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第40話 教会への反撃

◆ ~Another point of view~ ◆


 時は少々遡り、フェリクス達が泊まっていた屋敷が炎に包まれ始める前、アストライア聖教国の特務部隊『ドミニオン』の集団がその屋敷を取り囲んで身を潜め、フェリクス達が泊まっている部屋に向けて狙撃の構えを見せていた。

 彼らは逃げる鼠を確実に仕留められる様に調()()されており、部屋の中の者が窓に近付いただけで、無慈悲にその命を刈り取るだろう。


 その後、成功の報せも無いまま屋敷に火が上がり始めたのを見て、彼らは先遣の暗殺者は失敗したと把握する。


 しかし、中にいるはずの男女が出て来る気配も一向になく、彼らが疑問を覚え始めた頃、屋敷が巨大な火柱を上げて爆発したのを見て、先遣の暗殺者の二の矢が成功したのだと認識した。

 先遣の暗殺者は罠に関しては組織の中でも屈指の凄腕であり、自身の手による暗殺は失敗したものの、残った罠で嵌め殺したのだろう。


 念のため、狂信者達は屋敷の外に脱出した者がいないかを確認し、その影形もない事から暗殺は成功したと判断した。


 今夜の任務を終えた事で、辺境伯領の工作活動へ戻るため身体を動かそうとした瞬間、彼らは自身の肉体が思う様に動かせない事に気が付き、そして驚愕した。

 彼らがそう戸惑っているうちに、多くの衛兵が姿を見せたかと思うと、その先頭に立った男が無慈悲に告げる。


「ドミニオンの諸君に告ぐ。君達の身は拘束させて貰った。流石に、我が領でこれだけの破壊活動をされるのは捨て置けなくてね。君達の身は、聖教国への抗議と賠償に使わせて貰うよ」


 男の言葉を聞き、ドミニオンの者達は自分達が嵌められた事を理解した。

 身体の自由が利かないのは、何らかの魔道具の効果と推測され、潜伏場所が予め特定されていたとすれば不可能では無いだろう。


 彼らはそう認識すると、歯に仕込んだ『終わり』の魔道具を起動させて、己の武具から聖教国由来の術式を消し去ると、同時に流し込まれた毒薬で次々に服毒自殺していく。

 汚れ仕事を厭わぬ集団ならではの手際であり、祖国に累が及ばない様にする狂信者の手口でもあった。


 程なくして、屋敷を取り囲んでいたドミニオンの集団は斃れ、屋敷の炎上事件は実行犯が全員死亡という形で幕を閉じた――


◆ ◆ ◆


 ドミニオンの集団が斃れた後、騎士や衛兵は事件の後始末に動いていた。

 その中でも、特に身分の高そうな格好をした男は、付き添いを連れてドミニオンの死体を見て回っていた。


「くそっ、こっちもか。どいつもこいつを人の命を何だと思っている!」

「ヘクトール、少し落ち着こう。これが奴らの手口と知っていたはずだよ」

「セルファンス辺境伯閣下、ですが……!」


 セルファンス辺境伯が嗜めたにもかかわらず、ヘクトールは焦燥感を露わにする。

 そんな部下の様子を見て、セルファンス辺境伯は苦笑しつつ、柔らかい口調で言い聞かせた。


「君の気持ちは良く分かる。ようやく、自身が仕えるべき主と対面しようという時に、この事件だからね。でも、大丈夫だよ。英雄っていうのは、悪運が強いのが相場でね。きっと、殿()()もそうさ」

「そう……ですね。失礼いたしました、閣下」

「うん、構わないよ。それにしても、聖教国は厄介だね。少しくらいは何かが掴めるかと思ったけど、素材しか残っていない」


 セルファンス辺境伯はそう言って、やれやれとうんざりした表情を見せる。

 事実として、ドミニオンが使用していた武具の類からは術式が綺麗に消え去っており、十分な情報は得られそうにもない。


「この炎も厄介だね。後で浄化出来れば良いんだけど」


 セルファンス辺境伯が呟いた通り、屋敷は未だに激しく燃え盛っており、その様子は明らかに普通の火炎とは一線を画していた。

 恐らくは、これも聖教国の秘術であり、目標を確殺するための呪いの影響も受けているのだろう。


 ともあれ、彼らの仕事はこれで終わりではなく、次の本命に向けて動き出す。


「さて、次が大掃除のラストだ。すまないが、ここの指揮はお願いするね」

「承知いたしました。殿()()のため、後顧の憂いが無いよう確認して参ります」

「とりあえず、今はまだ程々にね。それじゃ、頼んだよ」


 彼らはそう言うと、最小限の衛兵を現地に残して、次の目的地へと動き出す。

 屋敷の火災は未だ収まらず、不気味な程に激しく燃え盛り続けていた。


◆ ◆ ◆


 その夜、日付が変わる頃になって、ノバリスの教会には多数の騎士と衛兵が駆け付けていた。

 当初は教会の人間も深夜である事を盾に乗り切ろうとしたものの、その圧力が増していくのと共に、セルファンス辺境伯の姿が見えた事で観念した様に扉を開く。


「領主様がこんな深夜に何用でしょうか? 皆寝静まっておりますので、出来れば明日にして頂きたいのですが……」

「司教、君の言い分は理解するけど、大きな事件が起きたからそうもいかなくてね。アストライア聖教の信者がテロ行為を働いてさ、大きな被害が出ているんだ。君は何か知らされていないかな?」


