第56話 アストレアの真実
「さて、それでは中を案内する故、妾の後に着いて来て貰おうかの」
メノウはそう言って俺達を招いた後、扉の中へと戻っていく。
俺達も意を決してその後に続くと、扉の中には予想だにしない光景が広がっていて驚いた。
ダンジョンの中にもかかわらず、天井は無く青空が広がっており、地面には普通に草木が生えている。
まるで屋外にいる様な解放感に呆然としていると、メノウが振り返ってにんまりとした顔で語り出す。
「驚いたかの? この中は女神の恩寵や神代の宝具の力によって、地上と同じような環境が構築されておるんじゃよ」
メノウはそう説明してくれたものの、目の前の景色の衝撃が大きく、まるで耳に入って来なかった。
そのまましばし呆然と佇んでいると、今度は不思議な雰囲気の動物が顔を出す。
猫よりもちょっと大きく、全身がもっふもふのそれを見て、どうしてこんなところにレッサーパンダが? と思っていると、彼らは警戒心を見せつつも好奇心旺盛な感じで俺達に近寄って来た。
「可愛い……! この子達は触っても大丈夫なんですか?」
「まあ、お主なら大丈夫じゃろ。彼奴らはこの地に住まう精霊でな、妾にとっては隣人というか同居人じゃな」
どう見てもレッサーパンダだけど、この動物たちはニーベルンゲンに住まう精霊だったらしい。
言われてみると臭いも無いし、俺達が竜騎士と聖女という事も分かるのか、警戒心も薄く友好的に思える。
ティリアは可愛いものに目が無いのか、レッサーパンダな精霊を撫でたり抱っこして、そのもふもふ感を楽しんでいた。
そんな感じで穏やかに歩みを進めて行くと、やがて神社を模したと思わしき建物へと辿り着く。
「ここが妾の住まいじゃ。長旅で疲れたろうし、入って休むと良かろ。ああ、入る時に靴は脱いで貰おうかの。……流石にフェリクスは分かっておる様じゃな」
建屋の中も和式で、三和土と上がり框を見て靴を脱いだけど、どうやら正解を引いたらしい。
隣では、ティリアが目を白黒させつつも、俺に倣って靴を脱いだのが見えた。
それから客間と思わしき和室に案内され、俺達は座卓を挟んでメノウと向かい合って座る。
「粗茶じゃが、飲むと良い。旅の疲れも癒えるはずじゃ」
「ああ、頂くよ……。これって……!」
「うむ。ちょっとしたポーションの様なものじゃな」
そう言ってメノウは呵呵と笑ったけど、ダンジョン攻略で消耗した身体には有り難かった。
疑似的とは言え、久し振りに日の光を浴びた事も良かったのか、お茶の効能と合わせて大分すっきりした感じだ。
そんな俺達を見て、メノウは居住まいを正して問い掛けてくる。
「さて、お主らも落ち着いた様じゃし、わざわざこんなところまで来た要件を聞かせて貰おうかの」
「ああ。俺達は聖杖アストレアと、それにまつわる真実を求めて来た――」
俺はそう言って、これまでに俺達が歩んだ道のりを話していく。
リンドヴルム竜王国が魔族との戦いで滅んだとの話をした時は、メノウも哀しんだ表情になったけど、彼女は横やりを入れる事もなく話を聞き続ける。
最後にシュテン戦の話や、神剣バルムンクの記憶を話し終えると、メノウは真剣な表情になって答えを返した。
「時が流れ過ぎたからなのか、随分と拗れてしまっている様じゃな……。まずじゃが、フェリクスの語った昔話はほぼほぼ真実じゃよ」
当時の生き証人たるメノウからも竜騎士王ジークと聖女レフィアの話が肯定された事で、二人の悲劇が改めて突き付けられた様に感じ、俺達は押し黙る。
そんな俺達の想いを他所に、メノウは当時の記憶を辿る様に話していく。
神剣バルムンクの記憶には無かったけど、聖教国や騎士王は確かに存在しており、竜騎士王と聖女が魔王を倒す傍らで、民衆を取りまとめて魔王軍に対抗していたらしい。
