いていくけど、次の彼女の言葉を聞いて思わず足を止めた。


「それでフェリクス・リンドヴルム、貴方は何者なのかしら? ()()()()()()()()()()()()()()に貴方はいなかったはずよ」

「……どういう事だ?」


 ローゼマリーの発した予想だにしない言葉を受け、俺は彼女へ問い掛ける。

 俺達の困惑を見て、ローゼマリーは微笑を浮かべながら信じ難い話を始めた。


「この世界は幾度となく繰り返しループしているのよ、少しずつ改変しながらね。私にはこれまで上書きされて消えていった、かつての周回の記憶がある」


 ローゼマリーの一言を受けて、俺は驚愕から完全に足を止めていた。

 その傍らで、ティリアは話が理解出来ていないらしく、困惑を浮かべて戸惑っている。

 そんな俺達の反応を見て、ローゼマリーは自らの知る真実を語っていく。


「少し昔話をしましょうか。とある貧民街スラムに一人の少女がいた。そこでの生活は死と隣合わせで、少女は日々の糊口を凌ぐためなら何でもやった。幸い、少女は見目に恵まれていたから、それを生かせば何とかなったわ」


 ローゼマリーはそこでティリアに一瞬敵意を向けて、再び話へ戻る。


「ところが、命を繋ぐことは出来ても、少女には生きる理由が見い出せなかった。仕方が無いわよね、少女は自らの尊厳を切り売りしていたのだもの」


 痛ましい話にティリアはショックを受けていたけど、その一方でローゼマリーは今度は優し気な表情へと変わる。


「でもね、そんな少女にも真剣な想いを寄せてくれた男性がいた。彼は大金を用意して少女を見受けし、何も知らない少女に一つ一つ教育を施して、共に人生を歩もうとしてくれた――あの日が来るまでは」


 ローゼマリーはそこで話を区切ると、俯いて自らの表情を隠す。


「あの日――少女が家に帰ると彼は惨殺されていて、やっと掴んだかに思えた小さな幸せは消えていった。犯人は武装した強盗で、少女を見受け出来るほどの大金がある家だから狙われたとだけ聞いた」


 そこまでを話してから、ローゼマリーは再び顔を上げると、心情を悟らせないように微笑む。


「男性はアストライア聖教の熱心な信者だったから、遺された少女にも救いの手が差し伸べられた。だけど、教会に修道女見習いとして引き取られるはずが、気が付けば()()()()()()が少女を見受けする話へと変わっていた」


 その後の展開が容易に想像できる流れに、俺達は苦渋の思いを感じたけど、ローゼマリーは気にも留めず淡々と語る。


「少女は枢機卿の求めに応じて、枢機卿の愛妾になった。一旦受け入れてしまえば、枢機卿も少女に様々な教育を施してくれて、少女は世の中について学んでいった。そんなある日、枢機卿も油断していたのか、しとねの中でつい口を滑らせた」


 そこでローゼマリーは表情を一変させ、とある枢機卿(デリック)を思わせる様な嫌らしい笑みを浮かべた。


「『あのような弱者がお前を娶ろうなど、分不相応な事をした報い』『所詮、この世は弱肉強食。弱ければ喰われるのみで、強者が全てを手にする』と、あの男は少女に嘯いた。でもね、それは少女にとって天啓だった。聖教の欺瞞に満ちた教義よりも、この世の本質を突いていると自らの経験からも理解出来たもの」


 そこまで語り終え、ローゼマリーは表情を微笑に戻す。


「それが、私の一周目の世界の記憶。気が付けば、私はまた貧民街スラムの幼い少女に戻っていた。でもね、一周目の知識は残っていたから、二週目はより良く生きられるはずで、事実、私は一周目よりも上手に生きる事が出来た」


 続いて、ローゼマリーは珍しく困惑した表情になる。


「ところが、それからもこの世界はループし続けた。巻き戻る時間は一様ではなく、数ヶ月程度の時もあれば、再び幼い少女に戻る事もあった。そして、私はこの終わらない世界を生きていくうちに気が付いた。このループの原因となったであろう、神の如き『造物主』の存在に」

「どういう……ことだ……?」


 想定の埒外としか言い様が無い話に、俺は困惑から思わず疑問を漏らす。

 それに対して、ローゼマリーは我が意を得たりという風に、高らかに告げる。


「簡単な事よ。『造物主』の意を酌んで動けば全てが上手く行き、次の周回でより良い立場を得る事が出来たのだから。だからこそ、私は『造物主』を理解し、その望みを叶え続ける事で今の力を得るに至ったのよ!」


 ローゼマリーの話はあまりにも荒唐無稽で、この世界の人達には異質なものに映るだろうけど、俺にはその内容が理解出来る気がした。

 彼女が『造物主』と語ったのは、恐らくはアストレア・クロニクルのシナリオを改変したとされる制作責任者プロデューサーで、神の如き力で世界を改変しつつも人間臭さを感じさせる存在だったからこそ、ローゼマリーも神とは異なる存在としてその様に呼称したのだろう。


 俺がこの世界に転生するとき、女神も二つの世界の繋がりを示唆していたし、作成途中のゲームとこの世界が繋がった事でループが始まったと仮定するなら、ローゼマリーの話と辻褄が合うように思えた。

 そうであるなら、制作責任者プロデューサーが『真の聖女』に必要以上に入れ込んでいたという噂も真実で、正確にはローゼマリーがそうなる様に上手く誘導し、仕向けていたという事になるのだろう。


 思わぬ話を聞いて足を止めた俺達を見て、ローゼマリーはニヤリと嗤い、唐突に神秘の石碑(ルーンストーン)を掲げて叫んだ。


「油断したわね。神秘の石碑(ルーンストーン)よ、我が身と魔王を一つにしなさい!」


 すると、神秘の石碑(ルーンストーン)から強大な力が溢れ出し、ローゼマリー達を包み込む。

 その濃密な力の奔流に曝されて俺達が身動き取れずにいる中、ローゼマリーと魔王の巨体は神秘の石碑に導かれるまま融合していく。


「お、おお……! 遂に、私はローゼマリー様と一つになれるのですね……!」

「いいえ、この世界を統べるのは私一人で良いの。だからここでお別れね。これまでありがとう、マリウス」

「な……、ローゼマリー様何を……。あああああああああーー!!」


 二つの身が一つになっていく最中、ローゼマリーは魔王の体内に手を差し込んで、マリウスの存在を消滅させていく。

 やがて、融合が終わると力の奔流も収まり、ローゼマリーは魔王の身体を確かめながら告げた。


「私の昔話を聞いてくれてありがとう。お陰で、神秘の石碑(ルーンストーン)に願いを込める時間が稼げたわ」


 それから、ローゼマリーは俺達を睥睨して、酷薄な笑みを浮かべる。


「これが本当に最後よ。貴方達に敗れるくらいなら、私は魔王となり世界の支配者となる事を望む! それを止められるかしら、お二人さん」


 ローゼマリーはそう言って、魔剣を俺達に向ける。

 正真正銘、これが本当に最後の戦いだ。

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