第50話 覚醒
◆ ~Another point of view~ ◆
――何故、我は生きている?
目下の敵を一旦退け、冷静な思考が戻って来た事で、シュテンは己が現状を顧みて自問自答する。
当初は歯牙にもかけない弱者だったはずの竜騎士が、戦いの途中から急に動きが良くなり、更には仲間の女のサポートもあって、逆にこちらが追い詰められていったところまでは覚えている。
そして、最後に首を刎ねられ、確かに我は敗北し、死んだはずだった。
あのような糞餓鬼に敗れるなど業腹もいいところだったが、それが闘争の結果であるのならと、命を懸けた以上、自らの死も受け入れていた。
しかし、今も自身の意識が残っている事に戸惑いつつ、シュテンは己の生首を元あった自らの身体へと戻す。
こんな状態でも己が再生能力は健在で、何事も無かったかの様に首は元通りとなり、その結果としてこの異常事態も徐々に理解出来てきた。
やがて、シュテンは自身の置かれた状況を正しく把握すると、激昂して天を衝く程の雄叫びを上げた。
「クソがああーー!! 我が不死者になっている、だと!? そうか、奴か!! アルコーンの痴れ者がああーーー!!!」
シュテンは憤怒のまま吠える事しか出来ず、その頭からは先ほどまで激闘を繰り広げていた人間達の事も完全に抜け落ちていた。
己が夢が露と消えたばかりでなく、気に食わない競争者の使い魔に成り下がった事を理解し、怒りのやり場が無いまま怒鳴り散らす事しか出来ない。
「何が『偽神』だ! コソコソと陰で謀略を張り巡らす事しか出来ぬ腰抜けの分際で! この我を使役しようというのかああーー!!」
尚も、シュテンは己が運命を呪い、自らを不死者として蘇らせた競争者を罵倒し続ける。
目の前の戦いが、まだ決着していない事に気付く事もなく――
◆ ~Tillia's point of view~ ◆
「フェリクスさん、ダメです! 戻って来て!」
私は必死にフェリクスさんに呼びかけつつ、[上級回復]を掛け続けました。
だけど、[上級回復]は一向に効果を示すことなく、やがてフェリクスさんの意識は途切れてしまいます。
その瞬間、最悪の結末が頭をよぎりましたが、まだ息がある事に気付いて、私は泣きながら天に祈りを捧げます。
女神アストレアよ、どうか私の願いをお聞き下さい――
フェリクスさんは私を救ってくれて、とうに諦めていた幸せを与えてくれた大切な人なんです――
私が本当に聖女なら、大切な人を救うための力をお与え下さい――
藁にも縋る想いで祈り、回復魔法を掛け続けていると、不意に目の前に光が差し込んで、穏やかな女性の声が聞こえてきました。
――聖女ティリアよ、私の声が聞こえますか?
想定外の事態に驚きつつも、私は回復魔法の手を止めずに声の主へと頷きを返しました。
すると、むしろ声の主の方が驚いた様で、呆然とした様子で独り言ちます。
――まさか、本当に今代の聖女と話せるだなんて……。これも、彼が手繰り寄せた奇跡の一つなのかもしれませんね……。
その言葉を聞いて私は我に返ると、この声の主であればフェリクスさんを救えるのではないかと気が付き、必死で呼びかけました。
「お願いします! どうか、フェリクスさんの命をお救い下さい!」
――聖女ティリアよ、貴方に秘められた真の力を以ってすれば、その願いは叶います。
ところが、それに対する答えは全くの想定外で、私が言葉に詰まっている間にも声の主は語り続けます。
――聖杖以外の装備が全て揃っていたのが幸いしたのかもしれませんね。今この瞬間においてなら、私は貴方を支援する事が出来ます。
「でしたら、私にフェリクスさんを救うための力を下さい!」
――分かりました。ですが、私の力もあまり長くはもちませんので、これから指示に従って下さい。
声の主がそう言うと、聖銀の指輪が光り輝き、杖の形を成します。
私が呆然としつつもその杖を掴んだ瞬間、声の主が再度語り掛けてきました。
――本来なら、神聖魔法を使うにはニーベルンゲンに封印されし聖杖が必要です。
ですが、この場の応急処置として聖杖のレプリカを用意しました。レプリカゆえ完全ではありませんが、その杖を使いこなせれば貴方の願いは叶うはずです。
その言葉を聞いて、急いでフェリクスさんに向き直ろうとしたところ、声の主は私の行動に待ったを掛けます。
――まずは、あの不死者を片付けてしまいましょう。回復魔法を掛ける時は完全に無防備になってしまい、危険ですから。
その間にフェリクスさんの容態が悪化したら、といった不安や、そもそもあの鬼の不死者を倒せるの、といった疑問が頭をよぎりますが、声の主は何の事はないという風に答えを返します。
――彼の事なら大丈夫。それに、神聖魔法は魔を浄化するための秘法ですから、不死者を討ち果たすのは容易い事です。
