第58話 悪辣な謀略
俺達がメノウの居住域からダンジョンに出て扉を閉めていると、このフロアに至る階段を下りてくる多数の足音が聞こえてくる。
やがて、侵入者達の姿が見えてくると、誰もが皆、アストライア聖教の装束を纏っており、聖教国の手の者達である事が見て取れた。
その中にはデリック枢機卿の姿もあり、この様なところへ出向いて来るとは思わなかったので驚く。
そのうちに、奴ら全員がこのフロアに下り立ち、それを見てメノウが剣呑な表情になって警告を発した。
「そこまでじゃ! アストライア聖教国の者共よ、ここがリンドヴルム竜王国の霊廟と知っての狼藉か!」
すると、奴らは一旦足を止め、デリック枢機卿が前に出てきて答えを返す。
「ふむ。童女にしか見えんが、貴様が『封印の守護竜』か。……それと、久し振りですな、王子殿に偽聖女よ。野垂れ死んだと聞いておったが、生きていたとは都合が良い」
デリック枢機卿はそう言うと、俺達を舐め回す様に見て嫌らしく嗤う。
それに対して、メノウは怒りを隠さず、改めて警告を告げた。
「貴様らの行為は、竜王国への領土侵犯じゃ! 我が国の主権を侵害しておる自覚はあるか!」
「何を言っておる? 滅亡した国には最早主権など存在せぬ。民もおらぬのに国を名乗っても、只虚しいだけよ」
デリック枢機卿の言い様に、メノウは一瞬キレかけたけど、ぐっと堪えてから威圧するような笑みを見せて、煽るように言い返す。
「心配せずとも、我らはこれから復興してゆく。王都に巣食う魔物共を駆逐し、王位はフェリクスに継承され、聖女ティリアを王妃に迎える事が出来たからのう! 国があるべき姿に戻れば、民もまた戻って来るじゃろう!」
すると、意外な事にデリック枢機卿は愕然とした表情になり、何事かをブツブツと呟いた後に、焦った顔で俺達に問い掛けてくる。
「なん……だと……、私の計略が間違っていたと言うのか……。王子よ! 貴様はもう聖女を抱いたのか!?」
あまりに唐突で明け透けなデリック枢機卿の問いに、俺とティリアは言葉を返す事が出来なかったけど、そんな俺達の様子を見て、奴は何かに気付いた様で胸をなでおろす仕草を見せる。
「……どうやらまだの様だな。貴様がガキで助かったぞ」
そんな奴の動向を見て閃くものがあり、俺は偽りを許さぬ口調で問い掛ける。
「……貴様、ティリアが聖女と知っていたな?」
それを聞いて、デリック枢機卿は肯定する様に嫌らしい笑みを浮かべてから語り出した。
「何の事だ? 穢れ無き乙女を汚したいと思うのは、男の性ではないか。かつての聖女レフィアは誰にもその身を許す事は無かった、時の教皇が望んだにもかかわらずな。ならば、今代の聖女を辱しめたいと願うのはおかしな事かね?」
デリック枢機卿の言い分など理解する気は無かったけど、これではっきりした。
奴はかつての真実を知る立場の人間であり、更にはそれを悪用している事も。
話の雰囲気がおかしい事が感じ取れたのか、聖教国側にも動揺が感じられ、ドミニオンと思わしき者達こそ平然としているけど、騎士の恰好をした数名はデリック枢機卿の異様さを感じ取った様だ。
しかし、デリック枢機卿は興が乗ったのか、周りの猜疑の目線など気にも留めずに語り続ける。
「竜騎士王などと大層な二つ名を名乗っておきながら、女一人モノに出来なかった愚図とは違うのだよ! そんな腑抜けが英雄とは笑わせるものだ!」
「貴っ様! ジークを愚弄するか!」
デリック枢機卿の侮辱を受けて、メノウは激昂しかける。
その様子を見て、デリック枢機卿は密かにほくそ笑むと、メノウを更に怒らせるように自らの所業を暴露していく。
「所詮は竜騎士など、個の武勇のみが取り柄の田舎騎士よ。覚えておくが良い。真の強者とは衆愚を束ね、自らの意のままに動かせる者の事だ。それが極まれば、人間だけでなく、魔族を駒の様に操る事すら容易い」
「……何が言いたい?」
「くくく……、察しが悪いな。悪鬼羅刹のシュテン、奴を煽動したのは私だ」
「な……!」
「そして、魔公爵マグナスもな。自分こそが魔王の後継者と思い込み、私の思い通りに踊ってくれた」
デリック枢機卿の語る悪辣な真実に、俺達は只々絶句する。
その様子を見て、奴は嫌らしい笑みを見せつつ、最後の一押しをする様に悪夢の様な未来を告げた。