その一方で、勇者は該当する者がいないらしく、メノウも首を傾げていた。
「その勇者とやらの話を聞くに、ジークの事かとも思ったのじゃが、ジークが騎士王ハーゲンに仕える訳が無いからのう」
「ジーク様は竜王国の王様ですものね。……他の英雄譚と混ざってしまったんでしょうか?」
「……いや、違う。聖女レフィアの伝説は聖教国が広めたものだ。だから、この話は最初から聖教国にとって都合が良い様に改竄されていた」
メノウとティリアが釈然としない風に話しているのを聞いているうちに閃く事があり、俺は思い切って推論を伝える。
「魔王を倒した後、聖教国にとって一番邪魔な存在――それは竜騎士王ジークだ。であるなら、その名声を削ぐために勇者という架空の存在を創って、魔王討伐の英雄譚は全部そちらの手柄にしてしまえば良い」
「ふむ……。架空の存在なら、聖教国の障害たり得ないという訳じゃな」
俺の推論に対してメノウはそう答えると、納得した表情になって語り出す。
「フェリクスの推測は正しいのかもしれん。そもそも、ジークとレフィアが結ばれなかったのも、聖教国による煽動が原因だからの」
メノウはそう話すと、続けて過去の追憶を口にしていく。
ジークとレフィアの他に、騎士王ハーゲンも神代の宝具『神秘の石碑』を授けられた英雄だったらしい。
神秘の石碑は持ち主の望むものに姿を変える神代の宝具で、ジークに憧れていたハーゲンは、その力を用いてバルムンクを模した聖剣ノートゥングを手にし、民衆と共に魔王軍と戦った。
そうやって、皆が死力を尽くした事で魔王軍の撃退に成功し、平和が訪れたかに見えたけど、その裏では人間同士での主導権争いが始まっていた。
「ハーゲンは叶わぬ想いと知りつつも、聖女レフィアに憧れておった。そんな仄かな想いを聖教国は利用したんじゃよ」
魔王討伐の後、ノートゥング騎士王国を建国したハーゲンに対し、聖教国は甘い毒を囁く。聖女レフィアの伴侶として真に相応しいのは、騎士王ハーゲンだと。
当初こそ歯牙にも掛けなかったハーゲンだったが、レフィアへの想い、自身に届く名声、そして聖教国の度重なる甘言に乗せられ、次第に自分こそが聖女レフィアの伴侶として相応しいはずという妄執に憑りつかれていく。
やがて、ハーゲンはレフィアを手中に収めるべく、聖教国と取引をした。
神秘の石碑を聖教国に奉納する見返りに聖女レフィアとの婚姻を支援する、と。
しかし、それこそが聖教国が思い描いていた通りの展開だった。
聖教国はハーゲンとの約束通り、始めこそハーゲンを支援する動きを取った。
しかし、やがて世論が二分されていくのをみて、突如として立場を変える。
曰く、救世の聖女レフィアを巡って新たな争いが起こるのは本意ではなく、それならば聖女レフィアは女神アストレアと同様に信仰の対象として、聖教国が身柄を預かるというものだった。
ジークとハーゲンの両者が痛み分けという結果に、世論も不承不承ながら矛を収める形となり、聖女レフィアを巡る争いはようやく終わりを告げた。
「……とまあ、これが真実じゃよ。ハーゲンの奴は、後に聖教国の甘言に乗せられた事を悔いておった。だからといって、奴を許せるかは別だがの」
「そうして、聖教国はまんまと聖女と神秘の石碑を手中に収めた訳か……」
メノウは憤りとやるせなさを滲ませながら、そう語り終える。
その話を聞いて、これまでの出来事が一本の線で繋がった様に感じられ、その思いが期せずして口を吐いていた。
