第64話 逆転劇
[絶対なる魅了]が解けて謁見の間が騒然とする中、俺はティリアを守りつつ、国家転覆の謀略が失敗に終わった事をローゼマリーに告げる。
神殿騎士の二人から得た情報も元に、ローゼマリー達の狙いや動きを想定して臨んだ結果、無事に奴らの野望を阻止出来た。
特に、ティリアの[神聖解呪]が決定打になった形で、それを労おうとしたところ、彼女は後ろから抱き着いてくる。
「フェリクスさんが無事で本当に良かったです……。演技とは分かっていても、私の声が届かなかったのはとても悲しかったですから……」
「……ゴメン。奴らの企みを打ち破るためとはいえ、辛い想いをさせたね」
「私も承知の上でしたし。それに、私はもうフェリクスさんから離れませんから」
ローゼマリーの企みを阻止するためとは言え、奴に魅了された振りをした事がティリアのトラウマを刺激したらしく、彼女は本当に涙ぐんでいた。
そんなティリアを慰めていると、ローゼマリーも失意から我に返った様で、奴は苛立ちを滲ませた声で問い掛けてくる。
「……仲がよろしくて結構だけど、どうして私の[絶対なる魅了]に耐えられたのかしら? あれは、愛があれば克服出来るような、安っぽい術ではなくてよ」
ローゼマリーの疑問はもっともであり、奴が魔王の妹の禁術を使える事を事前に察知できなければ、俺達も危うかったかもしれない。
デリック枢機卿の残した痕跡やウリクセスとペネロペの証言から、かつての魔王との争乱の記憶を元にメノウが最悪の可能性に気付いたからこそ、こうして対抗出来たのだと思う。
そう思い返しつつ、俺はおどけた風に答えを返す。
「確かに、ティリアへの愛が故とか言えれば恰好良かったんだろうけど、実際にはコイツのお陰だよ」
俺はそう言って、奴らにも見える様に自身の左薬指を掲げた。
「これには聖女の力が限界まで込められていてね、[絶対なる魅了]の精神操作からも護ってくれた」
俺がそう説明すると、ローゼマリーはプライドを傷付けられた様な顔をしたまま、呆然と立ち尽くす。
それでも、傍らで聖騎士マリウスが何事かを耳打ちした途端、ローゼマリーは強気な表情に戻って足掻きを見せる。
「……そう。確かに、この場は貴方が上手だった様ね。でも、これで勝ったと思ったなら大間違いよ!」
「何が言いたい?」
「もう既に、『聖女ローゼマリーが魔王を討伐した』と公布してあるでしょう? そんな私を貶める事は、アストライア聖教との聖戦を意味するわ! 貴方達にその引き金を引く勇気があるのかしら?」
ローゼマリーはそう言って、勝気に嘲り笑う。
確かに奴の言い分は一理あり、このまま奴を捕らえて処刑したとしても、今度はアストライア聖教の特に狂信者共との『聖戦』が待っているだろう。
しかし、そんな奴の足掻きは竜宝玉から聞こえてきた声に否定される。
『……あー、あー。フェリクス、妾の声は聞こえておるかの?』
「ああ、聞こえているよ」
『うむ。では、そこの偽物――ローゼマリーと言ったか? 残念ながら、其方の野望は終いじゃ。実際に映像を見る方が早い故、フェリクスよ頼んだぞ』
「了解、これで良いか?」
俺はそう言うと、竜宝玉を目の前に掲げて、メノウから送られてくる映像を大きく映し出す。
竜宝玉の神代の宝具としての想定外の機能に、謁見の間からどよめきが漏れたけど、映し出された映像に誰もが皆静まり返った。
そこには、魔王討伐が偽物の聖女の偽りの功績と知った民衆が、怒りのままアストライア聖教の関係者に詰め寄っており、その一方で、アストライア聖教の信徒達は自らの信仰が偽物だった事を知って力なく立ち尽くしたり、民衆に謝罪する様が映っていた。
