第43話 伝説の聖女が遺しし物
「あ、そのままで結構ですんで、気にせんといて下さい」
来客に合わせて俺から離れようとしたティリアとミレイユを見て、シーグステンは二人を呼び止めて声を掛ける。
それだけでなく、彼は懐から小さな缶を取り出して、ミレイユに語り掛けた。
「可愛らしいお嬢ちゃんやね~。飴ちゃん食べる?」
「ああ、変に気を遣わずとも構わないよ。娘には、知らない人から物を貰わない様に躾けているからね」
「やや!? エルディン閣下の娘さんでしたか!? 道理で随分と可愛らしいお嬢ちゃんやと……。すんません、そんな睨まんで下さい」
シーグステンは胡散臭い所作でミレイユを手懐けようとしていたけど、エルディンの鋭い眼光を浴びてあっさりと退散する。
しかし、全然懲りていない体で『背筋がめっちゃひんやりしましたわ~』などと呟いており、堪えた様には全く見えなかった。
そんなやり取りの最中で、ティリアは離脱するタイミングを失ったらしく、俺と二人でシーグステンの相手をする恰好になる。
それから、シーグステンは居住まいを正すと、俺達二人を見据えて話し始めた。
「殿下だけでなく聖女さんも同席下さるなんて、もう感謝感激ですわ。僕の運はもう使い果たしたんちゃうかって思うくらいの幸運を感じとります」
シーグステンがそう捲し立てたのを聞いて、ティリアは困った様な笑顔になっていて、俺もどうして良いのか戸惑う。
しかし、シーグステンは何処吹く風と言わんばかりに喋り続け、一息吐いたかと思うと虚空から二つの箱を取り出した。
「今のは……!」
「そうです。僕、[アイテムボックス]が使えましてね。元々は只の学者やったんですけど、これを活かして商人も始めたんですわ」
シーグステンはそう答えつつ、二つの箱をティリアの方へ差し出した。
「それで、これは美しい聖女さんへのプレゼントやね。……冗談ですんで、引かんといて下さい。実際には殿下への献上品やけど、身に付けるんは聖女さんやから、そのまま受け取って貰えると助かります」
「どういう事だ?」
「開けて貰えると分かりますけど、それらはかつての聖女――レフィア様が使ったとされるローブと靴なんですわ。何でも、強い加護が宿ってるから、今でも綺麗なままと聞いとります」
実際に、シーグステンに勧められるまま箱を開けてみると、綺麗な純白のローブと異世界風なデザインの靴が出てきて、確かに新品同然の状態だった。
「……このローブと靴からも、聖銀の指輪と同じ様に光魔法に似た強い力が込められているのを感じます」
「シーグステン、君は一体何処からこれを……」
「ああ、これは王宮に祀られとった物ですわ」
予想だにしない回答を受けて、俺とティリアが驚きを露わにする中、シーグステンはそれを気にする事なく説明を続ける。
「一応、魔王を封印したパーティーに竜騎士もおりましてね。その縁で、レフィア様が加護として授けてくれたんちゃうか、ってのが竜王国の学者の間では定説なんですわ」
「いや、初めて聞く話だけど」
「聖教国からすると気に食わん学説になるし、まだ幼い殿下には知らされんかったのかもしれませんね」
シーグステンの語る話に、俺達は只驚く事しか出来なかった。
聖女レフィアと聞くと、どうしてもアストライア聖教国――敵国の象徴というイメージが強いけど、今の話からすると、実際の彼女は竜王国に友好的に思える。
その後の歴史がそうさせたのか、それとも――と物思いに耽りかけた時、シーグステンが突然頭を下げた。
「それと、殿下には謝らんといけない事があります。あの日から、僕らは竜王国の宝物を漁ってきました。竜王国再興に必要な物は全て手元で保管しとりますが、不要と判断した物は換金させて頂きました」
シーグステンはそう言うと、虚空から一冊の帳簿を出して俺に差し出す。
促されるまま、その中身を見てみると、売却した物とその金額が書かれており、その合計は物凄い金額になっていた。
「これは……」
「我々が回収した宝物を現金化した目録になります。竜王国の復興資金にして下さい」