聖教国の目的は、聖女と女神アストレアが授けし神代の宝具――、そう仮定すると奴らの行動に説明が付くし、ジークの頃からの因縁や、神剣バルムンクと聖杖アストレアの存在も考慮すると、奴らが竜王国を敵視していると思わしき事にも説明が付く。
聖教国の悪辣なやり方に憤懣遣る方無い思いを抱いていると、ティリアがおずおずと疑問を投げ掛ける。
「でしたら、聖女の杖の正体は……」
「恐らくは、神秘の石碑じゃろうな。聖杖アストレアを欲する思いに呼応して、姿を変えたんじゃろ。それと、聖杖アストレアには無い特殊機能――例えば、聖女を探し出すような――もあるかもしれんの」
それに対するメノウの回答を聞いて、ティリアは大きく瞳を見開いて驚く。
実際に、彼女が聖女の杖に選定された時は、何の前触れもなく突然聖女の杖が目の前に現れたらしい。
あるいは、竜王国がシュテンとの戦いで滅亡した頃でもあったので、聖女を求める人々の願いが最高潮になった結果だったのかもしれない。
メノウが最初に話した通り、拗れに拗れたとしか言い様の無い状況に、俺もティリアも言葉が出て来なかった。
そんな俺達を他所に、メノウは続く話題を口にする。
「話は変わるがの、其方らは今人間達の国に侵攻しておる魔族共の首領を魔王と定義しておる様じゃが、ジークやレフィアの時代の魔王とは別人という事は理解しておるのかの?」
「……どういう事だ?」
「別に難しい話でも無かろ。かつての魔王はジークとレフィアが討伐したからの、魔王も生物である以上、死んでしまえば蘇ったりはせんよ」
メノウはある意味当然の事を口にしただけだけど、魔王についても聖教国の喧伝を鵜呑みにしていた事に気付き、俺達は改めて驚く。
封印されし魔王が復活したという話に対し、封印という部分にはシーグステンが疑問を述べていたけど、魔王自体が別物であるという可能性には思い至っていなかった。
「……成程。聖教国の情報操作は、相当に上手くいっておった様じゃな」
メノウはそう呟いた後、魔王に対する事実と推測とを語っていく。
ジークとレフィアが魔王を討伐した事で当時の魔王軍は瓦解し、人と魔族の争いは終結した。
その一方で、絶対的な強者が失われた事により、魔族の世界は群雄割拠の時代へと突入していく。
やがて、次代の魔王候補として三人の魔族が台頭するに至り、その者たちは自らを三巨頭と称し、魔王の座を巡って争い始めた――
「其方らが戦った悪鬼羅刹のシュテン、彼奴はその三巨頭の一人じゃよ」
「それなら、あれと同レベルの魔族が後二人いるという事か?」
「うむ。確か、偽神アルコーンと魔公爵マグナスと言ったな。恐らくは、彼奴らのいずれかが魔王を僭称している可能性が高いじゃろうな」
メノウの話を聞いて、少しずつパズルのピースが埋まっていく様に感じられた。
恐らく、聖教国は今の魔王はかつての魔王ではなく、三巨頭の誰かという事に気付いているだろう。
であるなら、ジークとレフィアの時代とは違い、竜騎士と聖女がいなくても魔王を倒せると踏んだのかもしれない。
それが上手く行けば、かつての真実などは関係なく、現代の魔王を討伐した者こそがこの時代の正義となる。
そうなれば、後ろ暗い過去に怯える事も無くなり、救世の聖女ローゼマリーを擁する聖教国こそが唯一絶対の地位を得られるという訳だ。
アストレア・クロニクルのシナリオの真の姿が明らかになった事で、聖教国の悪辣さが改めて浮き彫りになり、俺は焦りを感じながらメノウへ問い掛ける。
「ありがとう。なら、次は聖杖アストレアのところへ案内して貰えるか。俺達に残された時間は思った以上に少ないのかもしれない」
「分かった、着いて来るが良い」
メノウはそう言って立ち上がり、俺達を次の目的地へと案内する。
ゲームと違う結末に辿り着けるか、ここからが正念場だ。




