第48話 竜王国の仇
◆ ~Another point of view~ ◆
――それは奇妙な感覚だった。
永い間、泡沫の中を漂い続け、刻の流れと共に自我が漂白されていく。
覚める事のない夢幻の世界に囚われ、僅かな意識こそ残っているものの、それは最早目を覚ます事もない朧げな残滓のみのはずだった。
ところが、若い人間の男女が現れた事が引き金となり、消えつつあった怨念はにわかにその力を取り戻し、辺りの瘴気を吸い寄せて生前の姿を取り戻しつつあった。
そうして、強大な鬼の不死者となった瘴気の塊は、混濁する記憶に戸惑いつつも自らの存在の名を口にする。
「――我が名はシュテン、悪鬼羅刹のシュテン。魔王に名を連ねるべき者だ!」
そう宣言すると、自身が成すべき事も徐々に明確になってきた気がして、シュテンは目の前の人間に宣戦布告を告げる。
「貴様らがこの国最後の勇士か! ならば、我が魔王に至る礎となるが良い!」
シュテンはそう言うと、斃すべき敵へ向けて驀進する。
自身が今、不死者と化した事実を理解する事もなく――
◆ ~Felix's point of view~ ◆
「ティリアは出来るだけ後ろに下がって距離を取って! サポートと回復は頼んだよ」
「はい、任せて下さい! ……どうかご武運を」
シュテンと名乗った鬼の不死者が俺達に戦意を向けたのに合わせて、俺達はそう話した後に散開する。
更に、俺はシュテンがティリアを狙わない様に前へ出て、剣を抜きながら告げた。
「俺はフェリクス! リンドヴルム竜王国の王太子で竜騎士だ!」
「竜騎士の生き残りがまだいたか! 我が戦斧の錆となれ!」
対するシュテンはそう言いながら俺の方へ突進し、俺の背丈を遥かに超える巨大な戦斧を振りかぶる。
一見して隙だらけに見えたその瞬間、シュテンはその剛腕を生かして神速で戦斧を振り下ろした。
想像以上の疾さではあったけど、事前に回避行動を取っていた事も奏功し、俺はその一撃を余裕を持って躱す。
しかし、その圧倒的な威力は俺の予想を遥かに超えていた。
シュテンの戦斧は地面に到達するとそのまま大地を爆砕し、打ち砕かれた地面からは石礫が高速で四方八方へと弾き飛ばされてくる。
俺はそれを咄嗟に回避しつつ、致命的な一撃を受けない様に頭を守りながら後退する。
ティリアの方も、距離が離れていた事が幸いし、何とか回避出来た様だった。
やがて土煙が収まってみると、シュテンの打ち抜いた大地には巨大なクレーターが出来ており、その恐るべき破壊力に戦慄する。
「……ふん、避けたか。しかし、我ながら動きがイマイチだな。雑魚ばかり相手にし過ぎて鈍ったか?」
シュテンはそう言いつつ手足の動きを確かめていたけど、そのうちに俺の姿を見とめてニヤリと嗤う。
「逃げ足は中々だが、それだけじゃ勝てないぜ、坊主」
「なら、その身で確かめてみるか?」
俺が剣の切っ先を向けつつそう返すと、シュテンは尚も嗤いながら告げる。
「そうだな、今の一撃を躱した褒美をやるぜ。斬りかかって来な」
「……舐めているのか?」
「は! 何を言ってやがる? これはな、余裕って奴だ!」
随分と傲慢なシュテンの言いざまを聞いて、俺は神速で飛び出すと、奴の覇気に負けない様に全力を以って剣を振り抜いた。
しかし、その一撃はシュテンの皮膚を切り裂く事すら出来ず、硬質な音を立てたのみで弾かれる。
「な……に……」
「ちっ、所詮はその程度か……」
竜鱗の剣の一撃がまるで通じず、俺は一瞬唖然としつつも、すぐに我に返って後退する。
そんな俺を見て、シュテンはつまらなそうな目を向けて喋り出した。
「何でって顔だな。簡単な事だ。お前の剣より我の身体の方が堅え、それだけだ」
「……そんな戯言を信じると思うか?」
「信じる信じないじゃねえ、それが事実だ。我が身体は魔族の中でも最強でな、生半可な剣なんかは通らねえのさ」
奴がそう御託を並べている間に、俺は次の手を繰り出すべく動き出す。
一方で、シュテンは俺を一瞥すると、大して警戒する素振りも見せず、嘲りの表情を浮かべた。
「自分の剣が通じないのが認められねえか? なら、テメエもこれまでだな!」
シュテンは俺の斬撃を身体で受け止め、そのカウンターで戦斧の一撃を叩き込む様な構えを見せる。
その一瞬、奴が隙だらけになったタイミングを狙い、俺は剣を納刀して、代わりに魔法の詠唱で返した。
