第6話 亡国の転生王子は追放聖女を救いたい
ローゼマリー達の元から離脱した後、俺達はそのまま空の旅を続けていた。
幸いな事に、空の魔物も翡翠を恐れて近寄って来ないようで、旅路そのものは快適と言って良いと思う。
その一方で、離脱時は気に留める余裕もなかったけど、俺達はティリアを前にして密着した恰好で翡翠に騎乗しており、それに気づいたと思わしき頃からティリアは緊張で身体を固くしていた。
俺は姉と結構じゃれ合ったりもしていたので、女性とこのくらいの距離感でいるのもまだ慣れているけど、ティリアは聖女だった訳で、異性とこんなに密着するのは初めてになるのかもしれない。
そうは言っても、翡翠に乗るなら避けられない体勢でもあるので、俺はティリアの緊張を和らげるべく声を掛けた。
「大丈夫? ……ゴメン、コイツに他人を乗せるのは初めてでさ。窮屈かもしれないけど、許して貰えると助かるよ」
「い、いえ! 助けて頂いた身で、そんな烏滸がましい事は……」
ティリアは俺の方へ振り返りつつ、透明感のある澄んだ声でそう答える。
もっとも、最初は俺と密着した緊張感からか声が裏返りかけていて、その後落ち着いた様にも見えたけど、パーティーから追放された事を思い出したのか沈んだ表情へと変わり、言葉も尻すぼみとなって途切れた。
突然、仲間達から爪弾きにされ、あまつさえ斬りかかられすらした訳で、間一髪間に合ったとは言え、ティリアの心には小さくない傷が残ったのだろう。
とは言え、黙っていても気分が上向く訳ではないから、俺は意識して優しい声でティリアへ語り掛ける。
「俺は自分のやりたい様にしただけだから、気にしなくて良いよ。それよりも、まずは自己紹介をしようか」
俺の言葉を聞いて、ティリアは小さく頷いた。
緊急避難の状況とはいえ、よく知らない異性と二人きりな訳だし、ティリアとしても俺の事を知る良い機会と考えた様だ。
「それじゃ、改めてになるけど、俺はフェリクス・リンドヴルム。リンドヴルム竜王国の王太子だったけど、魔王軍に国を滅ぼされてね。今は竜王国の再興を目標に冒険者をしている」
俺の自己紹介を聞いて驚いたのか、ティリアは大きな瞳を更に見開いて、ぽかんとした表情を浮かべていた。
王太子という身分もだけど、亡国の王族の生き残りというのは、相当に珍しいのだろう。
「それと、この竜は俺の騎竜で翡翠。賢いから、怖がらなくても大丈夫だよ」
俺の紹介に合わせたタイミングで、翡翠はよろしくと言う様に優しく嘶く。
ティリアはそれに合わせて翡翠を撫でつつ、俺へ一礼してから自己紹介を始めた。
「先ほどは危ないところを助けて頂きまして、ありがとうございます。私はティリア・バレステイン、ノートゥング騎士王国バレステイン侯爵家の養女で、ノートゥング騎士王国の聖女……を務めておりました」
しかし、最初こそ流暢に話していたものの、聖女と名乗ろうとしたところで言い淀むと、それを過去の事として話してしまう。
その様子を見ていると、自分自身を見失っている様に感じられ、あのイベントの後ではやむを得ないと思うものの、このままじゃ良くないと思った。
「それじゃ、ティリアと呼ばせて貰うね」
「……はい、フェリクス殿下」
ちょっと馴れ馴れし過ぎたのか、ティリアの返事に間があったけど、俺は構わずに言いたい事を告げる。
「それともう一つ。あんな事が起きた後だから、ティリアは自信を無くしているのかもしれない。だけど、君は間違いなく聖女だよ」
俺の言葉を聞いて、ティリアは驚いた顔を見せたかと思うと、俺から顔が見えない様に俯いて、消え入る様な声で否定する様に答える。
「どうして、そんな事が言えるんですか……」
「君の事をずっと見ていたから」
それに対して、俺は被せる様にそう言うと、自身を卑下するティリアを否定する様に続けた。
「勿論、君に会うのは初めてだし、人伝の話になるから誇張されているのかもしれない。だけど、君がこれまで成してきた事は、聖女と呼ぶに相応しいものだと知っている」
ティリアはまだ俯いたままだけど、構わず俺は言葉を紡ぎ続ける。
「それに、ティリアは聖女の杖に認められたんだろう? なら、他にも聖女の杖に認められた人がいたとしても、ティリアだって聖女のはずだ」
俺がそこまで話すと、ティリアは驚いた様に顔を上げた。
その結果、俺達は間近で見詰め合う体勢となり、ティリアは慌てて俺から距離を取ると、不意に顔を背けながらポツリと零す。
「どうして、こんなに良くしてくれるんですか? 殿下と私は、これまで関わりなど無かったはずです」
「……そうだね。敢えて言うなら、君が希望に思えたから、かな?」
ティリアの問い掛けに対し、俺の口からフェリクスとしての答えが出てくる。
「リンドヴルム竜王国の再興など夢物語だ――、これまで何度も言われし、正直なところ、俺自身もそう思っていた」
「………………」
「だけどさ、一人の女の子が魔王との争いに終止符を打つために立ち上がった。そして、その子は苦難を乗り越えて、目標へ向けて歩んでいる。そんな姿を見せられたら、俺だってやらない訳にはいかないだろう?」
そこまで話したところで、ティリアは俺の方に向き直ったので、俺達は再度見つめ合う形になった。
「だからかな。そんな君の苦境に気付いたから、思わずあの場に飛び込んだ。俺を救ってくれた聖女を、今度は俺が助ける番だと思ってね」
そう俺が言い切ると、ティリアは呆然とした表情のまま、やがてその瞳から涙が零れ落ちる。
それに気付くと、ティリアは俺と反対側を向いて、涙を隠しつつ答えを返した。
「そんな事を言われたの、初めてです」
「そっか」
「どうしよう、凄く嬉しい……。その、ありがとう、ございます」
その後、ティリアが落ち着くまで、俺達は会話もなく空の旅路を進む。
それでも、ティリアの絶望感は薄れた様で、やがて彼女が落ち着いた頃を見計らって、俺は俺達のこれからについて告げた。
「早速だけど、俺達が置かれている状況は非常に危うい」
「……はい」
「聖教国が新たに聖女を擁立した今、君は不要というより、排除すべき存在と見られてもおかしくないから」
俺の指摘を聞いて、ティリアは再度絶望した様な表情を見せる。
とは言え、そんな哀しい表情をさせたい訳ではないので、俺はこれからどうすべきかまでを言い切る事にした。
「だからこそ、俺達はこの問題を手早く解決しなきゃいけない。幸い、俺達は空路を一気に突っ切れるから、速さというアドバンテージがある」
俺の言葉に合わせ、翡翠は任せろと言わんばかりに力強く嘶く。
その一方で、ティリアは不安げな表情のまま、俺へと問い掛けてくる。
「殿下の仰る事は分かりますが……。これからどうされるおつもりでしょうか」
「ああ。それなら、ノートゥング王と直接話を付けるつもりだよ」
俺の答えを聞いて、ティリアは驚いた表情を見せる。
いよいよ次が勝負どころ、ここを乗り切れば、ティリアの身分は確保出来るはずだ。