第33話 ヴィエント伯爵の依頼
そんなヴィエント伯爵の打診に対し、俺はこの好機を逃さない様、サブクエストの起点となる依頼について申し入れる。
「お初にお目に掛かります、ヴィエント伯。こちらに伺った理由ですが、王都の冒険者ギルドに掲示されていた『アネモス渓谷の調査』の応募に参りました」
俺はそう話しながら、ギルドマスターから貰った名刺の様な紙片を見せた。
ヴィエント伯爵はそれを見て、一度驚いた表情を作ってから、平静な表情に戻った後に答えを返す。
「……成程、卿はあの男に認められたか。確かに、アネモス渓谷の調査を請け負ってくれるのなら、私としても願ってもないところだ。ならば、卿はその報酬として何を望む?」
「私が望むのは魔道具『冒険家の方位基盤』です。ですから、今回の報酬はそれに関する情報と、貴方とお付き合いのある魔道具の蒐集家への紹介状を頂きたい」
報酬の問いかけに対する俺の回答が余程意外だったのか、ヴィエント伯爵は今度こそ本当に驚いた顔になった。
「……まさか私の趣味まで知っていたとは、耳が良いな。とは言え、その程度の報酬で依頼が果たされるのであれば、私としても是非もない。これから宿の紹介状を用意する故、詳しい話はそこでさせて頂こう」
ヴィエント伯爵はそこまで話した後、今度はガスパルへ指示を出す。
「ガスパル、この件は任せた」
「はい、確かに承りました」
そうやって、アネモス渓谷の調査の件をあっさりとまとめると、ヴィエント伯爵は今度はカロリーナと向き合う。
「カロリーナ、お前は今の自分の立場を理解しているか」
「……私は納得しておりませんわ」
そう答えてプイっと顔を背けた娘に対して、ヴィエント伯爵は諭す様に語り掛ける。
「ティリア嬢が失脚した以上、王立学院で親しくしていたお前にも累が及ぶのは必至だった。それ故、お前をここへ呼び戻し、謹慎……とまではいかずとも、目立たぬ様に過ごさせていたのは分かっているだろう」
「お父様! ティリアがいる前でそんな話をなさらなくても、良いではありませんか!」
そう言って憤慨する娘と、申し訳なさそうな表情になったティリアとを交互に見やってから、ヴィエント伯爵はカロリーナへと告げる。
「故にカロリーナ、お前にも任務を与える。これから街を視察してきなさい」
「そんな、折角ティリアと再会出来たのに……」
父の言葉がショックだったのか、反論出来なくなったカロリーナを見て、ヴィエント伯爵は更に続けた。
「これも一つの社会勉強だ、視察を終えた後は街の宿に泊まると良い。……ガスパル、カロリーナの分の手配も任せたぞ」
「畏まりました、旦那様」
そんな展開になるとは思ってもいなかったのか、カロリーナはぽかんとした表情になっていたけど、はっと気が付くと期待を込めた表情で父へと問い掛ける。
「お父様、それって……」
「屋敷の外で偶々出会って会話をする分には構うまい。ティリア嬢、すまぬが今夜は娘に付き合ってくれるか」
「……ありがとうございます、閣下」
ティリアにそう要請している姿を見ていると、ヴィエント伯爵としても娘の希望に寄り添いたいとの思いが滲んでいて、表立っての交流が叶わない以上は、これが精一杯の提案なのだろう。
思わぬサプライズを受けてティリアも感極まったのか、その声は震えていた。
◆ ◆ ◆
その後、俺達はガスパルの先導を受けて、街一番の宿へと案内される。
カロリーナの方は、日中は実際に街中を視察して回り、夜になってから宿に来る手筈になっているらしい。
ヴィエント伯爵家としては、表立って俺やティリアと交流を持つ訳にはいかず、偶然にも宿で出会っただけという体裁を採る様だ。
それ故、俺達も今日は下手に出歩かず、宿の中に居るように最初に求められ、その承諾を返してからアネモス渓谷の調査について説明を受けていた。
「……と、ここまで申し上げた通り、ここ最近になってアネモス渓谷に巣食う魔物共が質量ともにその勢力を急速に強めている様でして、このままでは魔物の群れの暴走が発生する恐れが出てきます。ですから、貴方がたにはその要因の調査と、可能でしたら除去をお願いいたします」
そう言って、ガスパルが説明を語り終えたのに合わせて、俺はゲームをなぞる様に問い合わせる。
「現状は理解しました。では二つ質問を。領軍派遣の検討についてと、要因の除去まで達成した場合の報酬についてお聞かせ下さい」
「畏まりました。まず領軍派遣についてですが、現時点では困難と考えております。アネモス渓谷は狭く複雑な地形故、大軍を展開する事が出来ず、領軍を派遣しても各個撃破されてしまう恐れが付きまといますので」
ゲームではヴィエント伯爵が説明してくれた内容をほぼそのまま、ガスパルは淀みなく語っていく。
「続いて報酬ですが、貴方がたの成果に合わせて、私の判断でお渡しする情報や紹介状の量を定めて良いと言われております」
報酬についても、ここまでは想定通りだったけど、ガスパルはゲームには無かった続きを語り出す。
「しかしながら、一点ご理解頂きたい事がありまして、もしも教会の監視の目が入った場合は、貴方がたとの関係を断つようにも言われておりますので、この点だけはご承知下さいますようお願いいたします。その代わりと言っては何ですが、報酬の一部をこの場で先払いしますのでお納め下さい」
ガスパルはそう言って、俺に書簡を手渡してきた。
教会が敵に回った現状を改めて突き付けられた格好で、俺達が乗り越えなければいけない壁が如何に強大であるかを理解する。
ヴィエント伯爵としても、この状況下で可能な限りの便宜を図ってくれた様だけど、聖教国に睨まれてしまえば俺達を切り捨てる事しか出来ないだろう。
「了解しました。ヴィエント伯爵家として出来得る最大限の取り計らいに感謝します」
「月並みな言い方しか出来ませんが、どうかご武運を。お嬢様が心からの笑顔を見せたのは久方振りでしたし、それが再び曇る事が無い様祈っております」
ガスパルは最後に一礼をして、俺達の元を後にする。
その後、俺達は宿の中でアネモス渓谷に向かう準備を行い、夜になって街の視察を終えたカロリーナと合流した。




