第72話 魔王との戦い
「行くぞ、竜騎士フェリクス!」
そう言うと、魔王マリウスは人間の頃よりも遥かな巨体でありながら、驚く程の速さで俺達に向けて突進して来る。
その勢いのまま、魔王マリウスが振るった強烈な魔剣の一撃を受け、俺は受け止めるのが困難とみて逆らわずに後退する。
その結果、俺達は分断され、俺とマリウス、ティリアとローゼマリーがそれぞれ一対一で対峙する形になった。
「……素晴らしい。今の私なら、君に力負けする事は無い!」
そう言って、マリウスは次々と魔剣による連撃を繰り出してくる。
しかし、その斬撃は確かに重く強烈なものの、技の無い力任せの一撃でもあり、俺はそれをいなしながらカウンターで一閃を見舞う。
ところが、ダメージを与えたのも束の間で、あっという間に傷が修復するのを見て、俺は驚きを隠せなかった。
「驚いたかい? 魔王の身体は壊せないのさ」
「……どういう事だ?」
マリウスの言葉に俺が短く疑問を返すと、奴は嫌らしく嗤いながら、自らの身体について説明していく。
「君は、魔王の身体が何故封印されていたか、その理由は考えなかったのかな? 本来なら消滅させておいた方が良いのにね」
「……何が言いたい?」
「その答えは簡単さ、魔王の身体は壊せない。それ故に、封印しか出来なかっただけなんだ」
「な……」
「もっとも、聖女レフィアと竜騎士ジークは魔王を斃しているから、不死身と言う訳でもなかったんだけどね」
そこまで語ったところで、マリウスは興が乗ったのか、哄笑しながら続ける。
「でもね、私は別さ。ローゼマリー様の[霊魂再来]があれば、私の魂が尽きる事は無い! 即ち、今の私は名実共に不死身の魔王となった訳だ!」
更に、奴は防御を顧みない攻撃を続け、俺の反撃で切り裂かれようとも気にも留めずに迫ってくる。
「たとえ君の王権を以ってしても、私を仕留め切る事は出来ないだろうね。残念ながら、この戦いは始めから勝負が見えていたのさ!」
マリウスはそう言いながら、今度は闇魔法と剣戟を組み合わせて俺を蹂躙しまいと追撃を仕掛けてくる。
闇魔法を避け切れず傷を負う俺を見て、奴は勝ち誇った様に嗤った。
「ははははは……、この魔法も新しく得た力さ! 私は守るべき主――ローゼマリー様より弱い事に、ずっと劣等感があった。だけど、これからは違う! この力があれば、私はローゼマリー様と共に在り続ける事が出来る!」
マリウスはそう言いながら、魔法と剣による猛攻を続ける。
一切の守りを必要としない、攻撃一辺倒のそれは極めて苛烈で、俺は致命傷を受けない様にギリギリの戦いを続けながら、打開策を模索していた。
◆ ~Tillia's point of view~ ◆
フェリクスさんと分断された後、すぐにローゼマリーさんが聖女の杖の魔力刃で私に迫ります。
私はそれを聖杖アストレアで受け止めて、気合負けしない様にローゼマリーさんを見返しました。
「へえ……、随分と出来る様になったのね。見違えたわ」
「私も、守られてばかりではいられませんから」
そんな私を見て、ローゼマリーさんは次の斬り合いで反動に逆らわず、一度後退します。
「でも、まだ甘いわ。だから、王子様と合流される前に死んで貰うわね」
ローゼマリーさんはそう言いつつも攻撃に移る素振りが無く、私が不審に思った瞬間、その姿が搔き消えました。
――いけない!
