第62話 『真の聖女』の凱旋
◆ ~Another point of view~ ◆
魔王討伐の報せがもたらされてからというもの、ノートゥング騎士王国内は何処も彼処もお祭り騒ぎとなっていた。
魔族や魔物の侵攻に怯える必要がなくなり、心理的な安心感を得られた事がやはり大きかったのだろう。
中でも、魔王を討伐した『救世の聖女』ローゼマリーへの称賛の声は大きく、聖女レフィアの再来、あるいはレフィアをも超えた歴代最高の聖女との声も沸き上がっていた。
彼女ほどでは無いにしても、聖女部隊の他のメンバーへの称賛もまた大きく、彼らが中心となっていくであろう聖教国と騎士王国の未来は明るいと、人々は希望に満ちた声で語り合っていた。
そんな讚美に彩られた帰路を、ローゼマリー達は歩んでいく。
その跡に、迷迭香の様な甘く爽やかな芳香を残しながら――
王都ブルグントの王城は、もう目の前に迫っていた。
王城でもローゼマリー達は歓待を受け、真っ直ぐに王の元へと歩んでゆく。
途中、湯浴みや盛装の打診もあったものの、これからを想定すると不要なため、『魔王を討伐したままの姿で謁見したい』旨を伝えて固辞する。
ローゼマリー達の希望はあっさりと通り、魔公爵マグナスを討伐した時の装備のまま、朝一番にノートゥング王と対面した。
いざ謁見してみると、ノートゥング王は多数の家臣や近衛兵に囲まれてはいるものの、実際に王を守護しているのは傍らに控えている年若い少年の騎士と少女の魔道士の二人のみの様で、騎士王国の分断が最終段階にある事を感じ取り、ローゼマリーは一礼をしつつほくそ笑む。
一方で、そんな謀略の匂いに気付く様子もなく、ノートゥング王は形式通りに謁見を進めていく。
「魔王討伐、誠に大儀であった。して、討伐の証明となるものがあれば、この場に提示せよ」
「こちらですわ」
ノートゥング王の要請に従い、ローゼマリーは討伐の証明として魔杖を提示する。
禍々しい魔力を発したままの姿に周りからはどよめきが漏れ、バレステイン侯が魔杖を丁重に受け取って確かめる。
「凄まじい闇の魔力だな。私もこれほどまでに危うい神代の宝具は初めて見る。……陛下、これだけの業物を操れる魔族は、それだけで魔王級と判定して良いと考えます」
「ふむ……。各地に侵攻していた、魔族や魔物が引き始めたとの報とも矛盾は無い、か。あい分かった。其方らは確かに魔王を討伐したと、ノートゥング王として認めよう」
ノートゥング王が功績を認めた事で、謁見の間はローゼマリー達への称賛と歓声に埋め尽くされる。
魔族や魔物の侵攻により領土や領民、家族を失った者も多く、彼らにとってローゼマリーは正に救世の聖女だった。
それから、ノートゥング王は順を追ってローゼマリー達の功績を称えていき、やがて話が褒賞に差し掛かる頃になると、にわかに謁見の間の雰囲気が緊張感を帯び始めた。
「魔王討伐という見事な功績を称え、其方らに褒賞を授けよう。何か望むものはあるか?」
「でしたら、私から宜しいでしょうか、父上」
「構わぬ。ジェラルドよ、申してみろ」
褒賞に対し、まず最初に息子から申し出があった事で、ノートゥング王は警戒する素振りも見せずに続きを促す。
「私の望みはただ一つ、この国の王位を頂きたい」
「……それはならん、王太子は既に公示されておる。お前は実の兄と争う気か?」
しかし、ジェラルドの要求が想定外だったのか、ノートゥング王は驚きを隠し切れない表情のまま、何とかそれだけを返す。
そんな父王を冷やかに見据え、ジェラルドは更に己が要求とその正統性を熱弁していく。
「勘違いしないで頂きたい。私が望むのは『王位』、王太子は兄上のままで構いません」
「何を言っておる! 余に王位を退けと言うのか!」
「いかにも。魔王を討伐した我々は英雄であると同時に、聖教国と騎士王国の未来を背負う同志でもあります。魔王を討伐した者達が共に手を携えていく事で、聖教国と騎士王国の関係はより強固なものとなり、この世界に恒久的な平和をもたらすでしょう!」
