第45話 星空の下の告白
そのうちに、あっという間に夜の帳が下りて、セルファンス辺境伯主催の夜会が始まる。
俺達の登場は一番最後ということで、用意された礼装に身を包んでティリアを迎えにいく。
主だった参加者は既に会場入りしているらしく、今回は辺境伯家のメイドがティリアの元へと案内してくれた。
ティリアも既に準備を終えていて、その胸元には七色に輝くネックレスが付けられている。
アルジェント商会の時よりも一段と美しくなった彼女を見て、俺は呆然と見惚れつつも何とか言葉を紡ぎ出した。
「……綺麗だよ、ティリア。凄く似合ってる」
「……ありがとうございます。それがフェリクスさんの正装なんですね。フェリクスさんにぴったり合っていて、格好良いと思います」
そのまま二人の世界に入りかけた俺達に対し、メイド達が現実に戻す様に咳払いを繰り返した事で、互いに我へと帰る。
二回目という事もあって、前回よりはこなれた感じでティリアをエスコートし始めると、メイドが会場まで先導してくれた。
俺達の入場が告げられて会場に入っていくと、誰も彼もが注目し出す。
参加者はそれほど多くはなく、またほとんどが日中に面会した者とその関係者の様で、その事に安堵しつつエルディンの元まで歩いていく。
俺達がエルディンのところへ辿り着いて、お互いに挨拶を交わした後、彼が音頭を取って夜会の開始を告げた。
「急な招集にも関わらず、この場に来て頂いた事をまずは感謝したい。私から皆の者に告げる事は二つ。まず一つ目は、我が領内で好き勝手な工作活動を行い、あまつさえ危険な死病――白命病をばら撒くなどの敵対行為を働いていた、アストライア聖教国の関係者を全て追放した事をここに宣言する!」
エルディンがそう言うと、参加者達は歓声を上げる。
聖教国に関する情報は事前に行き渡っていたのか、誰もが皆安心感を感じている様で、それだけ白命病の脅威が大きかったという事でもあるのだろう。
そして、参加者が落ち着いたタイミングを見計らって、エルディンは残りのもう一つについても高らかに布告する。
「そして二つ目だが、リンドヴルム竜王国の王太子、フェリクス殿下と友誼を結んだ事を宣言する。フェリクス殿下からは白命病の治療に対し、多大なるご支援を賜った。セルファンス辺境伯家はこの恩を決して忘れる事なく、リンドヴルム竜王国と殿下に報いる事をここに誓おう!」
続いて語られた内容に参加者達は更なる歓声を上げ、中には涙ぐむ者もいた。
涙ぐんでいる人達は竜王国出身の様で、国が滅亡してから十年近くが経ち、遂に再興の手掛かりが得られた事で感無量になっているのだろう。
エルディンはそう挨拶を終えると、続いて俺にも挨拶するよう促す。
事前の台本通りではあるけれど、かつての竜王国の国民達を前に、俺は宣誓の挨拶を行う。
「まずはこの様な場を設けて頂いた、セルファンス辺境伯に礼を言う。続いて、竜王国の国民達にお願いしたい。俺は竜騎士であるが故、その武を示し、魔物を斃す事しかできない。だが、本日ここにいる者達の、リンドヴルム竜王国再興への想いはしかと受け取った。リンドヴルム竜王国の再興は俺一人では成す事など出来ず、皆の力が不可欠だ。だからこそ、リンドヴルム竜王国の復興に向けて、是非とも皆の協力を頂きたい!」
俺がそう言い終えると、割れんばかりの歓声が上がる。
竜王国の再興へ向けて、その象徴が得られた事で、皆の進む道が一つになった事を感じさせられた。
その後は、食事を摂りつつ歓談の時間となり、俺達はひっきりなしに参加者の挨拶を受ける。
俺が竜王国の王族の正装をしている事も大きかった様で、日中とはまた違った様子で、次々と竜王国復興への協力の申し出が届けられる。
挨拶の列が途切れる事はなく、衣装の関係もあってか俺よりもティリアの方が大変そうだったので、途中からは彼女をリサに預けて、俺一人で訪問者達を捌いていった。
やがて、人波が落ち着いてから周りを見渡すと、二人の姿が見えなくなっていたので探そうとしたところ、そのうちにリサが会場へと戻って来る。
「リサさん、ティリアが何処にいるか分かりますか?」
「ティリア様は夜会の雰囲気に当てられたのか、少々気疲れされたご様子でしたので、物見の塔に案内しました。今はお一人で夜空を眺めていらっしゃるかと」
なるほど。会場の熱気に当てられて、酔った感じなのだろう。
もう少ししたら迎えに行こうかと思っていたところ、エルディンが真剣な表情で近付いて来る。
「リサ、それは本当かい? ……だとすると少々不味い事になったね」
「どういう事ですか?」
「殿下、大変申し訳ありません。どうやら、ドミニオンの残党が残っていた様でしてね。只今、急ぎ警戒に当たっているところです」
想定外の一言に、俺の心臓が大きく跳ねる。
更に俺の不安を掻き立てる様に、リサがエルディンに確認した。
「あなた、それでは物見の塔は……」
「ああ。今夜は警備から外しているし、危ういかもしれない」
「なら、俺が行きます。場所は何処ですか?」
焦燥感に駆られて俺がそう言うと、リサが物見の塔への行き方を教えてくれたので、急いで会場を出て、それからは全速力で駆けだす。
その勢いのまま物見の塔の階段を駆け上がると、その頂上では華奢な少女が一人で星空を見上げていた。
「ティリア!」
俺がそう叫ぶと、ティリアは驚いた顔で俺へと振り返る。