 セルファンス辺境伯はそう言うと、ドミニオンの装備品の一部を司教の元へ投げつける。

 司教はそれを見て、驚いた素振りを見せつつも眉をひそめる。


「……どういう事でしょう? 確かに、この様なローブを纏う者もいるとは思いますが……」

「とある屋敷が聖教の信者に放火されてね、そこに泊まっていた男女二名の死亡が確認された。合わせて、屋敷に仕えるメイドの死亡もね」

「それは誠ですか? 何とも痛ましい事です……!」


 司教はそう言うと、俯いて表情を悟られないように祈りを捧げる。

 セルファンス辺境伯はその様子を冷めた表情で見据えると、一転して冷酷な声音になって告げる。


「茶番はこれ位にしようか。これは、我が領に対するアストライア聖教からの宣戦布告と捉えて良いんだね?」

「お待ち下さい! 確かに大事件ではありますが、それは一部の狂信者が勝手にやった事です。遺憾ではありますが、我々も信者の事を全て把握している訳でもありませんので……」


 善良な聖職者の風に答える司教に対し、セルファンス辺境伯は袋小路に追い詰める様に、更なる事実を開陳していく。


「それはおかしいね? 司教ともあろう者が、管区内のドミニオンの動きを知らないはずがない。ドミニオンの何人かは、何度かこの教会を訪れてもいたからね」

「な……」

「それに、君は今回の標的も知っていたはずだ。でなければ、祈りを捧げると称して、隠した表情と辻褄が合わない」


 己が組織の秘密の一端と、見咎められない様に隠した表情とを暴かれ、司教は表情を消した後、一転して明確な敵意を示す。


「領主様が何をおっしゃるのか理解が出来ませんが、要は我々と事を構えるおつもりですかな?」

「今はまだ、そんな野蛮な事はしないよ。ただ、今すぐ我が領から出て行ってくれないかな? 獅子身中の虫がいると、安心して眠れないからね」


 しかし、セルファンス辺境伯が笑顔で言い放った言葉を聞いて、司教は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になると、うわごとの様に聞き返す。


「今、何と……」

「聞こえなかったかな? 今すぐに、我が領から出て行って欲しいと言ったんだよ?」

「今、すぐ……ですか? 今は深夜ですぞ!?」

「それがどうかしたのかい? ああ、丁度良いタイミングで来たみたいだね」


 セルファンス辺境伯の要求を聞いて司教が呆然としている間に、更に事態は進んでいた。

 セルファンス辺境伯の元に一人の騎士が駆け付け、状況を報告する。


「報告します! 領内の教会関係者をここまで護送完了しました!」

「ああ、ご苦労だったね、ありがとう。さて、司教。残るは君達だけなんだけど、急いでくれないかな? 私達も忙しい身でね、無駄な時間は取りたくない」

「何……だと……。馬鹿な! こんな横暴が許されるはずが……」


 セルファンス辺境伯の機敏な動きを受け、司教は唯々絶句する事しか出来ない。

 騎士の報告の通りなら、領都イルーナを始めとしたセルファンス辺境伯領内全ての聖教関係者を追放するという事で、これほど大胆に動くとは想定外だった。

 領内のドミニオンを総動員したのが裏目に出た格好で、セルファンス辺境伯もこの機を狙っていたに違いない。


 その後、司教の交渉により出立は夜明けまで待つ事となり、教会の者達は荷造りや他の都市から護送されて来た聖教関係者の受け入れに追われる事になる。

 但し、その行動には騎士や衛兵の厳しい監視が付いており、予め重要機密は処分済みとは言え、司教としては業腹な結末でもあった。


 やがて日が昇る頃、聖教の関係者は何台もの馬車に乗せられ、セルファンス辺境伯領を後にする。


「領主よ! この行為、いずれ後悔しますぞ!」

「後悔ならもうしているよ。君達の工作を防げずに、死病を持ち込まれたと知ったその日からね」


 最後に負け惜しみを言って去ろうとする司教に対し、セルファンス辺境伯は目の笑っていない笑顔で聖教国の罪を示唆する。

 それを見て、司教は辺境伯の本当の感情――憤怒を初めて理解し、怯えた表情になりながら、そそくさとノバリスの街を後にした。


 朝日が徐々に昇っていく中、間諜共が去った事もあるのか、静穏さを感じる街並みを見ながら、セルファンス辺境伯は傍らの騎士に声を掛ける。


「さて、これで邪魔者はいなくなったね。この様な茶番に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした、()()()()()殿()()


 セルファンス辺境伯はそう言うと、馬上で恭しく貴族としての一礼をする。

 それに対し、騎士は被っていた外套から顔を出して、その礼に応えた。


「いえ、こちらこそ助かりました。俺達が無事に脱出できたのも、貴方達のお陰ですから」

「殿下や聖女殿には大恩がありますからね。少しでもお返し出来て良かったです」


 そう語り合うと、二人は待ち人の元に帰るべく馬を急がせる。

 屋敷の火も消えており、街は穏やかな日差しに照らされ始めていた。

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