第39話 伝え合う想い
メイドの姿をした暗殺者に対し、ナイフを蹴り上げた後に掌底と当て身を喰らわせて、その意識を刈り取る。
それから、暗殺者の目が覚めても起き上がれない様に縛って、何とか第一陣をクリアした事を感じて振り返る。
「ティリアは大丈夫?」
「はい。フェリクスさんが無事で良かったです」
「俺達が普通に動けたのは想定外だった様だし、ティリアのお陰で助かったよ」
「そういう意味では、この指輪に感謝ですね」
ティリアはそう言って、愛おしそうに左手の指輪を撫でる。
俺達が無事だったのは、ティリアの聖銀の指輪がお香の効果を打ち消した結果、俺もティリアの[治癒]で回復出来たからだった。
お香の効果は相当で、俺は一切の抵抗も出来ずに身体の自由を奪われてしまった様だけど、ティリアは全く影響を受けなかったらしい。
ティリアとしては、お香の香りが漂ってきたと同時に俺が眠りに落ちた事で、何者かの襲撃を受けたと気付いた様だ。
その際に、襲撃者に気付かれない様に最小限の魔力で俺を回復したらしく、ティリアの魔法技術と機転が無ければ面倒な事になっていたかもしれない。
それから、部屋の外の気配を探ると、建物の外から複数の殺気が感じられた。
窓から飛び出した瞬間に蜂の巣にする算段の様で、そちらからの脱出は困難だろう。
その一方で、ティリアが廊下側を探った結果を伝えてくる。
「こっちはダメです。幾重にも法術と魔道具による罠が掛けられています」
「窓の方も危うい。出たところを打ち抜く様に狙われている」
どうやら、窓とドアどちらにも質の悪い罠が仕掛けられている様で、袋小路に追い詰められた事を理解した。
これだけ周到な準備が成されている以上、時間的な猶予も無いだろうと考え、俺は早々に剣を握る覚悟を固める。
こちらから先制攻撃を仕掛ければ、まだ退路を切り開く事は可能なはずだ。
「ティリア、準備をして。俺が奴らを切り伏せて退路を作るから」
ところが、俺がそう言った瞬間、ティリアは血相を変えて俺の手を止める。
「ダメです! そんな事をしては、リンドヴルム竜王国が再興出来なくなります!」
ティリアの言葉を聞いて、俺ははっと気が付くと、苦渋の表情になりつつも思い留まる。
現時点でもかなり危ういけど、俺が聖教国の人間を手に掛けてしまえば、奴らは大手を振って宣戦布告し、俺を潰しに来るだろう。
たとえ、それが暗殺者を正当防衛で退けたのだとしても、奴らは教会のネットワークを生かして黒を白と言い張るはずで、それを俺が覆すのは困難なはずだ。
そうなってしまえば、政治や情報戦では俺に勝ち目はなく、仮に生き長らえる事が出来たとしても、リンドヴルム竜王国の再興は露と消えるに違いない。
そう考えて、一旦は思い留まったけど、状況はそれを許してくれなかった。
気が付けば、この建物から火の手が上がった様で、それは瞬く間に広がる気配を見せていた。
恐らくは、メイドの暗殺者が失敗した時の二の矢が発動した形で、このまま留まっていれば、俺達はこの建物ごと火葬されるだろう。
刻一刻と悪化する状況を受けて、ティリアは覚悟を決めた表情で俺を見上げる。
「ですから、ここは私に任せて下さい。聖教国の一番の目的は私のはずですから、私が投降すればフェリクスさんは逃げられるはずです」
そう言われた瞬間、頭が理解する事を拒み、ティリアが一人で行かない様に肩を掴んで、俺はその提案を拒否する。
「それは駄目だ! 俺が逃げられる保証も無ければ、君が安全な保証も無い!」
「ですが、竜王国に再興の可能性を残すにはこれしかありません。それに、大丈夫です。たとえ聖女じゃなくても、私には利用価値があるようですし」
ティリアの言葉を聞いて、デリック枢機卿の好色な視線を思い出す。
実際に、これまでの聖教国の追手も、ティリアを生け捕りにするようにと枢機卿の指示があった事を示唆しており、彼女の言い分は間違っていないだろう。