竜王国の復興に向けて予想だにしない大きな一押しに、俺は只々驚いた。
フェリクス個人としては、竜王国に巣食う魔物を駆逐するため只管に剣を磨き続けた訳だけど、その一方で沢山の人達が竜王国の再興を望み、こうして成果を見せられると、とても心強く感じる。
「ありがとう! これは竜王国再興の大きな助けになるよ!」
「……怒らんのですか? 僕らは勝手に竜王国の宝物を売っぱらった訳なんですけど……」
「聖女の遺品の様に、本当に必要な物は残してくれたんだろう? それなら、只の宝物よりも復興の足しになる方がありがたいよ」
「……おおきに」
俺の答えを聞いて、シーグステンは再度頭を下げると、姿勢を正して真面目な表情になった。
「正直に申しますと、僕、殿下の事を試してました。もし、殿下が魔物への復讐心ばかりに駆られてたなら、目録は出さんかったと思います」
「確かに、それは賢明な判断かもしれないね」
「でも、殿下を見とったら全然そんな感じせえへんし、竜王国の再興を見据えてんのも間違いないんで、信じてみよう思った次第ですわ」
その後も話を聞いていくと、ヘクトールとシーグステンは竜王国再興のため、これまでも様々な場面で協力してきたらしい。
今回は、俺が仕える王として相応しいかの見極めも兼ねていたらしく、ヘクトールが力を、シーグステンは心を見定めようとしたらしかった。
「まあ、殿下が強いんは僕でも分かりますしね。なのに、えらい穏やかな方やし、やっぱ聖女さんのお陰やったりします?」
「私……ですか? いいえ。最初からフェリクスさんは誠実で優しかったですし、元々のお人柄だと思います」
とは言え、目の前で自分の事を語られるのはむず痒いので、俺は強引に話題を転換してシーグステンに質問する。
「この話はそれ位にして、君に一つ質問がある。封印の地ニーベルンゲンの鍵について、何か知っていれば教えて欲しい」
「ニーベルンゲンの鍵、ですか? ちょっと待って貰えます?」
シーグステンも予期していない質問だったのか、彼は[アイテムボックス]から手帳を取り出して確認し始めた。
「……多分やけど、王宮跡地の瓦礫の中にあると思いますわ。ニーベルンゲンの鍵はホンマに只の鍵でしてね、魔力とかも発してないんで、これが鍵や! とはまず分からんと思いますし」
「そうなのか?」
「そうです。ですんで、それと分からぬまま、打ち捨てられてるんちゃうかなと」
俺はシーグステンの話を聞いて、驚くと共に戸惑う。
ゲームだと、終盤にアルジェント商会で買えるアイテムだったはずで、入手が困難なのは想定外だった。
しかし、解決の糸口は身近にあった様で、シーグステンはその捜索方法も教えてくれる。
「ただですね、殿下の持ってる竜宝玉には反応するはずやから、殿下が探しに行けば見つかるんちゃうかと思います」
「……なるほど、そういう事か」
それなら問題無いと思ったところ、シーグステンはこれが最後と、王都レノアムの現状について進言する。
「ヘクトールから聞いたかもしれへんけど、王都レノアムは不死者の群れに支配されとりますんで、お気を付け下さい。もっとも、聖女さんは奴らにとっちゃ天敵やから独壇場になるかもしれへんし、心配するだけ野暮かもしれんね」
「はい! フェリクスさんの役に立ってみせますので、安心して下さい!」
それに対して、間髪入れずに答えを返し、付いて来る気満々のティリアを見て、俺は思わず苦笑する。
今回は非常に危険な行軍になる可能性が高く、それ故にティリアにはここで待っていて貰う事も考えていたけど、だからこそ彼女は先にそう答えたのだろう。
とは言え、ティリアがいれば危険度が大きく緩和されるのも事実なので、その想いをありがたく受け取る。
「……ありがとう。ティリアの事は、俺が守るから」
「はい。フェリクスさんが一緒なら大丈夫だって、信じていますから」
そんな俺達のやり取りを見て、シーグステンは食傷気味な表情になっていた。
セルファンス辺境伯家といい、竜王国の王都レノアムといい、徐々にゲームのストーリーからズレ始めてきたから、ここからが本当の正念場だ。