そう気付いた時には遅く、私はローゼマリーさんの強烈な一撃を受けて、大きく弾き飛ばされていました。
「[蜃気楼]の幻影よ、聖女さん。最早、聞こえていないでしょうけど」
ローゼマリーさんはそう言って私の元を去ろうとしましたが、私がすぐに立ち上がるのを見て驚きを浮かべます。
「ありがとう、アイギス」
「なるほど、神盾アイギス……厄介なものね」
ローゼマリーさんは、憮然とした表情でそう呟きます。
確かに、今のは必殺の一撃と言って良く、アイギスの防御が無ければ私は殺されていたでしょう。
フェリクスさんとの旅を経て尚、彼女との間に隔たる大きな実力差を感じつつ、聖杖と神盾という二つの神代の宝具を以って、私は戦い抜く覚悟を決めます。
「たとえ私が貴方に劣っていても、この戦いに負ける訳にはいかない!」
「……ちっ。これだから、貴女は気に入らないのよ!」
私がしぶとく食い下がったのが気に入らないのか、ローゼマリーさんは苛立った表情になると、その長身を生かして次々と苛烈な攻撃を仕掛けてきます。
それに対して、私は聖杖と神盾で必死に身を守りつつ、僅かな隙を見つけて反撃を繰り出しました。
しかし、ローゼマリーさんはそれを読んでいた様で、事も無げに躱すと逆に強烈な蹴りを見舞われ、私は後ろに吹き飛ばされました。
「……私は最初から貴女が気に食わなかった。良い子ちゃんを絵に描いた様な貴女が」
ローゼマリーさんはそう言うと、更に聖女の杖の一撃で迫り、私は何とかそれを聖杖で受け止めます。
「折角、聖女に選ばれたというのに馬鹿じゃないの!? これほどの力を得ながら何も成さず望まず……、気味が悪いったら無いわよ!」
「……確かにそうだったかもしれません。貴方と出会った時の私は、お義父様の命に従う人形の様なものでしたから」
私がそう肯定すると、ローゼマリーさんは意外そうな表情に変わりました。
それを見て、私は鍔迫り合いを押し返しながら続けます。
「『聖女は強い力を持つが故、清廉であらねばならない』『人の世を守るための人柱』……、その様に教えられ、私もそれに疑いを持っていなかった。でも!」
私はそこで言葉を区切り、一気に力を込めてローゼマリーさんを弾き返します。
私に競り負けたのが余程意外だったのか、ローゼマリーさんは驚いた顔で呆然としていて、そんな彼女に向けて私は想いの丈を告げます。
「今は違う! フェリクスさんが私を連れ出してくれたから! 私の知らない世界を教えてくれたから! だから、私はフェリクスさんと一緒の未来を望む! そのためなら、貴方にだって勝ってみせる!」
「……言うじゃない、温室育ちの甘ちゃんがーー!!」
私の言葉を聞いて、ローゼマリーさんは激昂すると、聖女の杖に力を集束して強烈な一撃を放ってきました。
私はアイギスの防御を一点に集中して対抗しますが、完全には防ぎきれずに大きく後ろへと跳ね飛ばされます。
アイギスの防御があったにもかかわらず相当なダメージがありましたが、大技を放った後なだけに、ローゼマリーさんもこれ以上私を追撃出来ないでいます。
やがて地面に激突しようという頃に、私は愛しい人に優しく受け止められ、私達の作戦が上手く行った事を知りました。
「大丈夫? 頑張ったね」
「はい、ありがとうございます!」
私は名残惜しさを感じつつも彼の手を離れ、予め準備を終えていた[神威の聖剣]を発動します。
「ここからは交代だ。君は魔王マリウスを頼む」
「はい! フェリクスさんはローゼマリーさんをお願いします!」
私達はそう言って、お互いの決闘相手を変えます。
私が本当に倒すべきは魔王と化したマリウスさん――
闇と不死の力を得た相手に対し、私はそれを浄化する神聖な刃を振りかざしました。
◆ ~Felix's point of view~ ◆
ティリアと決闘相手を入れ替えて、俺はローゼマリーへと斬りかかる。
ローゼマリーは焦った顔でマリウスとの合流を模索した様だけど、俺の剣戟から逃れる事は難しく、むしろ引き離されていく状況に歯噛みしていた。
「くっ……、こんな事って」
「形勢逆転だな。お前の剣技では俺には勝てない。そして――」
「うがあああああああーー!! 何だ、この身体が灼ける様な痛みは! そして、何故身体の自由が利かないんだああーー!?」
そこまで言ったところで、ティリアの[神威の聖剣]がマリウスを捉えた様で、奴の絶叫が聞こえてきた。
予想通り、[神威の聖剣]は今の奴にとって致命的な一撃になったらしい。
「魔王マリウスも神聖魔法の前では無力だ」
俺はそう言いながら神剣の強烈な一閃で聖女の杖を砕き、切っ先をローゼマリーに突き付けて告げる。
「今度こそ王手だ、ローゼマリー」
これまでの戦闘が嘘の様に、禁断の地ザヴィヤヴァは静まり返っていた。




