第5話 転生王子と追放聖女の邂逅
何とか間に合ったな……。
聖女に心酔する聖騎士マリウスがティリアに暴力を振るい、更に剣を抜いた時は焦ったけど、とりあえず最悪の事態は避けられたようだ。
俺は聖騎士マリウスを弾き飛ばした体勢のまま、『真の聖女』ローゼマリーや仲間達を見据え、彼らからティリアを守る様に位置取る。
そんな俺に興味が沸いたのか、ローゼマリーはにこりと微笑むと、その表情のまま語り掛けてきた。
「随分と珍しいお客様ね。お名前を教えて下さるかしら?」
「……フェリクス・リンドヴルム」
俺が短く返した言葉を聞いて、ローゼマリーは驚いた表情を見せたけど、その一方で、俺は肌が粟立つ感覚に囚われていた。
アストライア聖教国が擁立せし、『真の聖女』ローゼマリー――
フェリクスになった事で、改めてその意味とヤバさが感じられ、四人の仲間達があっさり彼女を聖女と認めた理由を理解する。
アストライア聖教国はこの世界唯一の宗教国家であり、最大宗教アストライア聖教の総本山でもある。
アストライア聖教は、ティリア達の母国であるノートゥング騎士王国にも深く根差しており、それは国王とて重視せざるを得ないものとなっていた。
ローゼマリーはその様な宗教の言わば象徴的存在であり、彼女と敵対するなど余程の阿呆のする事と言えるだろう。
――まあ、ここにそんな阿呆がいるけどな。
そう振り返りつつ、彼らと対峙を続けていると、ローゼマリーは相好を改めて微笑の表情へと戻る。
その途端、甘く爽やかな芳香が漂ってきた様にも感じたけど、ローゼマリーが会話を再開した事で、その違和感を頭の片隅に追いやって彼女と相対する。
「なるほど、リンドヴルム竜王国の生き残りでしたか。して、何故私達の邪魔をしたのでしょう?」
「無抵抗の少女を、複数人で吊るし上げているのを見たからな。ましてや、剣を持ち出すような事態なら、尚更止めに入るものじゃないか?」
俺は冷や汗を隠しつつ、軽口を返す。
にこやかに会話しているだけにもかかわらず、ローゼマリーから感じられる威圧感は相当なもので、彼女が特別な存在であると否応無く理解させられた。
アストライア聖教国が認めた聖女という政治的要因だけでも、ローゼマリーを聖女たらしめるには十分過ぎる程だが、彼女自身の存在感・覇気もまた、自身こそが聖女であると証明している様だった。
……なるほど。ゲームで見た時はあり得ないとの思いしかなかったけど、こうして実体験してみると、彼女が聖女であると納得せざるを得ない。
そう言う意味では、四人の仲間達の対応の方が正しいのだろう。
そう考えていると、ローゼマリーは優雅に微笑みつつ、俺の言葉に否を返してくる。
「ふふっ……、異な事を。相手が重罪人なら、それもやむを得ないでしょうに」
ローゼマリーはティリアを断罪しつつ、涼しげな表情で話を続ける。
「その少女は聖女の名を騙りし者。無知が故の罪ではありますが、聖女の名を偽った事が要因となり、魔王との戦争に敗れる恐れすらあります。そうなった時、貴方はその少女を赦せるのかしら、亡国の王子様?」
ローゼマリーは、俺に対して最後にそう問い掛けた。
フェリクスを揶揄しつつ、心変わりを促した言葉を受けて、俺は後ろのティリアへと目を向ける。
こうして実物を見ると、華奢で純朴な普通の美少女という感じで、胸元まで伸ばされた栗色の綺麗な髪も聖女を感じさせるものではなく、強いて言えば透き通った瑠璃色の瞳が神秘性を湛えているくらいだろうか。
だけど、彼女から感じられる優しく澄んだ神聖な力は、強大ではあっても威圧的なローゼマリーのものよりも聖女らしさが感じられる。
ティリアは絶望と諦観が綯い交ぜになった表情で俺を見上げていて、そんな哀しい表情でありながら、聖女らしい清廉さを失わずにいる様に見えた。
そう、俺はこの子を救うためにここに来た。
俺はティリアと見つめ合って自身の目的を再確認すると、改めてローゼマリー達と対峙する。
「さあね、先の事は分からない。だけど、ここで彼女を見捨てたら、俺は自分自身を許せそうになくてさ。なら、俺の答えは一つだ」
俺がそう言うと、後ろから驚いた様に息を呑んだ気配が伝わってきて、それとは裏腹にローゼマリーは失望の表情を見せる。
「――そう、残念ね。聖女に盾突く意味が、分からないではないでしょうに」
ローゼマリーがそう言うのに合わせ、仲間達が武器を構える。
絶体絶命に思える状況だが、俺はこの場から離脱するための策を予め用意していた。
「俺は頭が悪くてね。――来い、翡翠!」
俺の合図を受けて、翡翠は空から急降下しつつ風のブレスを放つ。
それは俺達とローゼマリー達の間に着弾し、土煙を巻き上げた。
突然のドラゴンの来襲を受け、仲間達はローゼマリーを庇う位置へと陣取り、俺達へ向けようとしていた攻撃の手は解除される。
その隙に、俺は後ろに振り向いて、ティリアへと手を差し伸べた。
「俺が攫ってあげるから、一緒に行こう」
ティリアが思わずという感じで俺の手を取ったのを見て、俺はティリアを引き起こして抱き抱えると、[浮揚]の魔法で翡翠のところへ飛び上がって騎乗する。
そして、土煙が晴れる前に、一気にこの場から離脱した。
これで第一関門はクリア。
だけど、ティリアを救うには、まだまだこれからだ。