いずれにしても、声の主の指示に従う他ありませんから、私は開き直って鬼の不死者の方へ向き直ります。
――それでは、私に合わせて詠唱して下さい。
「分かりました。……其は魔を祓い勝利をもたらすもの――顕現せよ[神威の聖剣]!」
指示に合わせて力ある言葉を紡ぐと、天を衝く程に巨大な光の柱が顕現し、私は迷いなくそれを手にします。
それに気付いたのか、先程まで雄叫びを上げていた鬼の不死者は、驚愕の表情を浮かべて逃げようとしますが、私は一気に[神威の聖剣]を振り下ろしました。
「馬鹿な! これは神聖魔法……、がああーー!!」
[神威の聖剣]は、鬼の不死者の巨体を紙でも切るかの様に真っ二つにして、やがて消滅します。
その圧倒的な威力に驚いていると、声の主から次の指示がありました。
――次は回復魔法ですね。先ほどの様に、私に合わせて下さい。
私はその言葉に頷きを返すと、フェリクスさんに向き直って祈るように詠唱します。
「彼の者を癒し救い給え――[生命再生]!」
[生命再生]を唱えた瞬間、物凄い勢いで魔力が消費されていきますが、フェリクスさんが目を覚ますまではと、決死の想いで魔法を維持します。
やがて魔力が枯渇し、私に限界が訪れた瞬間、もう一度聞きたいと願った優しい声が聞こえてきました。
「ティ、リア?」
「フェリクスさん……、良かった……」
私は何とかそれだけを口にして、やり遂げた達成感を感じつつ、フェリクスさんの胸へと倒れ込むのでした。
◆ ~Felix's point of view~ ◆
目を開けた瞬間、ティリアが気を失いながら倒れ込んでくるのが見えて、何とか彼女を抱き留める。
そんな状況もあって少し混乱したけど、意識がはっきりするにつれて、少しずつ現状が把握出来てきた。
シュテンの[雷針]からティリアを庇った時の怪我は相当に危うかったらしく、彼女が回復魔法を掛け続けてくれたお陰で俺は助かった様だ。
但し、その代償としてティリアは魔力を使い果たしてしまい、気を失ってしまったらしい。
その一方でシュテンの姿が見えず、まさかティリアが倒したのだろうかと思っていたところ、瘴気が再び集まり、鬼の不死者の形を成そうとしていた。
その様子からまだ戦いが終わっていない事に気付き、ティリアを地面に横たえてから立ち上がる。
期せずしてシュテンも再生を終えた様で、俺達は再度対峙した。
「……まさか聖女が存在していたとはな。だが覚醒したばかりで、まだ力を十全に出し切れなかったのは幸いだったか……」
シュテンはそう独り言ちると、戦斧を上段に構えて宣言する。
「その女は我が殺す。悪鬼羅刹のシュテン、最後の大仕事としてな! 我が夢は夢のまま終わったが、聖女殺しの名誉だけでもこの手に掴んでやる!」
シュテンがそう言い終えた途端、戦斧に力が集束し始め、奥義とも言うべき強大な一撃を放つ準備に入ったのが見えた。
奴はその体勢を維持したまま、俺を一瞥して告げる。
「どうする、竜騎士? 一人で逃げるなら追わねえ。だが、聖女を連れて逃げようってなら、その瞬間に我が奥義で聖女諸共消し炭にしてやる」
シュテンの言葉に嘘は無く、力が集約し切れていない今であっても、俺が隙を見せた瞬間、奴の奥義は俺達を無残に屠るだろう。
とは言え、このまま力の装填を許すと最大威力で奥義が放たれる事になり、それを凌ぎ切れるとも思えなかった。
「……ふん、聖女と運命を共にするか。賢いとは言えねえが、理解はするぜ?」
シュテンがそう語るのに合わせ、俺は静謐に剣を構えて集中する。
「ああ。ティリアを守り切り、この戦いに勝って終止符を打たせて貰う」
「はっ! 味気無え遺言だな! なら、これで仕舞いだ――[雷迅衝]!」
[雷迅衝]が発動した瞬間、シュテンは雷を帯びて疾風迅雷の勢いで迫り、戦斧に込めた強大な力の奔流を開放しようとする。
その瞬間、俺はカウンターで剣を合わせ、己が全ての力を叩き付ける!
「死の淵で竜騎士の秘奥を授かってきた。愛する人と共に歩む未来のために――[ファーブニル・レガリア]!」
[雷迅衝]と[ファーブニル・レガリア]が拮抗したのは一瞬で、[ファーブニル・レガリア]は[雷迅衝]を飲み込むと、戦斧ごとシュテンを消滅させていく。
剣を振り抜いた後には瘴気すら残らず、今度こそシュテンを倒し切った手応えがあった。
「終わった……のか。……竜王国の英霊達よ、これで決着は付きました。どうか安らかな眠りを」
シュテンを倒し、王都を覆っていた瘴気を祓った事で、リンドヴルム竜王国に対する魔王軍の侵攻に終止符を打った実感が湧いてくる。
命懸けで国と民とその未来を守ろうとした英雄達に祈りを捧げていると、そんな思いに呼応したのか竜宝玉が光った様な気がした。