やがて、ローゼマリーもこの映像の意味に気付いた様で、奴は憤怒の表情になって竜宝玉を睨みつける。
「その神代の宝具はまさか……!」
「そう、そのまさかさ。竜宝玉に映った姿や声は、メノウの竜魔法を介して、もう一方の竜宝玉に映し出す事が可能になる。この映像は、メノウが見ている光景そのものだ」
そこまで俺が話すと、そこからはメノウが煽る様に説明を引き継いだ。
『そんな訳でじゃ、先程までの其方らの所業はしっかりと映し出されておったからの。偽物の真の顔を見聞きした時の信者共の顔は傑作じゃったぞ!』
更に、メノウは止めとなる一言をローゼマリーに告げる。
『それとな、この映像は水晶球を通じて国中余す事無く伝えておるから、安心するが良い』
「国……中……ですって!?」
『如何にも。水晶球は元来竜宝玉の子機に当たる故、映像を映し出す分には問題無いからのう。名実共に、国一番の有名人になった気分はどうじゃ?』
尚もローゼマリーを煽ろうとするメノウの映像を打ち切って、俺はノートゥング王に目配せする。
竜宝玉の映像を見て、民衆がああも簡単に状況を把握出来たのは、ローゼマリーが聖女として積極的に顔を見せてきたのが裏目に出たのと同時に、ノートゥング王がこれまで民衆と触れ合ってきた成果でもあるのだろう。
ノートゥング王は僅かに黙考した後、ローゼマリーに向けて無慈悲に宣告した。
「メノウ殿の言葉は事実だ。先程までの其方らの所業は、余すところなくノートゥング騎士王国中に伝達されておるよ」
「馬鹿な……、こんな事って……」
「さて。全てを欺き、我が国を転覆しようとした大罪人ローゼマリーよ。其方とその仲間共は全て拘束し、聖教国には厳重に抗議させて頂く」
ノートゥング王がそう言うと、部屋の外から近衛兵がなだれ込んで来て、ジェラルド達や聖教国と通じていたと思わしき貴族達を拘束していく。
その手がローゼマリーにも及ぼうとしたところ、マリウスは彼女を守りつつ叫んだ。
「ローゼマリー様、一旦ここは引きましょう! 魔杖に[霊魂再来]を!」
マリウスの一喝が効いたのか、ローゼマリーははっとして、魔法を唱え出す。
「バレステイン侯、これで貴方の野望も潰えてしまった訳だし、最後くらい私の役に立って貰うわ――[霊魂再来]」
「な……! 貴様、私を捨て石にしようと言うのか! ……がああああーー!!」
偽神アルコーンも使用していた[霊魂再来]によって、バレステイン侯が苦しみ出したのも束の間、やがて彼の身体を強大な闇の魔力が包み出したかと思うと、それを衣の様に纏って別人の声で語り出す。
「……聖女を僭称する女か。という事は、今の儂は貴様に使役される身という訳だな……」
「分かっているなら結構よ。ここは、貴方が手中に収めんと渇望していた、騎士王国の王城と言えば分かるかしら?」
ローゼマリーの一言を聞いて、バレステイン侯は驚いた後に、歓びの表情へと変わる。
「……そうか。貴様に使役されるなど業腹もいいところだが、この状況下なら貴様の望む様に踊ってやっても構わぬ」
「ええ、存分にね」
ローゼマリーはバレステイン侯とそこまで話すと、今度は俺達に向けて酷薄な表情になって告げる。
「悔しいけれど、ここは引いてあげる。その代わりに、彼――魔公爵マグナスが相手になるわ。王都中枢が戦場になる事で、果たして何人が犠牲になるかしらね!」
ローゼマリーがそう言うと、傍らのマリウスが帰還石を使い、二人で何処かに消えていく。
しかし、俺達には奴らの転移を妨害する余裕は無かった。
謁見の間が再び混乱に陥る中、俺とティリアは人々を守るために魔公爵マグナスと対峙していた。




