第68話 聖教国の内情
俺達はウリクセスに先導されるまま、大聖堂の荘厳な雰囲気を感じつつ、その中を歩んでいく。
幸いにして、俺達を害しようとする者はもういない様で、やがて開けた部屋へと案内された。
そこには理知的で優し気な雰囲気の女性がいて、俺達を見ると柔らかに微笑んでから一礼する。
「お初にお目に掛かります、フェリクス王、ティリア妃。私はソフィア、聖教の枢機卿を務めさせて頂いております」
もっとも、彼女が見た目通りだけの人物でない事は、その傍らに『天使』を召喚した男が身動き取れない様に拘束されている事からも明らかで、俺は顔が引きつりそうになりながら礼を返す。
「竜王国の王位を継承したフェリクスです。ですが、未だ若輩者ですし、普通に話して下さって構いません」
「陛下の妻のティリアです」
「改めてになるが、竜王国の巫女メノウじゃ」
「ふふ。では、この場ではフェリクスさん、ティリアさん、メノウさんと呼ばせて頂きますね」
ソフィアはそう言うと、今度は足元で藻掻いている男を見下ろして、俺達に説明する。
「この者はガスト、私と同じく枢機卿の立場にあった者です。ですが、以前より黒い噂が絶えず、遂には魔物を操って皆様を殺害せしめようとしましたので、こうして拘束しているのですわ」
そう言って微笑むソフィアを見て、俺達は一様に引き気味になったけど、そこに突然の来訪者が訪れた事で、その雰囲気は有耶無耶になる。
部屋に入って来たのは質実剛健で実直そうな壮年の騎士で、彼は俺達を見た途端に剣に手を掛け、それをソフィアが咎めた。
「貴様ら何者だ!」
「お止めなさい、ジョルジュ! この方達は私の客人です」
「客人……だと? ならば、何故ガストは拘束されている!?」
「この者はあろう事か、私の客人に対し魔物を嗾けたのよ。仮にも枢機卿の立場にある者がして良い行為ではないわ」
「なん……だと……」
続けてソフィアがガストの所業を説明すると、あまりに想定外だったのかジョルジュは絶句する。
更に、俺達が聖教国を訪れた理由――デリックやローゼマリーの起こした事件について話していくと、彼の顔が青ざめていくのが見えた。
「貴方も枢機卿の立場にあるのですから、我々がどれほどの罪を犯したのか理解出来るでしょう?」
「……ああ。フェリクス殿、我が国の者達の行いについて謝罪する。それと、先程は威嚇してすまなかった」
俺達はジョルジュの謝罪を受け取ると、聖教国を訪れた本題を語っていく。
その上で、ローゼマリーが聖教国に戻って来ていないかを確認すると、ソフィアもジョルジュもその報告は受けていないらしい。
そこで、ガストの猿轡を外して確認すると、最初こそ俺達に悪態を吐いていたものの、ジョルジュが剣を抜いた途端に怯え出し、知っている事を話し始めた。
「ローゼマリーの行き先は本当に知らんのだ。そもそも、デリック殿やあの女は自らの策略が破られるなど、露ほどにも思っていなかったろうよ……」
「女神アストレアに誓って言えるか?」
「も、勿論だ。そもそも、私はデリック殿の腰巾着でしかなく、彼らがその腹の中で何を企んでいたかまでは知らぬのだ!」
ガストは、ジョルジュの剣に震えながらそう白状する。
ソフィアやジョルジュの認識とも相違は無さそうで、ガストはデリックの腰巾着をしながら私腹を肥やしてきた類の小物らしい。
それ故に、デリックやローゼマリーも謀略の要を教える事はなく、またいざという時に頼る相手とはなり得なさそうだった。
それでも、ガストの拘束を解かず更に尋問を続けていくと、何も知らない訳では無さそうで、幾つか気になる事を喋り出す。
その結果、明らかになった事実として、白命病はデリックが主導して竜王国やセルファンス辺境伯領に蔓延させていたらしく、エルディンの語った話の裏付けが取れた格好になった。
その目的は敵対勢力の弱体化で、デリックはかなり早い段階から、聖教国を頂点とする統一国家樹立の野望を抱いていた事が推測された。
「これで知っている事は全てか?」
「……彼らについては以上だが、トーマス教皇に対しデリック殿は気になる事を言っていた。何でも、『真実を明らかにしようなどとは愚か者のする事だ』と……」
その後、トーマス教皇は突然の病に伏せて今も意識が戻らないらしく、ガストもデリックが何かをしたと考えた様だけど、その詳細が伝えられる事は無かったらしい。
「何故それを先に話さない! くそっ、デリックめ! トーマス聖下をもその手に掛けていたというのか!」
「私はデリック殿の腰巾着にしか過ぎんのだ、語れる訳がなかろう。それに、デリック殿が何かをしたという証拠もない」
激昂するジョルジュに慄きつつも、ガストは何とかそれだけを語る。
それを聞いた後、ここまでの沈黙を破ってソフィアが二人に告げた。
「ジョルジュ、落ち着いて。それこそが、私がフェリクスさん達を客人として招いた理由の一つでもあるのです」
それから、ソフィアは俺達に向き直って、祈りを捧げる様に語っていく。
「突然のお願いで申し訳ありません。ウリクセスとペネロペから話を聞き、ティリアさんの神聖魔法ならトーマス教皇を救えるのではと期待しておりました」
思わぬ要請に目を白黒させているティリアの反応を待たず、ソフィアはその手を取ってぐいぐい押していく。
「トーマス教皇を苛んでいるのは、恐らく偽神アルコーンの術か、闇の宝玉の力なのでしょう。であるなら、私達としてもティリアさんを頼るより他なく……、どうか私達を助けると思ってお願い致します」
そう話した後に、有無を言わさぬ雰囲気のまま頭まで下げられ、ティリアは思わずという風にコクリと頷く。
今回の件は交換条件として悪い話ではないけど、穏健派の筆頭ながらも一筋縄ではいかない辺り、ソフィアも枢機卿という立場にある事を改めて理解する。
そんな事を考えつつ、俺達はトーマス教皇の病床へと案内されていった。




