第57話 王位継承
俺達はメノウに案内されるまま、屋敷の奥へと足を踏み入れていく。
やがて、屋敷の中央と思わしき場所に辿り着くと、聖杖アストレアが厳かに奉られているのが見えた。
俺が聖杖の発する神聖な力に圧倒されている傍らで、ティリアは魅入られた様に聖杖に手を伸ばす素振りを見せたかと思うと、次の瞬間、聖杖アストレアはティリアの手中に収まっていた。
「……あれ? どうして聖杖が……」
「ふむ。聖杖アストレアはティリアを正式な持ち主と認めた様じゃの。これで其方は正真正銘の聖女となり、レフィアの後継者になった訳じゃ」
ティリアが目を白黒させている一方で、メノウはそう簡潔に結論を伝える。
俺が神剣バルムンクを抜いた時と比べて、随分あっさりと継承が終わった感じで安心していると、メノウが俺達に注文を付けてくる。
「さて、これで聖杖アストレアは其方らの手に渡った訳じゃが、ここから持ち出すに当たり、これに二人の署名を頂こうかの」
「ああ、分かった。…………ちょっ、待っ、これって……!」
「うむ。其方らの婚姻届けじゃよ」
聖杖の借用書でも書かされるのかと思い、軽い気持ちで受け取ったそれを見て、想定外の内容に俺は思わず絶句する。
隣でも、ティリアが顔を赤く染めながら戸惑っているのが見えた。
そんな俺達を見て、メノウは首を傾げながら問い掛けてくる。
「其方らは将来を誓い合った恋人同士と見受けたのじゃが、間違っておったかの?」
「……いや、合っているけど……」
「ならば問題は無かろ? ああ、妾はリンドヴルム竜王国の正式な巫女じゃから、そこは心配せんでも大丈夫じゃ」
「手続きの問題でも無くてだな!」
さも当然と言わんばかりのメノウに対し、思わず強めに突っ込んでしまったけど、暖簾に腕押しという感じでメノウは不思議そうな目を向けるだけだった。
とは言え、そんな不毛なやり取りを続けていると、メノウも人間の恋愛や結婚がそう簡単ではない事に気付いた様で、不承不承という感じで理解を示す。
「……成程のう。やはり、人間は面倒な生き物じゃな」
「分かってくれて良かったよ……」
しかし、メノウにも言い分はある様で、彼女は寂しげな表情を見せながら、改めて書面を差し出してくる。
「其方らの気持ちは理解したが、それでもこれを書いてくれんかの。妾はもう、ジークとレフィアの悲劇は見とうないんじゃよ……」
メノウはそう言うと、ぽつりぽつりと昔話を語り出した。
彼女はジークの騎竜として共に大空を駆る一方で、同性という事もあって、良くレフィアの話し相手になっていたらしい。
女友達特有の気安さからか、レフィアはジークへの想いを相談したり、時には惚気る事もあったそうで、メノウはそんな暖かで幸せな話が大好きだったのだと言う。
しかし、その幸福は聖教国によって脆くも引き裂かれ、メノウには小さくないトラウマが残ったらしかった。
「ジークとレフィアには、聖教国など無視するよう何度も言ったんじゃ。しかし、『ようやく魔族との争いを終えたばかりなのに、人間同士で争う訳にはいかない』の一点張りでな、妾の言葉が聞き入れられる事は無かったんじゃよ……」
「メノウさん……」
メノウの悲痛な話を聞いて、ティリアが我が事の様に共感しながら寄り添う。
「そこまでしたにもかかわらず、結局はジーク達の自己犠牲は失敗に終わった訳じゃ。それ故、其方らが後始末をする羽目になっておるじゃろ? ならば、其方らは自分の幸せを第一に考えた方が良いと思うんじゃよ」
「……そうかもな」
そんな話を聞かされるとメノウの願いを無下にも出来ず、俺は少し悩んだ後にティリアの手を取り、彼女を見つめながら語り掛ける。
「ティリア、こんな形ですまないけど、俺と結婚して一緒の人生を歩んで欲しい」
「……はい。私の想いも一緒ですから、これからも共にあり続けましょう」
俺のプロポーズに対し、ティリアも幸せそうな表情でそう応えてくれた。
その事にホッとしてメノウの方を向くと、奴は打って変わってにんまりとした表情で喋り出す。
「うむ! 愛の成就は、いつ見ても良いものだのう。そんな訳で、早う署名も済ませるんじゃよ」
「急かさなくても分かってるよ……」
先ほどまでやるせない思いを語っていたのが嘘の様に、メノウは飄々とした雰囲気に戻ると、あっけらかんとサインを求めてくる。
その事に釈然としない思いを抱きつつ、メノウから婚姻届けを受け取ろうとすると、彼女はその代わりに小さな小箱を手渡してきた。
「これは……?」
「これはの、ジークとレフィアの結婚指輪じゃ」
「な……」
メノウの差し出してきた、更なる想定外のアイテムに、俺はまた唖然とする。
その一方で、メノウは二つの指輪に強い思い入れがあるのか、有無を言わさぬ勢いで語り出した。
「結局は互いに贈る事は叶わず、こうして妾が預かったままじゃがの。二人の想いと力を継ぎし其方らにこそ、これを付けて欲しいんじゃよ」
「それはそれで不吉な気がするんだけど……」