「これならどうだ――[フレイムファング]!」
「何ぃ!?」
二組の巨大な火球は、シュテンの喉元を喰らい、焼き尽くさんと燃え盛る。
しかし、奴は気合一閃で炎を吹き飛ばすと、何事も無かったかの様に俺を見据えた。
「そういや、竜騎士は魔法も使えたか。悪くは無えが、この程度じゃ俺は倒せ無えぜ」
[フレイムファング]はそれなりの効果を見せたものの、奴の言う通り致命傷には程遠く、更には与えたダメージすら再生されて消え始めていた。
剣も魔法も通じない状況に呆然とした俺を見て、奴は拍子抜けしたと言わんばかりの表情になって告げる。
「テメエじゃ勝てねえと気付いて戦意喪失か、竜騎士の名が泣くぜ? ああ、元より落ちる程の高みも無え惰弱な連中だったな、つまらねえもんだ……」
「……取り消せ」
シュテンの嘲りを聞いた瞬間、俺はカッとなって斬撃を放つ。
対して、奴は防御する素振りすら見せなかったものの、俺の剣は薄皮一つ切る事さえ出来なかった。
それでも奴の意表は付けた様で、シュテンは驚いた顔になった後、再度ニヤリと嗤う。
「ビビッてた割には、一応戦う気はある様だな。だが、そんなんじゃ仲間の仇は取れねえぜ?」
シュテンの挑発に対し、怒りで我を忘れかけつつも、俺は次々と連撃を当てていく。
しかし、奴が痛痒を感じた様子はなく、またその身体を切り裂く事も叶わなかった。
結果の出ない戦いに焦りを感じ出した頃、俺は強烈な打撃を受けて吹き飛ばされる。
半ば意識を飛ばされながら奴に目を向けると、振り抜いた足が見えた事で奴に蹴られた事を理解した。
平常心とは程遠い精神状態だった事もあり、戦斧ばかりに気を取られて、奴自身が繰り出す打撃への備えが抜け落ちていたらしい。
その衝撃はこれまでの敵とは桁違いであり、防具を新調していなければ致命傷になっていたかもしれない。
「がはっ…………」
「テメエには力も技も足りねえ。それ故に、折角の名剣もナマクラ同然よ。所詮は過ぎた力を与えられてイキっていただけのガキだな」
俺は咳き込みながら何とか立ち上がったものの、それ以上は身体が動かず、そう嘲りの言葉を吐きながら近付いて来るシュテンを見上げる事しか出来ない。
奴は戦斧の射程に俺を収めると、虫でも潰す様な素振りで戦斧を振りかぶる。
「つまらねえ戦いだったが、これで終わりだ。…………何!?」
ところが、シュテンが俺に向けて戦斧を振り下ろそうとした瞬間、虚空から何本もの光輝く枷鎖が飛び出し、奴の右手を縛り付けて封じる。
その間に、俺は何とか上級ポーションを取り出して飲み干すと、回復に合わせてその場から離脱した。
「フェリクスさんは私が守ります! ――[聖光鎖]!」
「女、貴様か! これだけの芸当が出来るとは思わなかったぞ!」
シュテンはそう言うと、右腕に力を込めて[聖光鎖]を引き千切る。
尚も自らを縛ろうと次々と顕現する[聖光鎖]をまとめて払い除けると、奴は俺を無視してティリアへと驀進した。
ティリアはそれでも[聖光鎖]でシュテンを止めようとするけど、多少の邪魔にはなっても、その進軍を食い止める事が出来ない。
やがて、シュテンはティリアを射程に捉えると、迷わず戦斧を振り抜いた。
「女! 非力な身で、我が闘争に介入した事を後悔するのだな!」
[聖光鎖]の防御をものともせず、シュテンの戦斧がティリアに迫る。
しかし、それはティリアに届く事はなく、甲高い硬質な音を響かせるに留まる。
「フェリクスさん!」
「テメエ……」
俺は咄嗟に二人の間に割り込んで、ティリアの歓声とシュテンの唖然とした声に挟まれながら、剣で戦斧を受け止めた。
「……俺に足りなかったのは力や技じゃない、心だ。仇を前にして、怒りや恐れで自分自身が見えなくなっていた」
ギリギリでティリアを守れた事に安堵しつつ、俺は平静な声音で続ける。
「貴様を許す事など決して出来ない、そんな想いが剣閃を鈍らせていたのさ」
シュテンは尚も戦斧に力を込めてくるけど、それでも俺は拮抗を維持する。
「礼を言うよ、貴様がティリアを狙ったから気付けた。何が一番大切で、何のために戦っているのかをな!」
そうだ。仇を前にして、俺はこの世界に来た目的を見失っていた。
だけど、皮肉にも奴がティリアに狙いを付けた事で、その事に気付く事が出来た。
ティリアを護り、そして共に未来を歩むため――
そのためには、この程度の試練、乗り越えてみせる。