その儚げな姿に見惚れつつも、俺はティリアとの距離を一気に詰めて、彼女を抱き締めた。
「フェリクスさん……?」
「無事で良かった。俺から離れないでね」
俺はそう言うと、エルディンから得た情報をティリアにも伝える。
聖教国の襲撃を受ける可能性があると聞いて、ティリアも一旦は身構えたけど、何か思い出したのか一枚の便箋を差し出してきた。
「その、リサさんからこれを預かりまして、フェリクスさんが来たら渡して欲しいと……」
幸いにして襲撃の気配は無かったので、辺りを警戒しつつ、俺はティリアから便箋を受け取って中身を確かめる。
それを見た瞬間、この一幕がとんだ茶番であった事を理解し、俺は脱力しながらティリアにも便箋を読むように勧めた。
「えっと……、『二人きりのお時間をご用意しますので、ごゆるりとお過ごし下さい。それと、主人が不謹慎な手段を用いて殿下を駆り立てる可能性がございますので、先に謝罪いたします』、……ええ!?」
「どうやら、辺境伯夫妻に嵌められたみたいだね……」
思わぬ種明かしを受けて、俺達は二人で苦笑する。
もう少し穏便な手段は取れなかったのかとは思うけど、ティリアと二人きりにしてくれたのは有難く思った。
ティリアもそう感じたのか、俺に身を寄せつつ語り出す。
「でも、こうしてフェリクスさんと二人きりになれて嬉しいです。今日はお客さんが多くて、お話しする機会もあまりありませんでしたし」
「そっか。ティリアと出会ってからはずっと一緒だったし、今日みたいな日は珍しいかもしれないね」
そう言って、二人で星空と夜景を眺めていると、ティリアが良い事を思いついたという顔で提案する。
「折角ですし、ここでダンスの練習をしてみませんか?」
「ダンスか……、どうにも苦手なんだよな」
「だからこそです。フェリクスさんには今後必要になってきますし、ここなら他の人の目もありませんから」
いつになく積極的なティリアに押されて、俺は彼女の手を取る。
今夜の夜会も、本来はダンスの時間も用意されていたのだけど、表向きは俺への面会が途絶えないだろう事を理由にしつつ、実際には俺がダンスを全然踊れないから省いて貰っていた。
実際に、一度ティリアと踊ってみたのだけど、彼女の足を踏まない様にするのが手一杯で、それを見てエルディンもダンスを外す事を決めたらしい。
だけど、今は最小限の形だけを押さえる様にしたのが良かったのか、ティリアのアドバイスを受けながら、とりあえずという感じではあるけれど、踊り続ける事が出来ていた。
「大丈夫です、ちゃんと踊れていますよ」
「ティリアの足を踏まない様にするだけで、精一杯なんだけど……」
「気にせず楽しむのが一番です。こういう時、聖女って回復魔法が使えるから心配ありませんし」
そんな軽口を言いながらダンスを続けていると、ティリアはふと遠い目になって語り出す。
「その、良かったです。フェリクスさんの夢が叶いそうで」
「ありがとう。思ってたよりもずっと間近になって、俺も驚いたけどね」
俺はそう返しつつ、ティリアの夢は何だろうとふと思い立つ。
彼女は聖女になるべく育てられてきたはずで、魔王を斃す以外の目標は与えられなかったのかもしれない。
そう思ってティリアを見ると、彼女は儚げで切なそうな表情をしており、そんな姿に目を奪われた事で思わずバランスを崩してしまう。
「きゃっ!?」
「危ない!」
それでも、何とか踏ん張ってティリアを抱き留めると、丁度間近で見つめ合う姿勢になる。
儚げで寂しそうに微笑んでいる彼女を見て、その美しさに見惚れるまま、俺は隠していた心情を思わず言葉に出していた。
「……好きだ」
「フェリクス、さん?」
「ティリアが好きだ。だから、これからも一緒にいて欲しいし、俺と一緒の夢を見て欲しい」
気付いた時にはもう遅く、俺はティリアに想いの丈を告白していた。
ティリアは驚いた様に大きな目を更に見開いて、やがて万感の想いが詰まった表情になって答えを返す。
「はい。私もフェリクスさんの事をお慕いしています」
そう答えた後、ティリアは俺を抱き締め返しながら言葉を続ける。
「……嬉しいです。フェリクスさんは仰って下さらないと思っていましたから」
「……ゴメン」
「でも、それは私の立場を考えての事ですよね? それに、今はこうして想いを確かめ合えましたから」
ティリアはそう答えると、俺を見上げて優しく笑う。
そんな彼女を見ていると、愛しい想いが溢れてきて、俺はその衝動に駆られるまま顔を近付けていく。
ティリアはそんな俺を受け入れてくれて、やがて二人の影は一つになった。
「ちゅっ……」
「……ん」
唇が触れるだけのキスだったけど、それはとても甘美で、これまでに感じた事のない多幸感が広がってくる。
ティリアも恥ずかしそうにしながらも幸せそうな表情になっており、そんな彼女を見た途端に我慢が出来なくなって、気が付けば再度彼女の唇を奪っていた。
今度は真正面から唇同士が強く触れ合って、さっきよりもお互いの想いを伝え合えた様に思えて嬉しくなる。
キスを終えて再度見つめ合うと、二度目のキスが不意打ち気味だったせいか、ティリアはちょっと拗ねた表情を見せつつ、顔を隠すように俺に抱き着いてくる。
そして、そんな彼女を決して離さない様、俺もティリアを抱き締め返した。
美しい星空の下、二人きりの世界で、俺達はいつまでもそうしていた。