そんな息子を見て、ノートゥング王は溜息を吐きつつ、否を返す。
「大層な理想を吹き込まれた様だが、理想と現実は違う。実際に待ち受けるのは、疲弊した国土の復興や今回の騒乱で生じた難民の救済など、いつ終わるとも知れん地道な作業だ。そんな上辺の言葉だけで済むものでは無い」
しかし、そんな父の答えが萎びた老王のものと映ったのか、ジェラルドは鼻で笑って否定する。
「全く以ってくだらない。民に夢を見せるのも王の努めでしょうに、その様な在り方で、民が希望を持って我々について来てくれると本当にお思いか!?」
王を王とも思わぬジェラルドの物言いに、辺りは騒然となる。
そんな喧々囂々とした雰囲気は、ローゼマリーが口を開いた事で静まり返った。
「恐れながら、私はジェラルド殿下を支持致しますわ。殿下はまだお若いが故、実務の経験を始めとして足りないものは多々あるでしょう。ですが、民衆が今求めているものは希望です。であるなら、目の前の課題に追われて夢を語れなくなった王よりも、夢や希望に邁進する殿下の方が、新しい時代の王として相応しいかと」
ローゼマリーの言葉は不躾な横槍だったものの、『救世の聖女』の提言を否定する事も出来ず、皆が戸惑う中、ジェラルドは我が意を得たりという表情になる。
そんな中、ノートゥング王だけは強い意志でローゼマリー達を見据え、彼らの要求を改めて否定した。
「どれだけ言を重ねようとも、余の意思は変わらぬよ。それと、如何に『救世の聖女』とは言え、先の言葉は我が国への内政干渉になるが故、ご注意願いたい」
父の変わらぬ答えを聞いて、ジェラルドは失望した素振りで父王を睨みつける。
「まさか、父上がこれほどまで耄碌されていたとは……。出来れば穏便に進めたかったのですが、やむを得ませんね」
ジェラルドはそう語ると、突如父王に向けて無詠唱で魔法を放つ。
しかし、威力よりも速度を重視した魔法だった事もあってか、王の傍らに控えた少女の魔道士が何とかその一撃を防ぐ。
謁見の間で荒事が突然始まった事で、周りが混乱した雰囲気に包まれる中、ノートゥング王は無念を滲ませた表情で息子を咎める。
「理解しておるのか? お前の行為は反逆の罪に値するぞ!」
「心配なさらずとも、私が王になれば問題にもなりますまい」
ジェラルドはそう返しつつ、非殺傷性の魔法を連続で放っていく。
流石に父親を殺す気は無い様に見えるものの、途切れる事なく放たれる魔法を前にノートゥング王は少女の魔道士から離れられず、身動きが出来ない。
更には、クリストフが魔導銃で守護結界を司る魔道具を次々と打ち抜いていった結果、謁見の間の防護陣がダウンし、周りの貴族達からは悲鳴が上がった。
その機を狙い、ローゼマリーが神速でノートゥング王に迫ったと気付いた時には、最早その一撃を防ぐ術は無いように見えた。
しかし、今度は少年の騎士が間に割り込んでその一撃を受け止めた事で、ローゼマリー達に動揺が広がる。
「……貴方、只の少年じゃないわね。正体を見せなさい!」
それでもローゼマリーは事態を冷静に看破し、[解呪]を少年と少女に掛けて、その結果に今度こそ驚愕した。
ノートゥング王を守っていたのは、聖教国の策略によって亡くなったはずの竜騎士と本物の聖女で、自らの企みにひびが入った様に感じつつ、ローゼマリーは竜騎士へと問い掛ける。
「フェリクス王子、貴方生きていたの!? ……それで、どうしてこんなところにいるのかしら?」
「デリック枢機卿――偽神アルコーンを倒して、その謀略を阻止したと言えば分かるか?」
フェリクスの答えを聞いて、ローゼマリーは自身の予感が正しかった事を知って歯噛みしつつ、フェリクス達から距離を取る様に後退する。
晴れの日に王城で起きたクーデターは、正に佳境を迎えていた。