「……貴方と一緒のひとときは楽しかった。私を聖女じゃなくて、一人の女の子として扱ってくれましたから。でも、それももうおしまいです」
ティリアは自分自身にも言い聞かせる様に、哀しい笑顔を作りながらそう語り、やがてその目からは涙が零れ落ちる。
大粒の雫が彼女の頬を伝って濡らしていくのを見て、俺は激情に駆られるまま、彼女を力一杯抱き締めていた。
「フェリクス、さん……?」
「駄目だ。俺には君を犠牲になんて出来ない」
「で、ですが、それでは竜王国の再興が……」
「そんな事はどうだって良い!」
俺が叫んだ瞬間、腕の中のティリアが身体を固くする。
それを感じて俺は腕の力を緩めると、ティリアと目を合わせて、訴える様に語り掛ける。
「君が一緒じゃなければ意味が無い。君を犠牲にしないと叶わない夢なら、俺はその夢の方を諦めるよ」
「そんな、ダメです! あんなにもフェリクスさんは頑張ってきたのに……」
そう言って泣き出したティリアの涙を拭きながら、俺は出来るだけ優しい声で告げる。
「大丈夫。ティリアがいてくれれば何とかなるよ。だから、俺の前からいなくならないで」
「ごめん……なさい。私のせいなのに……、何とかしないといけないのに……。フェリクスさんが、そう言ってくれるのが、凄く……嬉しい」
勢いに任せて色々と恥ずかしい事を言ってしまった気がするけど、ティリアも納得してくれたのか、俺の事を抱き締め返してくれる。
危機的な状況下ではあったけど、俺達はお互いを決して離さないよう、しばらくそうしていた。
ティリアの説得に成功した事で、精神的には落ち着いたけど、状況は悪化の一途を辿っており、俺達は決断を迫られつつあった。
「リスクは承知で、廊下から外には出られそう?」
「……難しいと思います。どんな搦め手があるか分かりませんし、制約がある分、こういった罠は特に危険だと聞きましたから」
ある意味でゲーム的とも言えるけど、さっきのお香の様に自由に使えない代わりに、罠はより強力な効果を持っている可能性が高いらしい。
それに加えて、聖教国の手管は対人に特化した傾向が見て取れるから、予想だにしない罠に嵌められる恐れもあるし、廊下からの脱出は諦めた方が良さそうだ。
「それなら窓しかないね。命懸けの逃避行になるけど、付いて来てくれる?」
「はい、何処までも。私はフェリクスさんと共に参ります」
そう覚悟を確認し合ってから、俺は左手でティリアを抱き寄せつつ、右手で剣を構えて脱出の機会を探る。
それから、部屋の中にも徐々に火の手が回り始めた頃、意外な人物が想定外の場所から飛び込んで来た。
「こっちよ、急いで!」
「君は……」
突然、戸棚がズレたかと思うと、その向こうには隠し通路が繋がっており、そこからエリナが顔を出す。
エリナからは俺達が抱き合っている様に見えたのか、彼女は一瞬戸惑った表情になったけど、想定外のギミックを見て俺達が驚いたまま動きを止めている事に気付くと、脱出を促すべく再度大声で叫んだ。
「話は後よ! 兎に角急いで! 建物が崩れるわ!」
エリナの切迫した表情に俺達ははっとすると、蜘蛛の糸に縋るように隠し通路を目指して動き出す。
しかし、時を同じくして、俺達の後ろからは地獄の底に引きずり込まんとする呪詛が聞こえてきた。
「逃がさない……、お前たちは……。神聖なる女神、アストレアのために!」
暗殺者が意識を取り戻した事に気付き、俺は急いでティリアを抱えて隠し通路へと飛び込んだ。
その瞬間、暗殺者の身体は業火に包まれ、一気に大爆発を引き起こす。
その威力は凄まじく、あっという間に別館を爆砕すると、噴火の様な火柱を巻き上げた。
その後には燃え盛る炎だけが残り、朝日が昇ったかの様に夜空を煌々と照らしていた。