「呪われてなどはおらぬから、安心せい。それに、付与された加護は神代の宝具の中でも最高峰と言って良い出来じゃぞ! 何せ、ジークは竜騎士の加護を、レフィアは聖女の加護を力の限り込めておったからのう」
メノウの勢いに押される形でティリアと一緒に小箱を開けてみると、シンプルな装いながら、強力な加護の力が感じられて驚く。
これから想定される事態を考えると、最高クラスの耐性が得られるのはとても大きく、普段使いし易そうなデザインでもあるので、有難く頂く事にした。
ティリアの方も、聖銀の指輪が聖杖アストレアに統合されて消えてしまったらしく、身に付ける上での支障は無い様だ。
その後は、にやにやしっぱなしのメノウに見守られる形で、ティリアと指輪交換をしてから婚姻届けにサインする。
何とか一連の対応を終えた後、気疲れを感じて休んでいると、メノウが今度は神妙な顔になって近付いて来た。
「さて、これで其方らはリンドヴルム竜王国の国王夫妻になった訳じゃな」
「ああ。俺としては、メノウにそんな権限がある事に驚いたけどな」
「万が一の備えじゃよ。この地におれば、余程の事が無ければ安全じゃからのう」
そう。俺達が署名した書面は只の婚姻届けではなく、国王の座を継承する証明書も兼ねていた。
ジーク最期の願いとして、メノウはリンドヴルム竜王国を見守る役目を負ったらしく、竜王国に何かが起こり王位継承が滞った場合、次の国王を選定する権限を持っていたらしい。
ジークはこの様な事態も想定していたんだろうか、などと思いを張り巡らせていると、メノウが申し訳なさそうな表情をつくりながら話し掛けてくる。
「それでな、国王になった以上、フェリクスには世継ぎを作る責任が生まれた訳じゃ。其方らが想い合っているのは百も承知じゃが、場合によっては新たに側室を設ける必要がある事も頭の片隅に入れておくんじゃよ」
メノウの言い分はこの世界の一般常識ではあったけど、ティリアと結ばれた直後に冷や水を浴びせられた事で、不快な思いが沸き上がってくる。
傍らではティリアが不安そうな顔で見上げていて、俺は感情の赴くままに彼女を抱き寄せると、メノウに向けて宣言する。
「……断る。俺はティリア以外と結婚する気は無い」
俺がそう断言した事で、今度はメノウが鳩が豆鉄砲を食ったような顔になって固まる。更には、ティリアが援護射撃をする様に俺の言葉に続いた。
「大丈夫です、メノウさん。私、頑張りますから!」
俺達二人の言葉を聞いて、メノウははっと我に返ると、ティリアに挑戦的な目を向けながら問い掛ける。
「本当に理解しておるのか? 一人二人では足らぬぞ?」
「大丈夫です! 私は聖女ですし、いざという時は回復魔法も使えますから、何人だって産んでみせます!」
ティリアは顔を赤らめつつ、ちょっと混乱した感じでそう返す。
話が明後日の方向に逸れ始めたのを見て、今のティリアを漫画絵にしたら、多分ぐるぐる目になっているんだろうな……などと現実逃避していると、メノウはにんまりした表情に戻って、穏やかな口調で答えを返した。
「ふむ、その意気があれば大丈夫じゃろ」
どうやら俺達に発破を掛けただけらしく、丸く収まりそうな雰囲気に胸を撫で下ろしていると、メノウは続けてとんでもない事を口にし始めた。
「それでな、この建物には新婚さんのための離れがあってのう、世継ぎの事も考えて、其方ら二人でしっぽりと過ごしてきたらどうじゃ?」
「待て待て! 今は、この世界や竜王国がどうなるかの分岐点なんだ。俺達は一刻も早く先を急ぐ必要がある!」
メノウの提案に動揺しつつも、強い口調で反論したけど、今度はティリアが俺に抱きつきながら、上目使いで恥ずかしそうにおねだりをしてくる。
「その、フェリクスさんさえ良ければ私は……。それとも、フェリクスさんは私とそうなるのはお嫌ですか……?」
――不味い。
ティリアの強烈な一撃を受けて、俺の理性は半ばノックダウンされ、何も考えられなくなっていく――。
ところがその瞬間、平穏な時間は終わりとばかりに強大な魔力が外界から届き、それは俺達やこの地へ明確な敵意を伴っている様に感じられた。
不穏な雰囲気を受けて我に返ると、メノウが殺意すら感じさせる表情になって、ぼそりと呟くのが見える。
「聖教国の屑共めが忌々しい! 妾の手で八つ裂きにしてくれようか……!」
しかし、俺達の目線に気付くと、メノウはバツの悪そうな表情でそれを隠す。
「……すまんの、招かれざる客の様じゃ。妾が相手をする故、其方らはここでゆっくりしていて貰えるかの」
「いや、そいつらの目的は俺達かもしれない。だから一緒に行かせて貰うよ」
「はい。私達もジーク様とレフィア様の力を受け継ぎましたから、お役に立てると思います!」
ジークの頃からの因縁もあるのか、メノウは聖教国に強い敵意を持っていた。
その様子を見ると、メノウを聖教国と対峙させるのは危うい感じがして、奴らの目的が俺達という事も間違いないので、一緒に行くことを決める。
この地に向けられた悪意は、すぐそこにまで迫っていた。