「後は聖女ローゼマリーがマグナスを討伐すれば、アストライア聖教の権威は絶対的なものとなり、我らを頂点とした統一国家が完成する。反抗的な貴様ら竜モドキ共は不要故、ここで死ね。……ああ、偽聖女は別だ。私が飽きるまで、愛妾として可愛がってやるから安心しろ」
「貴様ぁー! ジークや我が国を侮辱しただけでは飽き足らず、フェリクスとティリアの幸せまで奪おうというのか! 貴様だけは許せぬ、覚悟せい!」
それを聞いて、メノウは完全にキレた様で、怒りに任せて竜化していく。
その瞬間、デリック枢機卿は漆黒の宝玉を取り出して、メノウに向けて突き出した。
「この時を待っていたぞ、封印の守護竜よ! 闇の宝玉に魅入られ、憎しみで自我を失って狂乱するが良い!」
「馬鹿な! かつての魔王の神代の宝具じゃと!? ああああああーー!!」
「不味い! アイギスで防護して、解呪を頼む!」
「はい! 我らを護れ、アイギス! メノウさん、落ち着いて――[神聖解呪]!」
闇の宝玉の作用でメノウが竜化と同時に狂乱しかけたのを見て、ティリアにメノウの防御と解呪を頼みつつ、俺はデリック枢機卿を止めるべく斬りかかる。
しかし、複数のドミニオンが立ちはだかって人間とは思えない膂力で阻まれ、止める事は叶わなかった。
「……人間じゃ、ない」
「くくく……。そうだ、これこそが我らの切り札『天使』だ! 人間を超越し、私の指示通りに動く優秀な兵器! これさえあれば、最早英雄など用済みよ」
更に、『天使』達は組織だった動きを見せ、デリック枢機卿を守る布陣を敷いただけでなく、俺とティリアを分断する様に動く。
俺達が『天使』共の想定外の動きに翻弄されている間に、デリック枢機卿は傍らに控える二名のドミニオンに何かを告げて、続けざまにカードを切った。
「王子よ、これで終わりだ! 顕現せよ、デュラハン・キメラ、ゴルゴーン・キメラ!」
すると、二人のドミニオンを食い破る様に、首の無い亡霊騎士と蛇の髪を持つ女性の死霊の魔物が召喚される。
いずれの魔物も身体の一部がキメラ化しており、人為的な実験のなれの果てであろう事が察せられた。
ゲームでは神盾アイギスを守っていた中ボス達のはずで、更なる強敵の出現に歯嚙みしそうになる。
しかし、事態の異常さが捨て置けなくなったのか、聖教国の騎士――神殿騎士の長と思わしき人が、デリック枢機卿のやり方に異を唱えた。
「猊下、貴方は何をなされているのですか!? 魔物から人々を守るべき我々が、魔物を使役し人を襲うなど間違っています!」
「口を謹め、異端者など我らが守る謂れはない。それに、魔物であっても、女神に跪くのであれば家畜と変わらぬよ」
「魔物は人と共存できぬ故魔物なのです! 猊下、どうかご再考を……」
神殿騎士はデリック枢機卿を説得すべく話を続けていたけど、不意にデュラハン・キメラが剣を振るった事でその身体は半ば両断され、言葉も途中で途切れた。
「猊……下……、何故……」
続いてゴルゴーン・キメラの強烈な睨みを浴びて、別の神殿騎士が力尽きて斃れる。
突然の同士討ちに神殿騎士も驚いた様で、残った騎士の一人がデリック枢機卿を糾弾する様に問い掛けた。
「猊下、これはどういう事ですか!?」
「随分と察しが悪いな。貴様らは、栄えある統一聖教国の礎になるのだよ。何人もの信徒を殺めし大罪人、フェリクス・リンドヴルムの犠牲者としてな」
「何を……言って……」
二の句が継げない神殿騎士に対し、デリック枢機卿は醜悪に嗤って、卑劣な筋書きを語っていく。
「簡単な事よ。竜王国の王子フェリクスは逆恨みから我らを襲い、貴様ら神殿騎士は尊くも犠牲になった――それが後の世の真実になるという事だ。そうなれば、竜王国を完全に取り潰す事も可能だろう」
「馬鹿な! 真実を捻じ曲げようというのか!」
「最期に覚えておけ、勝者の言葉こそが真実だと」
デリック枢機卿がそう言うと、その神殿騎士もデュラハン・キメラの剣の錆となって斃れた。
残った神殿騎士達も自身の身を守るのに手一杯な様で、邪魔する人間がいなくなったのを見て、デリック枢機卿は俺に向けて悪辣に嗤う。
「理解したか? 王子よ、貴様には全てを喪って死んで貰う。国も名誉も希望も女も全てな!」
強烈な悪意を叩きつけられ、同じ人間であっても、俺達は決して相容れない存在である事を理解する。
絶対に負けられない死闘が始まった――




