第37話 依頼の完遂
「カルロスとシャトンは後ろへ下がれ! ティリアは身の守りを優先して、二人を守って」
「はい、フェリクスさんもご武運を。カルロスさん、シャトンさん、下がりましょう。それと――[ホーリーシールド]」
「ちょ、待て! お前一人でそのデカブツと戦う気かよ!」
「先輩! 足手まといになる前に、ウチらは下がるっすよ!」
俺の言葉を聞いて、カルロスは一瞬加勢しようとしたけれど、シャトンに引っ張られ、我に返って皆と一緒に後退する。
俺が一人前線に残って対峙したのを見て、キメラジャイアントは嘲り嗤った。
「がははは……、貴様は捨て石という訳か、随分と薄情な仲間だ。その愚かさに免じて一つ教えてやろう。この渓谷を抜けるには俺様が今いる道を通るしかなくてな、奥に逃げても袋小路に嵌るだけだぜ」
キメラジャイアントはそう言ってニヤニヤしており、油断した雰囲気を醸し出していた。
確かに、奴は二階建ての家をも超える程の巨体であり、彼我の質量差から俺達を侮っている様だけど、これまでのレベル上げの結果、俺やティリアのレベルはこのダンジョンの攻略推奨レベルを大きく超えている。
それ故、俺達にとってキメラジャイアントは難敵たり得ず、強いて言うならカルロス達を狙われると厄介な位だろう。
「そう吼えるな。貴様の相手は俺一人で十分というだけだ」
そんな俺の言葉が理解出来なかったのか、キメラジャイアントは唖然とした様子を見せたけど、やがてその意味を咀嚼出来たのか、憤怒の表情を浮かべて襲い掛かってくる。
「矮小な虫けら風情が、俺様を馬鹿にするだと!? 死ね!」
奴はそう言うと、巨人の拳やキメラの足で物理攻撃を仕掛けてきた。
しかし、その動きは鈍重であり、威力はあっても俺を捉える事が出来ない。
逆に、俺はカウンターでその足を切り付けると、奴が怯んだ隙に強烈な魔法を見舞った。
「天高く渦巻く風刃よ――[トルネード]」
「うぎゃあああーー!!」
渦巻く真空の刃はキメラジャイアントに少なくないダメージを与えて、尻尾の蛇を切り落とす事にも成功する。
互いの身体の大きさの差がそのまま戦力差に繋がらない事に気付いたのか、奴は一瞬怯えた顔を見せたけど、それが恥と言う様に憤怒の表情へと塗り替わった。
「よくも俺様の尻尾を……、ぶっ殺してやる! [地裂震]!!」
「皆、避けろ!」
キメラジャイアントは怒りのまま、二本の手と四本の足を同時に地面に叩き付けて大きく大地を揺らし、地割れを伴った衝撃波を放つ。
俺よりも、むしろ後ろに下がった三人を狙った一撃に、俺は目の前の地割れを躱しながら警告を発した。
幸いにして、ティリア達が大分後ろまで下がっていた事もあり、三人共難なく地割れと衝撃波を躱す。
それを見てほっとしていたところ、キメラジャイアントはニヤリと嗤って、勝ち誇った様に語る。
「今の一撃そのものは避けられた様だな。だがよ、次はどうだ?」
奴がそう嗤うのを見て、二撃目が放たれる前に仕留めるべく剣を構えたところ、頭上から地鳴りが聞こえてきて、俺は奴の真の狙いを察知する。
「皆、頭上に備えろ! 渓谷が崩れる!」
実際に両側の切り立った崖は崩落の兆しを見せており、小さくない岩石が落石し始めていた。
イベントでもない限り、ゲームでは戦闘の余波で地形が変わる様な事は無かったけど、現実ならではの攻撃に俺達は後手に回らざるを得ない。
その隙に奴は次の技のチャージを終えていて、哄笑しながら再度手足を大地に叩き付けた。
「がははははは……。そら、もう一度行くぜ、[地裂震]!」
頭上からの落石と地を這う地走りとに挟まれ、ティリア達は逃げ場を失いつつあった。
遂には、逃げられないタイミングで巨大な岩が落ちてきて、最早避けられないかに見えた瞬間、カルロスが決死の表情で岩に向かって跳び上がる。
「っらあ! ぶっ飛べ!!」
カルロスはそう叫んで、岩石に向けて気合一閃で強烈な蹴りを放つ。
