第35話 意外な再会
翌日早朝、俺とティリアはアネモス渓谷へ向けて出発する。
昨夜はカロリーナとの会話が随分と弾んだ様で、ティリアは寝不足な様子でちょっとうとうとしていたけど、自分自身に回復魔法を使って眠気を覚ましていた。
街を出てしばらくしてから翡翠と合流し、空路でアネモス渓谷を目指す。
ガスパルに説明して貰った通り、アネモス渓谷は狭く複雑な地形をしており、入り口に着いた後は翡翠から下りて歩いて進む必要がある。
また、渓谷には所々に洞窟があって、それぞれの繋がりもややこしいので、迷わない様に注意しなければならない。
とは言っても、今の俺達のレベルはアネモス渓谷の攻略推奨レベルを大きく上回っているから、さほど苦労せずに依頼を達成する事が出来るだろう。
実際にアネモス渓谷の中を進んでいくと、遭遇する魔物はゲームと一緒であり、出現率も想定通りだった。
この位のレベルの魔物であれば、ティリアでも後れを取る様な事はなく、俺達はサクサクと谷の中を歩んでいって調査を進めて行く。
多少拍子抜けの感はあるけど、それでも魔物の脅威が平時を大きく上回っているのは間違いなく、魔物の群れの暴走の可能性も考えるとヴィエント伯爵が警戒するのも当然と言えた。
以後も順調に歩みを進めて、アネモス渓谷の道のりの半分程度を踏破した辺りで、俺達は長めの洞窟へと足を踏み入れる。
「――[光源]。奥は真っ暗ですから、気を付けて下さいね」
「ああ。想定外の奇襲があるかもしれないから、ティリアも気を付けて」
そう言ったのがフラグになった訳ではないと思うけど、洞窟を進んでしばらくすると、俺達は多数の魔物に囲まれていた。
魔物の正体はルーラント達と会った時にも遭遇した白毛のライカンスロープで、どうやらこの洞窟は奴らの縄張りだったらしい。
暗闇の中の包囲戦という不利な状況ではあったけど、お互いのレベル差を覆す程ではなかった様で、俺達はどんどんライカンスロープを狩っていく。
さしたる労も無く、そのままライカンスロープを狩り終えて先に進もうとしたところ、まだ何者かの気配が残っている事に気が付いて、俺は警戒を解かずに気配の先を見据えた。
「何者だ! ……俺達に敵意が無いのなら、出てきて欲しい」
俺がそう警告すると、戸惑うような気配が漂ってきて、やがて観念したのか気配の主が姿を現す。
「……これで良いか? 一応、アンタらとは敵じゃねえ……と思う。あの狼共に追われててよ、見つからねえ様に隠れてたところだから助かったぜ」
そう言いながら、その男は姿が見えるところまで近付いて来た後に立ち止まって、敵意が無い事を示す様に両手を上げた。
俺とそう変わらぬ年頃の若手冒険者の様で、中々に鍛え上げられた厚みのある身体をしており、装備を見ると徒手空拳を得意とする武闘家タイプらしい。
俺がそう観察していると、若手冒険者は突然驚いた表情になって問い掛けてくる。
「……って、お前まさかリックか?」
「……どうしてその名を知っている?」
リックと言う呼び名は、リンドヴルム竜王国が滅亡して俺が落ち延びた時の偽名で、今となってはほとんど知る人もいないはずであり、俺は警戒を強めた。
しかし、彼は安心した顔になると、急に馴れ馴れしい態度になって俺の方に近付いてきた。
「忘れちまったのかよ? 俺だよ俺、カルロス。5年振り位か?」
「……まさか、村のガキ大将のカルロスか?」
「おう! 覚えてんじゃねーか! しっかし、大きくなってもその女みてーな顔は変わんねーな」
随分と失礼な事を言いながらガハハと笑うこの少年――カルロスは、竜王国滅亡後に落ち延びた村の顔見知りだった。
カルロスも冒険者を目指す様な事を言っていたから、いつかは再会する運命だったのかもしれないけど、こんなところで会うとは思わず、少なからず驚く。
「お前こそ、失礼な物言いは変わってないな」
「ん? 一応は相手を見て弁える様にはなったぜ。ま、お前とは昔馴染みなんだから良いじゃねーか……って、連れがいるんなら紹介しろよ」
「……この子はティリアだ。ティリア、こいつはカルロス。昔住んでいた村の……顔見知りだ」
「ちょ、それは酷くねーか。昔馴染みとか幼馴染みとか、もっと言い方があんだろうが」
「あまり馴染んでいた覚えは無いんだが……」
「まあ俺も悪ガキだったからよ、確かにお前にも散々迷惑を掛けたわ。だけどよ、それはちゃんと謝ったし、俺達だけで村を守るために魔物と戦ったり、お前が村を去る時には再会を誓いあったりしたじゃねーか」
カルロスの求めに応じて、ちょっと嫌々ながらティリアを紹介すると、それがおざなり過ぎたのかコイツは遠慮なく突っ込んでくる。
お互いに何もかもが違っていた事もあってか、気が合った関係とはとても言い難かったけど、カルロスは悪ガキながらに弱きを助ける精神を持ち合わせていたし、魔物に立ち向かう勇気もあったから、最後にはそれなりに分かり合えた様に思う。
だけど、そう認めるのも何か癪なので軽くあしらっていたところ、ティリアが笑い出した。
「ふふ…………、すみ、ません……。フェリクスさんの雰囲気が、いつもと全然違うものですから……」
どうやら、俺達のやり取りが漫才の様に見えた様で、それが彼女の笑いのツボに入ったらしく、ティリアの笑いは中々止まらなかった。
その様子を見て、カルロスも我に返ったのか、頭を掻きながら落ち着いた声で話し掛けてくる。
「そーいや、本当の名前はフェリクスだったな。繰り返すけど、マジで助かったぜ。俺らじゃ、あの狼共を倒せなかったからよ」
「俺ら? 仲間がいるのか?」
「おうよ! 面倒見てた後輩と一緒にこの谷の調査を請け負ったんだけどよ、狼共に囲まれた時はガチで死を覚悟したな。運よく聖域まで逃げ込めた時は九死に一生を得たと思ったけど、狼共は諦めねーし、薬や食料は尽きそうだしでマジでヤバかったぜ」
カルロスは明るく話しているけど、予想以上に危険な状況に陥っていた様で、流石にこれには突っ込めなかった。
そこまで聞いてしまうと、このまま見捨てる訳にもいかず、彼らを助けるべく一つ提案をする。
「なら、聖域まで案内して貰えるか? 薬と食料なら分けてやれると思うし」
「マジか? いやホントに助かったぜ! 持つものは頼れる好敵手だな!」
俺の提案を聞いて、カルロスは調子良く答えて笑う。
思わぬ再会から寄り道をする事になったけど、不思議と心は穏やかだった。




