第67話 偽りの信仰が終わる時
翡翠を駆ってしばらく経つと、聖教国の法都ユーストゥスが遠目に見えてくる。
騎士王国の王都ブルグントとの直線距離は意外と近かった様で、このまま行けば日が高いうちに辿り着けるだろう。
もっとも、それは空路だからこその話で、途中の険しい山々や大森林を陸路で踏破しようとするなら、困難な旅となったに違いない。
法都ユーストゥスが見えた事で、メノウは翡翠から降りて自力で飛行し始める。
「ティリアよ、あの国を制すには其方の働きが重要じゃ。準備は良いな?」
「はい! まずは、念のため[聖域結界]とアイギスで防護しながら進むんですよね」
「うむ。後は、妾の喧伝に奴らがどう出るかじゃが、神聖魔法を見せ付ける事が一番の役目と覚えておくのじゃぞ」
メノウはそこまで話すと、続いて俺に向けて確認を行う。
「フェリクスはいざという時の切り札じゃな。考えたくはないが、聖教国が偽聖女の手に落ちている可能性もあるが故、その時は其方の王権が頼りじゃ」
「……そうならない事を祈っているよ」
そこまで話してから、俺達は法都ユーストゥスへ一気に突っ切っていく。
法都ユーストゥスの上空を飛んでいると、大聖堂に近付くにつれ、貴族も斯くやという程に豪奢で煌びやかな建物が目立つようになり、俺は思わず顔を顰める。
その一方で、地上では俺達に気付いた人も少しずつ増えてきた様で、街中が騒ぎになりつつある中、大聖堂を前にして作戦を開始した。
まず最初にメノウが前に出て、集まって来た野次馬達に向けて宣言する。
「アストライア聖教の信徒達よ、妾はリンドヴルム竜王国の巫女メノウじゃ! 今日は其方らの所行に抗議をすべく参った!」
野次馬達は翡翠の存在を恐れつつも、メノウの事は年端もいかない少女と認識した様で、恐れよりも興味の方が勝っている様に見える。
「一つ! この国の枢機卿を名乗る人物が我が国の霊廟に侵入し、破壊の限りを尽くそうとした!」
とは言え、メノウの言葉は捨て置けなかった様で、その内容を聞いた野次馬達のざわめきが大きくなる。
だけど、メノウは彼らの反応を一顧だにする事なく、一気に本題へと入った。
「もう一つ! この国の聖女を名乗る人物が、我が国の友好国たる騎士王国の王位簒奪を企て、あまつさえ魔物を使役し王都を破壊し尽くそうとした! 我々はこれらの侵略行為に断固として抗議し、また貴国の見解を求める所存じゃ!」
そこまでメノウが語り終えると、信徒達に驚きが広まったものの、聖教の信仰を貶める悪質な流言だとの声が支配的で、人々の反応は芳しくなかった。
そんな信徒達を見下ろしたまま、メノウはニヤリと笑うと、俺達の切り札――竜宝玉の映像を最大の大きさで映し出す。
「確かに、言葉だけでは真偽は分からんじゃろう! ならば、我々が王位簒奪を防いだ時の映像を映す故、その目で見て理解するが良い!」
映像が流れ出すと、最初こそノートゥング王がローゼマリーの功績を称えており、信徒達は皆誇らしげにそれを見つめる。
しかし、すぐにその雰囲気は一変し、謁見の間で突然戦闘が始まり、ローゼマリーがノートゥング王に斬りかかると、信徒達から悲鳴が上がった。
更に、ローゼマリーが偽物の聖女と白状した上で本物の聖女を罵倒し出したのを見ると、彼らの顔からは生気が失われ、一様に呆然としていた。
最後に、ローゼマリーが魔公爵マグナスを召喚して逃げ出すところまでを映し終えたところで、自身の信仰を穢されたと感じたのか、信徒達からはローゼマリーや聖教国の上層部への批判の声が聞こえ始め、騒動は大きくなり始めていた。
流石にこの状況は捨て置けなかったらしく、大聖堂から豪奢な法衣を纏った中年男性が姿を現すと、音声を増幅する魔道具で大声を張り上げる。
「静まれ! その者共は、アストライア聖教を破戒せんとする邪教の手の者だ! 邪教徒の言葉に惑わされ、信仰が揺らぐなどあってはならぬ!」
男の言葉には一定の効果があり、信徒達は一瞬静まり返る。
しかし、男は焦ったのか、俺達を排除しようと動いた次の一手が致命的な落手となった。
「邪教徒共よ、我らの信仰を穢した罪を贖うが良い! 『天使』よ、あの邪教徒共を始末せよ!」
男はそう言って、二体の『天使』を召喚して俺達に嗾ける。
しかし、聖教国の上層部の命に従い異形の魔物が空を舞うのを見て、信徒達は信じられないものを見た表情になり、遂には心折れて覚めない悪夢に諦観する事しか出来なくなっていた。
それを見て、作戦が上手く行った手応え感じつつ、ティリアが止めとなる一撃を発動する。
「其は魔を祓い勝利をもたらすもの――顕現せよ[神威の聖剣]!」
そして、ティリアは[神威の聖剣]を手に取ると、二体の『天使』を紙でも切る様に叩き切って浄化していく。
[神威の聖剣]の神々しいまでの輝きは、心折れた信徒の信仰心を刺激した様で、やがて信徒達はティリアに跪いて祈りを捧げ始めた。
それを見て、メノウはダメ押しの一言を告げる。
「其方らも分かったじゃろう、邪教徒が誰なのかを! そして、この娘――ティリア・リンドヴルムこそが真の聖女じゃと!」
今度は、彼らもメノウの言葉をすんなり信じられたらしく、祈りの声だけでなく歓声や謝罪も聞こえてきた。
そんな状況の中、気が付けば『天使』を嗾けた男は神殿騎士によって拘束されており、神殿騎士達の中から見覚えのある一人が俺達に向けて声を掛けてくる。
「フェリクス王、ティリア妃、こんなに早く再会するとは思ってなかったけど、歓迎するぜ!」
話し掛けてきたのはウリクセスで、傍らにはペネロペの姿もあり、随分と早い再会に思わず苦笑する。
「これからソフィア様がお会いになる! こっちまで来れるか?」
そう言って先導するウリクセスに従って、俺達は大聖堂へと降り立った。