巨大な落石からすると蟷螂の斧の様な一撃だったけど、カルロスの一撃は確かな威力を見せて、岩石の落下位置をずらす事に成功する。
ティリアとシャトンを落石から救った代償に、蹴りを放った足を引きずりながらカルロスは吼えた。
「フェリクス、こっちは心配すんな! 落石なんざ俺が全部ぶっ飛ばしてやるから、お前はさっさとそのデカブツを仕留めろ!」
「……ああ。任せろ!」
俺はそう応えて、キメラジャイアントの左前脚に強烈な斬撃を加える。
それまで攻撃を集中していた成果もあって、ボロボロの左前脚は呆気なく両断され、キメラジャイアントはバランスを崩して倒れ込んだ。
足を一本失った痛みで奴が絶叫している間に、俺はその首をも斬り飛ばす。
キメラの魔物という事で高い生命力からの再生を警戒したけれど、流石に首を狩った一撃は致命傷になった様で、キメラジャイアントはそのまま倒れ伏して動かなくなった。
難敵を倒した事で後ろから歓声が上がり、振り向くと三人が落石に気を付けながらも笑顔で駆け寄ってくる。
ティリアの回復魔法を受けたらしく、先程まで足を引きずっていたカルロスも今はピンピンした様子を見せていた。
「すっげえな、お前! アレを一人で倒すかよ!」
「ホント凄いっす! これで、ウチらも満額報酬ゲット間違いなしっすよ!」
そう言ってはしゃぐカルロスとシャトンを他所に、俺はティリアと目配せしつつ言葉を交わす。
「フェリクスさんがご無事で安心しました」
「落石には焦ったけど、ティリアが無事で良かったよ」
それから、俺達はキメラジャイアントの死骸を簡単に調査した後に最奥のエリアを後にする。
死骸を見て何が分かる訳でもなかったけど、キメラなだけに人為的に作られた魔物の可能性が高く、漆黒の宝珠と合わせて策略の影を感じさせた。
その後、アネモス渓谷を引き返す途中で日が暮れてきた事もあり、今夜はカルロス達と一緒に聖域で夜を過ごす事になった。
カルロスとシャトンは、九死に一生を得た後に大きな成果を得られた事もあってか、酒を飲んでどんちゃん騒ぎをしていた。
とは言え、大した量を持ち込んでいた訳でもなかった様で、やがて場の雰囲気も落ち着いてきた事もあり、俺はカルロスと真面目な話をする事にした。
「今日はホントにありがとよ。お前と再会出来たのはマジで運命を感じるぜ」
「その事で一つ頼みがある。ここで俺やティリアと会った事は秘密にして欲しい」
「……どういう事だ?」
不穏なものを感じたのか、声を潜めて聞いてくるカルロスに対し、俺はこれまでの聖教国とのいざこざを話していく。
厄介な話を聞いたからか、俺が全てを話し終えた頃には、カルロスは顔を押さえて天を仰ぐ素振りを見せていた。
「そんな訳で、俺やティリアと繋がりがあると思われない方が良い」
「……マジか。いや、お前が言うからにはガチなのは分かるけどよ、国が敵に回るとか意味分かんねーぜ」
尚もカルロスは少々混乱した素振りを見せていたけど、そのうちに心が決まったのか、スッキリした表情になった。
「ま、それは了解だ。ただよ、何かあったら俺を頼れ。今日の借りは返すからよ」
「無茶するところは相変わらずだな」
「お前には言われたくねえよ。それに、俺達も教会と仲が悪いから今更だぜ。なあ、シャトン!」
「なんすか、先輩?」
それから、カルロスはシャトンに教会との因縁を話すよう促す。
シャトンは少しずつ掻い摘んで話してくれたけど、彼女は孤児やシーフである事を理由に教会とのトラブルを抱えていて、冒険者ギルドでも敬遠されていたらしい。
そこをカルロスが預かった事で二人はパーティーを組む様になり、シャトンもカルロスに懐いたらしかった。
「そんな訳で、ウチも教会との関係は最悪なんで大丈夫っすよ」
「全然大丈夫じゃねえけどな。でもよ、似た様なもんだと思えば、お前も少しは気が楽だろ?」
「……そうかもな」
その後、ティリアも交えて俺達は取り留めのない話をしていく。
こうして、昔馴染み達との夜はゆっくり更けていった。




